第126話:喧嘩するほど仲が良い?

 

 明日の終業式が終われば、夏休みに入る。

 最後の授業を終えて長期休暇への期待が高まる教室内。


「夏が来たって感じだよな」


 夏休みに何をしようか、と考えて期待に胸を膨らませる。

 撫子が何かプランを立てているようなので、猛はそれに付き合うつもりだ。


「せっかくだから旅行とかもよさそうだ」


 期待に胸を膨らませる。

 いつも通り、待ち合わせている渡り廊下に向かったのだが。


「――どうして、そういうことを言うのかしら?」


 女子の静かな怒りの声が響く。


「単純な話です。私達が迷惑をしていますから」

「なっ。ま、まだ言うの。ホントに貴方は口が悪いわね」

「先輩に言われたくありません。む、むぅ!?」


 なぜか、撫子の頬を引っ張る淡雪の姿がそこにはあった。

 

――お兄ちゃん、思わずドン引きです。


 二匹の猫たちの喧嘩。

 なにゆえに、こんな修羅場になっているのか。


「うわぁ、近づきたくない」


 人通りが少ないとはいえ、放課後の校舎で何をしているのか。

 猛の知らない所で起きていた事件に目をそらしたくなる。


「回れ右をしたらダメですか」


 とはいえ、兄として、放っておくこともできず。

 ここで無視すると後が余計に怖い。


「あの、お二人さん。何をしているんですか?」


 淡雪に声をかけると、気まずそうに固まった。

 見られたくないところを見られた。

 そんな表情の彼女は言い訳を考えながら、

 

「た、猛クン。えっと……ちょっと、お仕置きタイム中?」

「貴女にお仕置きされる理由が分かりません!」


 撫子は隙を見て淡雪の攻撃から逃げた。

 猛の後ろに隠れるようにして、目の前の彼女を睨みつける。


「兄さん。ひどいんですよ。この先輩は……」

「ひどいのは貴方でしょう? 私のお母さんの事を悪く言わないで」

「私の母でもあります。文句くらいは当然のようにありますよ」


 唇を尖らせる撫子。

 ふたりが険悪なのはどうやら、優子が関係しているらしい。


「こんな場所で何をしていたのか、話してくれよ」


 正直、面倒事に巻き込まれたくない。

 だが、家族の問題ならばそれも避けずにはいられないだろう。


「事の始まりは、ここで待ち合わせをしていた私にこの陰湿なお姉さんが声をかけてきた事です。それが戦いの始まりでした」

「戦わないで、始めないで」

 

 個人的にどちらの味方になるか悩むので、戦ってほしくない組み合わせだ。


「別に戦いなんてしてないわ」

「ですよね」

「ただ、撫子さんの顔色が曇っていたから『どうしたの?』って聞いたのよ。そうしたら、『貴方の母の陰謀のせいですよ』って言われたの」

「実際そうじゃないですか。お母さんが私と兄さんの関係を中々に認めないために、嫌がらせをされてばかり。その陰湿さが淡雪先輩に似てますね、と言っただけです」

「……よく分かった。ごめんね、淡雪。撫子が暴言を吐きました事を謝罪します」

「兄さん!? どうして、そっちの味方をするんですか」

「どう考えても、撫子が悪い」


 フォローのしようもなく、味方になるつもりさえなくなる。

 撫子は口調は丁寧でも、暴言を連発することがある。

 毒舌っぷりは彼もあまりよろしくないと思っている。


「分かってくれて嬉しいわ。猛クン」

「さすがに、陰湿さとか言うのはよろしくない。広い心で許してあげてくれ」

「いいのよ。子供の悪口程度は許してあげる度量が私にはあるもの」

「誰が子供ですか! 私を子ども扱いするのはやめてください」


 文句を言う撫子をなだめながら、淡雪に説明する。


「ちょっと母さんが俺に婚約者を探そうとしたりしていてさ」

「婚約者。大和家も古い家柄だから、それなりの相手を選ばれるのかしら?」

「いや、須藤家みたいな事情はうちにはない。単純に母さんの暴走だから」


 婚約者問題は家の事情でどうこうではなく、母の思惑でしかない。


「ふーん。兄妹の恋愛を認めたくない、それゆえにと言う事なのね」

「先日の淡雪の件も影響を与えているらしい」

「貴方達も大変だけど、それはそれ。私の母の文句を言うのは許さないわよ」


 撫子をけん制する淡雪。


「ちっ。これだからマザコン先輩は……」

「否定はしないけども、貴方に言われると何だか腹立たしいわ」

「人様のお家事情に口出すするのもやめてもらいたいものです」

「ふ、ふたりとも頼むから落ち着いてくれ」


 舌打ちしながら不機嫌な撫子を止める。

 淡雪にとって愛する母への暴言は許せない事だ。

 つい態度が荒くなるのも仕方ない。

 

――なるほど、撫子がお仕置きされていたのはこれも理由か。


 事情は大体、理解した。

 思い通りにいかないことにフラストレーションが撫子も溜まっている。

 そうやって溜め込み続けると爆発するが怖い。


「ねぇ、猛クン。どうして、この子がいいの?」

「ん? どういう意味?」

「恋人としてって意味。撫子さんって、はっきり言えば性格が悪いじゃない。腹黒だし、毒舌家だし、夢見がちなお子様だし。可愛い容姿以外はひどいありさまよね」

「そこまで言われる筋合いはないんですけど!」


 暴言連発で撫子がちょっと涙目だった。

 彼女は打たれ弱い一面もあるのだ。

 相変わらず、相性が悪い相手なのは変わりない。


「多少は面倒くさい所もあるけども、一途に想ってくれる素敵な女の子だよ」

「素敵ねぇ? もっといい子がいると思うわよ。例えば私とか」

「実妹が恋人候補に名乗りを上げないでください」

「えー、いいじゃない。愛さえあれば兄妹なんて関係ない」

「関係大ありです! まったく、この人は隙を見せれば……」


 再び言い争いを始めてしまうふたりだった。


「喧嘩するほど仲が良い?」


 ぽつりとつぶやいてすぐさま否定する。

 

「違うか。自分で言っておきながら、それはないや」


 この二人の相性の悪さは猛にはどうする事もできない。

 ふたりの妹をなだめながら、何とかその場をやり過ごした。

 

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