第127話:この愛だけは譲れませんから


 学校から出て、帰り道を猛は肩を落として歩いていた。

 

「……疲れました」

「私もです。ホント、兄さんは淡雪先輩に甘いんですね」

「そう? どちらの味方でもあるだけさ」

「私の味方オンリーでお願いします。あと、さり気に私を“面倒くさい性格”と言った件に関しては家に帰ってから深く追求するのでその覚悟をしておいてください」

「すみません、ただの言葉のあやです」

「許しません」


 膨れっ面をする撫子のご機嫌を取る。


「撫子と淡雪。仲良くなってくれたと思ったら、またこれだよ。お兄ちゃんは悲しい。もうちょっと仲良くしようよ」

「仲良くできる気がまったくしません。多分、前世レベルで対立してます」

「マジかぁ」


 人間、どうしても合わない人っていうのはいるもので。

 撫子と淡雪は、分かり合えそうで分かり合えずにいる。

 

「どちらも仲良くしてくれたら、お兄ちゃんは嬉しいんだけどね」

「あの人の事はおいといて。問題はお母様ですよ」

「さすがに強引に引き離されるって言うのは、なそうだけど」

「引き離されたら、私だって容赦なく攻撃にでますよ。そうですね、大和家の家族を壊してでも、兄さんとの愛を守り抜きます」

「家族崩壊はやめて。お兄ちゃんの平穏をぶち壊さないで」


 過激な妹の愛に困惑する猛だった。

 今ある幸せな日常を壊すのだけは本当にやめてもらいたい。


「落ち着いてくれよ、撫子」

「憤慨(ふんがい)する私の気持ちを理解してくれない兄さんのせいです」

「撫子は何をそんなに焦ってるのやら。母さんの事だって性急に解決できることでもないんだからさ。時間をかけて説得しようよ」

「逆の立場になって考えてください。私に婚約者ができそうになったら、全力で阻止するでしょう? 兄さん、私はこの理不尽な陰謀に断固反対します」

「そりゃ、そうかもしれないけども。手段を選ばずって言うのはどうかとも思う」

「ホント、甘いです」

「うぐっ。母さんを説得する方が先だから。あと、毎日のように写真を送る真似はやめてあげて。それは諸刃の剣。絶対に俺の方にダメージが返ってくる奴だから」


 撫子が猛とのいちゃついた写真を母に送り付ける行為が横行している。

 その度にクレームが猛の方に入る。

 

「ふふふっ。家族写真を送って何の問題が?」


 めっちゃ素敵な笑顔で言い切った。


「可愛い子供たちの写真ですよ。親としては送られても消すに消せない、呪いです。これからもたっぷりとラブラブ写真を送りましょうね。うふふ」

「……やり方がえげつないっすよ。撫子さん」


 毎度、いちゃつくラブラブっぷりの写真に母の怒りは爆発。

 抗議の電話を受けまくり、疲れ切っている。


「この程度の嫌がらせはおあいこです。可愛いものですよ」

「そ、そうかなぁ」


 携帯電話の使い方を覚えてから、手段がひどくなりつつある。

 不敵な笑みを浮かべる撫子は「私の本気が見たいですか?」と意地悪く言う。


「え、遠慮しておくよ」


 これ以上の本気が何をしちゃうのかが怖くて見たくなかった。


「相手が嫌がることをしても、分かり合えないと思うんだ」

「……それは無理です。お母様は愛に溢れた方ですからね」


 撫子は別に優子が嫌いというわけではない。

 恋愛の考え方の違いがあるだけで、家族としては何も問題なく付き合えている。


「お母様は私も兄さんも愛しているんです。家族は家族愛で結ばれて欲しい。その想いはとても強く、ある意味、私はその点は彼女を評価しているんですよ」

「そうなんだ」

「えぇ、あの人の“愛情”とは私が憧れ、尊敬できるものです。世界を敵に回しても、愛を貫ける。その愛はある種の理想であり、私の目指すべき愛とも言えます」


 それゆえに、なのだろうか。

 このふたりは譲れず、ぶつかりあう。


「お母様は絶対に私達の関係を認めませんよ」

「マジで?」

「分かります。あの人の価値観を私達の言葉で歪ませることも、納得させることも難しいものでしょう」

「分かり合えることはない?」

「……残念ながら折り合える余地はなさそうです。だから、力づくでも、押し通さなければいけないんですよ。この愛だけは譲れませんから」


 撫子は母さんの性格の本質をよく理解している。

 ある意味で、似た者同士なのだろう。


「私達にできるのはお母様に諦めてもらうだけですよ」

「諦めてもらうことができるのだろうか」

「こんなにも愛し合っているんだからしょうがない、って。それしかないんです」

「うまくいきますかねぇ?」

「はい。だから、たくさんいちゃついて、愛し合って、想いを重ね合いましょう」


 撫子は猛に抱き付きながら、頬にキスをしてきた。


「大好きな人と幸せな日々を過ごす。その当たり前の日常を守りたいんです」


 撫子なりに考えている。

 これからの二人の関係。


「私もハッピーエンド主義者ですから。最後は笑って終わりたいですよ」


 愛に溢れる少女の言葉は夏の夕日に消えていった――。

 

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