第8話:ここはチャンスですよ、キスしちゃえ
夏休みになっても猛と過ごす時間は変わらない。
「さすが、淡雪さん。教え方が上手だね」
夏休みの宿題を終わらせるために図書館の自習室を利用していた。
「猛クンに教えてもらうことの方が多いわ」
「……いやいや、学年首位さんに教えられることなんてないよ」
「私だって、何でも分かってるわけじゃないんだから」
こうして教え合うことは淡雪にとってもメリットがある。
猛も学年上位の成績なので、逆に教えてもらう事もある。
しばらくして、休憩がてらに雑談をする。
「猛クンは今年の夏も妹さんとデート三昧?」
「……撫子は今年受験だから遊んでないって。短期集中の塾通い中です」
「美人な妹を持つと毎日が幸せで羨ましいわ。私もイケメンの兄か弟がいればよかったのに。私は素直に甘えられる相手が欲しかったの」
彼は「妹さんがいたんだっけ」と呟く。
「生意気盛りの中学生よ」
「姉妹仲は悪い?」
「悪くはないけど。あの子は基本的に楽観的で私と大違いだもの」
性格の違いが本当に淡雪と結衣の姉妹には大きい。
「妙な所で真面目っ子な私と明るくポジティブな妹。ついあの子にたいして厳しくしてしまうから。相手からは苦手に思われてるかもしれないわ」
半分しか血の繋がりのない妹。
彼女の母親譲りの楽観的な性格。
――あの子と、反りが合わないとまでは言わないけども。
とても仲がいいと言うほど親しい姉妹関係ではない。
「猛クンみたいにデートして恋人繋ぎできるほどの仲の良さではないわ」
「淡雪さんがさらりと俺をいじめるや」
猛は軽く拗ねる。
「純粋に憧れてもいるのよ? 私も妹が嫌いではないから」
「仲良くしたいと?」
「時々、思わないこともない程度に」
「……微妙な返答だね。姉妹は仲良くが一番だよ」
自由気ままな妹と仲良くするのは大変だと思う。
淡雪は甘えられるよりも甘えたいタイプだ。
だからこそ、妹よりも兄か姉が欲しいと思っていた。
「猛クンがお兄ちゃんなら私もブラコンになっていたでしょうね」
「淡雪さんみたいな完璧な妹がいたら兄の立つ瀬がないよ」
「そして、いつしか二人は禁断の仲に」
「なりません!?」
「冗談よ。普通の兄妹は恋になんて落ちないわ。普通ならね?」
「……言葉にトゲがあるっす」
ふたりで微笑しながら再び勉強を始める。
しばらくしてから、淡雪は少しだけ席をはずした。
「猛クン。この本なんだけど……あら?」
淡雪が目的の本を持ってきたところで、彼は机の上に寝そべっていた。
「猛クン?」
声をかけるも、反応がない。
どうやら、そのまま寝てしまったらしい。
「……異性の前で無防備な姿を見せるなんて」
淡雪は口元に笑みを浮かべながら、
「悪戯されても文句は言えないわよ?」
その頬に指先で触れてみる。
猛は起きる気配もなく眠り続けている。
「少女漫画や映画ならキスとかしちゃうパターンだけども」
さすがにそこまでしないけど、こういう穏やかな時間は好きだ。
淡雪の中で猛への想いが強くなっている。
「嫌いな人だったはずなのに」
分かっている。
彼を恨む理由などない。
「……私は猛クンの事を知らなさすぎたのね」
幼かったあの頃だって彼は淡雪に手をさしべてくれたはずなのに。
迷子で不安になっていた淡雪に優しく面倒をみてくれた。
子供心に嫉妬して彼を憎んでいた自分が恥ずかしくなる。
「ごめんね、猛クン……」
淡雪の謝罪を彼が聞いても意味が分からないだろう。
勝手に嫌われて、勝手に気に入られているのだから。
「猛クン」
瞳をつむり、眠り続ける彼に言葉をかける。
「――好きだよ、と耳元に囁きかけてみてはどう?」
「……しないから。そんなことしませんから」
淡雪は一瞬ビクッとして、聞き慣れた声に振り向いた。
そこにはあからさまなにやけ顔をする美織がいた。
「美織。どうして貴方がここに?」
友人の美織は自分からすすんで図書館に来る子などでは決してない。
「今、私の事を場違いな所にいると思ったでしょ、失礼な」
「違うの?」
「私だって勉強くらいするわよ。早めに宿題を終わらせて、夏休み後半は遊びまくる予定なのです。この後も、優雨と遊ぶ予定だし」
「また優雨さんたちと? ずいぶんと仲良くなったものだわ」
「……まぁね」
夏休み前に、優雨と美織はひと悶着あり、結果としては仲良くなった。
今では一緒にお互いの家へ遊びに行くほどの関係だ。
――喧嘩するほど仲がいい。不思議な関係よねぇ?
思いのほか、相性はよかったのだろうか。
どちらも似たような性格の優雨と美織。
ぶつかり合いながらも、親しくなりつつある。
「で、たまたま淡雪が図書館デートをしてる場面に出くわしたわけ」
「図書館デートねぇ?」
「違うの? しかも、寝てる相手に悪戯とは。ここはチャンスですよ、キスしちゃえ。今がチャンスだわ」
「煽らないで。勝手な事を言わない」
そんな真似をするつもりは最初からない。
――大体、キスなんて……私たちはそんな関係じゃないし。……なのに。
つい、思わぬ想像をしてしまい、淡雪は顔を赤らめた。
してはいけないのに止められない。
変に意識してしまい、どうにも気恥ずかしい淡雪だった。
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