第117話:人間とは悲しい生き物だな


 撫子は「では、この件には触れないであげましょう」と条件を提示して。


「そういうことで、私と兄さんの関係を認めてくれますよね?」


 強引すぎるやり取りに半ば、優子は呆れつつ。


「……淡雪まで猛と特別な関係だと知ってしまった今の私の辛い心境を理解して」

「淡雪先輩と兄さんの関係が進展しなかったのはよかったです」

「してたまりますか」

「ですが、それが現在進行形でもあることをお忘れなく」


 にんまりと意地悪く笑うと、


「あのふたり、デキてます。要注意ですよ」

「嘘でしょ、猛っ!」

「ひっ、矛先がこっちに向いた」


 淡雪が猛に対して、好意を抱いているとカミングアウト。

 それ以降、母としての苦悩が増しているのである。


「現在進行中で、淡雪先輩の方は兄さんラブですよ。お母様。よく考えてください。実の双子が恋愛するより、義理の兄妹が恋をした方がいいでしょう?」

「どっちも嫌に決まってるでしょ!」

「どちらか、選んでください。どちらが貴方の幸せですか」

「その選択肢は無理。選べない」


 優子が頭を抱えながら嘆く姿。


――いろいろと心配かけてすみません。


 当事者のひとりとして心の中で謝る。


「そういえば、このふたり。この間、猛が撫子を押し倒して……」

「姉ちゃんも炎上させるための燃料の投下はやめて!?」

 

 それをバラされたら、本気で猛の人生が終わる。


「だって、面白くなりそうだし」

「終わるわ」


 余計な真似をする雅の口をふさぎながら否定するしかない。


「兄さんが魅力的な人だからしょうがないですね。さぁ、私と兄さんを……」

「認めません。意地でも認めません」

「……では、淡雪先輩との禁断の愛を応援すると?」

「どっちもやだ!?」


――それは母にとって究極の二択だよ。


 そんな選択を迫られても答えられるはずもない。

 不満が爆発した優子は、

 

「私、決めたわ」

「何を?」

「こうなったら、猛にはお見合いさせるから」

「は、はい?」

「いい人、私が見つけて来るもの。貴方達の関係を認める気はないの」


 話がややこしくなりかけている。

 母の暴走を許すはずもなく。

 撫子は冷たい視線を向けて、


「そんなことをしたら、私は悲しいですが、最後の切り札を出すしかありません」

「な、なによ、まだ何かあるの? 領収証の類はもうないはず」

「ふふふっ。お母様を倒すための準備はいろいろとしてあるんですよ?」

「しないでもらいたい」

「ただし、私も鬼ではありません。私と兄さんの恋人関係を認めてもらえれば済む話です。簡単でしょう? どうですかぁ?」


 ふたりがデッドヒートを繰り広げる。

 それを横目に雅はどこか他人事のように笑いながら、


「モテる男の子は辛いねぇ」

「俺がお見合いさせられそうになってるんですけど」

「お母さんならやりかねないわ。いい人と巡り合えたらいいわね?」

「めっちゃ他人事!?」

「だって、私の事じゃないもん。それも悪くないんじゃない?」

「やだよ、そんな展開」

 

 母を説得しなければ、猛の未来が変えられてしまいそうだ。

 一進一退の攻防を続ける。

 見ている方が疲れてきた、そんなときに、


「――なんだ、お前ら。こんな所で」


 男性の声に振り向くと、


「父さん、おかえり」

「おぅ、ただいま」


 大和彰人|(やまと あきと)。

 普段は忙しく家に不在の頼れる父親が我が家に帰ってきた。


「出迎えもなしと寂しいじゃないか。なんだ、あれは?」

「見ての通りだよ」

「分からん。雅、簡潔に状況説明してくれ」

「お母さんと撫子が猛との関係を認めるか否かでバトル中よ」

「簡潔な説明サンキュー。そういうことかい」

「もう誰にも止められないわ」

「……また親子喧嘩か。小さな頃から変わらないな。撫子は猛が関わるとムキになるし。それを真面目な優子が認めるわけもなく、か」

 

 彰人は状況判断をして、あっさりとふたりと関わるのを諦めた。


「腹が減ったな。ふたりともラーメンでも食べにいかないか?」

「ちょっと、父さん。あのふたりは?」

「言いたいようにさせてやれ」

「えー、放置っすか」

「母と娘がぶつかりあうのはしょうがないものさ」


 炎上を続ける親子関係。

 

「あれを放置してもよいものか悩みます」

「僕は弁護士時代、裁判で何度も親子の骨肉の争いを見てきたものだ」

「……なぬ」

「実の親と子でも本気で憎みあうことができる。人間とは悲しい生き物だな」

「そんな重苦しい事案と一緒にしないで!?」


 遺産相続の骨肉の争いと、目の前の親子喧嘩は一緒の類にされると悲しい。

 これはまだ止められる範疇の戦いのはずだ。

 彰人は元々、関わるつもりはないらしく、


「正直、嫌だぜ。あのふたりの間に入っていく勇気はない」

「ここは父さんが止めてくれたら一番丸く収まるのでは?」

「それで僕に痛い目を見ろと? 愛娘に嫌われるのも、愛する嫁に蹴られるのも、望んだものではない。見ざる、聞かざる、放置が一番だ。行くぞ、雅」

「うんっ。ラーメン、ラーメン♪」

「こ、この人たちは……」


 我が身が大事、保身に長けた家族が多いものだ。


――こういう姉ちゃんの性格は父さん似だよ。


 親子戦争を何とかしようとする気はないらしい。


「猛はいかないのか?」

「戦争に巻き込まれたいの?」

「……い、行きますよ。もうここに関わってもろくな目にあいそうにない」


 結局、二人の言い争いを放置して3人でラーメンを食べに行くことになった。

 撫子と優子の問題。

 悲しいが、親と娘の闘いに他人がどうこうできることはひとつもなかった。

 

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