最終話:楽しそうな夏休みになりそうだよ


 電車が到着したのは、まさにど田舎だった。

 駅前だけがそれなりに栄えているが、一歩駅から離れると民家を探すのも大変になりそうな気配がする。

 荷物を抱えながら、見知らぬ土地を歩む。


「んー、良い感じに田舎ですね」

「こんな場所に大和家はなぜ別荘を持ってるんだ?」

「その昔、お祖父さまが知り合いから譲り受けたものだと聞いてます」


 猛の知らないことを撫子はよく知っている。

 大和家にはいくつかの別荘地があるが、ここには来たことがない。

 

「私も行ったことはないんですが、現在の所有者は晴海おじ様で、あちらの家族はよく利用していたそうですよ」

「ふーん。それにしても、どこまでも田舎だな」


 見渡す限り、山の中と言った雰囲気。

 田畑の中に通された道を突き進んでいく。


「目的の別荘地、地図ではこの先ですね」

「……この先か。ホントにあるのかな」


 行けども行けども、目の前に広がるのは山しかない。

 

「ちょっと不安だぞ」


 田舎過ぎて不安になるのは都会っ子らしい。


「おーい、撫子? ここで会ってるのかって、あれ?」


 気が付けば彼女は近くを通っていたおばさんに道を尋ねていた。

 戻ってきた撫子の表情がなぜか曇っていた。


「兄さん。今、おかしな情報を聞いてしまいました」

「何だ?」

「……いえ。とにかく、まずは目的地に行きましょう。この道沿いを進めば、神社が見えて来るそうです。その近くにあるようです」


 数分後、見えてきたのは神社の鳥居だった。

 

「ここがその神社か。長そうな坂道が続いているな?」

「お山の神社と言った雰囲気です。あれではないですか?」


 神社から見えたのはポツンと一軒だけ離れた場所にあるお屋敷だった。


「ようやくついたな」


 祖父が譲り受けたと言うだけあって、立派な洋風の屋敷だ。

 いかにも洋館と言った感じの家だが、猛は「おや?」と人の気配を感じる。

 

――これはもしかして、既に誰かが住んでいる?


 明らかな生活感。

 これはいったい、どういう事なのか。

 

「えーと、ここには誰かいるのか?」

「……はぁ」


 小さくため息をつく撫子は遠慮せずに中へと入る。


「あっ、おい。撫子? 勝手に入ってもいいのか」

「入れば分かりますよ。私の計画を邪魔してくれたのが誰なのかを」

「どういうこと?」


 屋敷の中に入ると、そこは生活感のある室内。

 

――やはり、誰かが住んでいるらしい。


 その中の一つ、扉が開いた広い部屋があった。

 ベッドに寝転がる女の子の素足が見える。


「え?」


 ベッドに寝転がっていたのは、下着姿の女の子。

 寝相が悪かったのか、布団は床に落ちている。

 真っ白なブラとパンツ姿を隠す事もなく、無防備な寝顔をさらす。


「すぅ……」


 寝顔だけ見れば天使の可愛さ。

 だが、しかし。

 その少女を見た撫子は、


「起きてください。このバカ姫!」

「きゃんっ」


 撫子が遠慮容赦なく、その寝ている少女を叩き起こした。


「ふぇ、いきなり何するのぉ」

「何するの、じゃないですよ。それは私の台詞です。地元住民から、ここで既に住んでいる女の子がいると聞いて驚きました」


 眠そうな目をこすり、「んー?」と起き上がった少女は撫子の顔を見るや、


「あれぇ、ナデじゃない?」

「……そうですよ。私です。なぜバカ姫の貴方がここに?」

「バカじゃないよ!? あー、タケ君もいる」


 その少女は猛達がよく知る女の子だった。


「朝陽ちゃん?」


 そう、その子は……。


「おはよー。日本の朝代表、大和朝陽だよ!」


 横ピースで可愛く微笑むこの子の名前は大和朝陽|(やまと あさひ)。

 年齢は18歳、猛達の従姉である。

 年上らしさを微塵も感じさせない可憐な容姿と性格の美少女だ。


「何が日本の朝代表ですか。こんな昼間まで寝ている人の台詞でありません!」

「い、痛いっ。お尻を叩かないで」


 従姉をイジめて、撫子が不機嫌そうな顔をするにはワケがある。

 朝陽は甘えたがりな性格のためか、撫子は嫌悪感を抱いてるのだ。

 昔から相性がよろしくなくて、年上なのに朝陽をイジメてばかりいる。

 まるで結衣をいじめる淡雪の如く。


「さっさと服を着てください。そして、この屋敷から出て行ってください」

「えー!? わ、私、ここに数ヵ月前から住んでるのに」

「そんなの知りません。なんてことですか。呆れて言葉が出ませんよ」

「そういえば、親族の噂で朝陽が実家を出たとは聞いてたけど、こんな田舎で暮らしてたなんて知らなかったよ」


 朝陽は高校を卒業したが、大学に入れず予備校通いをするはずだった。

 しかしながら、その後、行方不明になっていたのである。


「どーして、ふたりがここにいるの? わかった、家出でしょ?」

「貴方と一緒にしないでください!」

「きゅーん」


 不愉快な気持ちを露わにする撫子。

 彼女が脱ぎ散らかしたと思われる衣服を放り投げながら、


「貴方こそ家出したと言う話は聞いてましたが、ここにいたとは驚きです。まったく、私と兄さんの愛の夏休み計画を邪魔してくれるとはいい度胸ですね」

「えー。ちなみに家出じゃないよ? 家から追い出されただけです」

「どちらにせよ、私の計画の邪魔をした貴方を許しません」

「ひっ!?」

「覚悟はできていますか?」

「り、理不尽だよ。私、そんなの知らないもん。助けて、タケ君~」


 ビクビクと子ウサギのように怯える。

 壁際に追い詰めていく撫子を止めながら、


「ま、まぁ、落ち着いて。撫子、先に住んでたのは朝陽ちゃんなんだし」

「早い者勝ちという意味ですか」

「いやいや、仲良くしようという意味です」


 好戦的な彼女にびくつく朝陽が可哀想だ。


「……いろんな意味で楽しそうな夏休みになりそうだよ」


 苦笑いをしながらも、猛は朝陽を擁護するのだった。

 ふたりっきりの夏休みが一転、可愛い従姉も交えての生活に。

 まったく、想像もしない猛達の夏休みが始まった――。

 

【 THE END 】

 

************************************************

第5部:予告編


全ては幼き少女の小さな嫉妬心から始まった。

愛する母を奪われた、という屈折した想い。

須藤淡雪。彼女が起こした過去に起きた一つの事件。

百合の花が無残に散る時、少女は何を想ったのか。

数年後、猛との再会が運命を呼び覚ます。

恋人ごっこの裏側と恋に焦がれた想い。

恋の十字路に迷い込む乙女。

これは淡雪視点からの物語。運命の恋の行方とは?


【第5部:クローバーの花言葉】


好き、嫌い。クローバーの花言葉を知っていますか――?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る