第119話:父さんは娘たちに激甘です
彰人はラーメンを食べ終えて、猛に向き合った。
「撫子は昔からお前一筋で怖いくらいに依存してたからな。僕が何を言っても最終的にはくっつくしかないんだろうな、と諦めてたものだ」
「そうだ。何で婚約届けにサインしてるんだよ」
そのせいで猛は追い詰められそうになった。
何かと彼女の応援をしているのではないか。
「あれか。あー、あれね。政治家に転身する時、撫子に頼まれたんだよ」
「何て?」
「あの子からさ、『兄妹でも結婚できるように法律を変えてね』って。子供の戯言だと思ってたら、ちゃんと録音されてた」
「……マジっすか」
「それを聞かされた時、この子は僕の子だなと再認識させられたよ」
「撫子、すごい子」
「そのボイスレコーダを貸したのは私です」
「共犯者の姉も怖い子」
ちらっと雅に視線を向けると悪びれもせず舌を出す。
――この姉妹、危険すぎる。
タッグを組むと厄介なふたりである。
父としてはそんな娘たちの行動もお咎めなしのようで。
「まぁ、可愛いものじゃないか。そこまで純愛を貫くのはいいことだぞ」
「父さんは娘たちに激甘です」
「そう言うな。義理の兄妹なら結婚もできるし、法律も変えなくても済む。僕も娘との約束を破るのも悪いと思って妥協したわけだ」
「……ホント、娘に甘いですな」
「撫子みたいな可愛い娘に甘えられて嫌がる男親がいるものか」
当然とばかりに言い切る。
ある意味で、彰人はすごく撫子を可愛がっているのだった。
――性格が自分似なのもあるんだろう。
話を聞いてた雅が私もとばかりに手を挙げて、
「ねぇ、お父さん。私も可愛い娘だから、もっと可愛がってくれてもいいよ?」
「雅には免許を取った時に新車を買ってあげただろ。まだぶつけてないよな?」
「……はひ」
「あぁ、修理代までは払わないぞ。そこまで面倒は見てやらん」
「あはは……だ、大丈夫デスヨ?」
そう言いながらも、ちょっと顔を青ざめさせる。
こすりかけたの何度もあったようで。
もしもの際は修理代自己負担が重くのしかかる。
「ちなみに何度か家の車にも乗ろうと企んでる様子」
ぼそっと猛が禁断の言葉を口にする。
その瞬間に彰人の顔色がハッと真剣なものに変わり、
「それが本気なら雅の免許を奪いとる。やめろ? マジで、あの車に乗るな?」
「顔がマジですよ、お父様」
「軽くぶつけられても、修理代がものすごいことになるから。本気でやめて。何ならもう一台、軽自動車を買ってあげるからそれで我慢して」
本気で雅に自分の車に乗ってもらいたくない。
あまりにも必死なので雅は「分かってますよ」と拗ねて答えた。
「姉ちゃんの荒い運転はいつか大きな事故する気がするぜ」
「すっごく安全運転なのに」
「どこがだ!」
何度も恐ろしい目に合わされている。
こほんっと彰人はわざとらしく咳払いをして、
「話がそれたな」
「何の話でしたっけ」
「撫子と猛についてでしょ」
「そうだ。知らない誰かに愛娘を持って行かれるくらいなら、世界で一番信じられる奴に持って行かれた方が安心だ。お前なら撫子を泣かせる真似はしない」
「父さん……」
「兄としても、男としても信用してるぞ。ちょっと頼りないときはあるがそれも優しさだ。優子譲りな所だよな。撫子は華恋に似て、絶対に自分を曲げない強さがあるから大変だぞ。これからも振り回される覚悟はあるんだろ?」
はっきりとした口調で彰人は彼にそう言った。
「それくらいはちゃんと誓える」
「ならいいさ」
「撫子を大事にする。ずっと昔から好きだった女の子だからね」
「だったら、ちゃんと前を向け。自信を持て。お前がアイツを幸せにする覚悟を僕に見せろ。いいか、猛。お前は僕の子供だ。僕の背中はちゃんと見てきただろ」
「……相手を徹底的に叩きのめし、勝利を重ねてきた弁護士の姿なら見てきたよ」
「そっちの背中を見続けた撫子が似たような性格になったけどねぇ」
ようやく大盛りチャーシューメンを食べ終えた。
雅は満腹なのか「大満足です」とご機嫌だ。
――この量を軽く食べきる女の子って地味にすごいと思うよ。
姉に感心しながら猛は、
「家族になること、か」
生まれた家は違っても、大和家の人間として期待もされている。
これから先もずっとそれは変わらない。
大和猛のままなのだから。
「……ありがとう、父さん」
「ただし、撫子に手を出すのは高校卒業後まで我慢しなさい。そう言う事がやりたい気持ちは分かるが、せめて、部屋に鍵をしてからしろよ」
「ちょっと待って? ね、姉ちゃん!?」
――なんでこの話を父さんにしてるんだよ!
すぐさま雅を責めると悪びれもせずに、
「……あ、ごめん。そう言えば、うっかりともう話してた」
「な、なんてことを……」
「大丈夫、お母さんには内緒にしてるから」
「当然だ。されてたら俺は姉ちゃんを恨む」
――こんなことが母さんにバレたら俺の居場所がなくなるやい。
転校もお見合いもしたくない。
「学生結婚をした身で言うのも何だが、若くして子供ができるとホントに大変だぞ? 周りが皆自由に暮らしているのに、自由がなくてな」
「リアルな体験、ご苦労様です」
「時間があるお前たちはもっと大人になってからでも十分だろう?」
「真面目な顔をして言われると悲しいんですが」
「大事なことだからな。うん、猛には一度男として話をしておくべきか」
「え? あ、いや、そのですね」
「いいか、まずは心構えという大事なことが……」
親になるという事の大変さを語り始める。
――まずい、変なスイッチが入ってしまった。
こうなると父の話は長いのであきらめるしかない。
雅の方を見ると手を振りながら「頑張れぇ」と他人事のように振舞う。
――姉ちゃんが最近、俺に冷たいっす。
とにもかくにも、父には猛達の関係を認めてもらえた。
――ちゃんと息子としても愛してくれていた事が嬉しかった。
彰人も優子も、猛のことを考えてくれている。
家族として。
その絆は揺るぐことなく本物だった。
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