第116話:昔はこんな子じゃなかったんですよ


 先日、撫子と淡雪が紆余曲折を経て、和解をしてくれた。

 猛にとっては大事な妹たちが仲良くなってくれて何よりだ。


「いいことのはずなんだけどなぁ」

「何か疲れ切ってる顔をしてるわね、猛。どうしたの?」

「なんか撫子さんが意気込んでまして。戦争回避をなんとかできませんか?」


 今日はガチバトルの気配、無意味にやるきをみせている。

 それを知らない母親は帰宅して、自室でくつろいでいる。


「嵐が……嵐がくるぜ」


 撫子VS優子の親子戦争。

 それが不安な猛であった。

 他人事のように雅は「いいんじゃない?」とのんきな声で言った。


「何が何でも俺との関係を認めさせたいっていう撫子の気持ちも分からなくもないけども。お互いに譲れない想いがあるならしょうがない」

「……お姉ちゃんとして何とかして戦いを止めてあげてくれ」

「無理。あの子の情熱を止められるほど、私は力がないもの」


 あっさりと諦められてしまった。

 こういう時、大事なのは第三者的な立場の人間だというのに。

 

「姉ちゃんがその役割を放棄しちゃったら、戦いが収まる事はなさそうだ」

「そもそも、猛だって当事者だから頑張ってね」

「だからこそ、姉ちゃんも間に入ってくれよ」

「やだ。私は自分が大事だもの。間に入ったせいで、ボロボロに傷つく役目はお姉ちゃんの担当ではありません」

「先日、お姉ちゃんは兄妹の味方だと言ってた気が?」


 ぜひ、頼れる姉を見せてもらいたい。

 だが、雅はあっけらかんとした顔で、


「……そんな発言をした記憶はございません」

「政治家答弁風に誤魔化した!? ひどいや」

「してあげたい気持ちはあるけど、無理なものは無理」

「そこをなんとか」

「やだ。撫子を自分で説得しなさい」

「俺だって臨戦態勢の撫子を説得するのは無理っす」


 頭が痛くなるほど不安になりながら彼女の帰りを待つのだった。





 撫子が家に返ってきたのは夕方のことだった。

 ついに嵐が再び来たる――。


「おかえり、撫子」

「ただいま戻りました。お母様はいますか?」

「さっそく本題きた!?」

「うわぁ、やる気満々だねぇ。お姉ちゃんは逃げてもいい?」

「撫子、まずは家族としての爽やかな触れ合いから楽しまないか?」


 いきなり戦争モード突入は回避してもらいたい。


「……撫子?」


 リビングで夕食を終えて片づけをする優子を見つけるなり、撫子は近づいていく。

 

――ちくしょう、俺には止められない。


 ハラハラしながら、ふたりのバトルを止められずに見ているしかない。


「おかえりなさい。夕食は外で食べてきたの?」

「はい。それよりも、お母様。大事な事です。はっきりと答えてください」

「……何を?」


 ふたりが向き合う。

 撫子が告げた言葉、それは彼らの想像してなかったものだった。


「――妊娠をされているって本当ですか?」


 その場にいた誰もが驚きの声を隠せない。

 先日発覚したその衝撃の事実は撫子に秘密にしておいた。

 猛は話していないし、雅も「なんで撫子が」と不思議そうな顔をしている。


「えぇ。この年で赤ちゃんができたのは嬉しいものね」

「やっぱり……」

「でも、撫子がどうしてそのことを?」

「晴海おじ様ですよ。先日、お話をしていたら、『優子さんの身体にはくれぐれも気をつけてあげて』と言われました。直接は教えてもらえなかったので病気でもしているのかと思って調べてみたら、まさか妊娠しているっぽいので驚きでしたよ」


――撫子がこの前、言っていた切り札と言うのはこれの事か。


 些細な言葉ひとつで真実にたどりく。

 この子の調査能力はあなどってはいけない。

 晴海伯父は父の兄である。

 医師であり、病院を経営している。


「おじさんはお医者さんだからな」

「大和家の主治医でもありますからね。相談されるのは当然です」


 撫子は軽く頬を膨らませながら、


「それよりもこんな大事なことを秘密にしておく必要はどこに?」

「ここぞとばかりに何かされると思ったのでは?」

「し、しませんよ。さすがに私はそこまでひどい人間ではありません」


 拗ねる撫子に対して優子は視線を逸らしながら小声で、


「されると思ったから言わなかったわ」

「お母様もひどすぎでしょう!?」

「弱みを見せたら最後だもの」

「失礼な。娘の私をなんだと思ってるんです」

「自分のためなら手段も選ばない子?」


 家族3人の意見が一致して、猛も思わずうなずいてしまった。

 ぐぬぬ、と撫子は「兄さんまでひどいです」と苦い顔をする。


「もうちょっと私に対する信頼をしてもらいたいものです。私はお母様がようやく望んでいたお父様との実子を授かったことを喜んでいるのに」

「ありがとう。撫子が素直に喜んでくれるなんて」

「……さて、お母様。その子を授かったのは、私たちのおかげでもありますよね」

「はい?」


 撫子の攻勢のターン。

 さきほど自らが否定した「ここぞとばかりに」と優子に迫る。


「私達が中学生になり、手が離れたところで、家族の生活スタイルも変わりました」


 政治家である父は、以前から都内の方へと生活拠点を構えている。

 この大和家を維持するためにも家族そろって引っ越しもできず。

 話し合った結果、中学に入ってからは子供達がここに残り、父を支えるために母は向こうで住んでいると言うのが今の家族の生活だ。


「そうね。その件には撫子や雅には感謝しているわ。家の事を任せているからこそ、安心して彰人さんを支えられるんだもの」

「夫婦だけの生活。おふたりにとって、仲のいい日々を過ごしている事でしょう」

「えぇ、とっても」

「うふふ。子供の視線も気にせず、“新しい子供”だって作ってしまえるほどに」

「そ、それは……その……」


 思わぬ追及に優子は顔を赤らめてしまう。


「仲の良い夫婦ふたりが過ごす夜の日々。子供の視線も気にせず、いろいろと楽しめると言うのはさぞ良い事でしょうね?」

「な、撫子!」

「……うわぁ、やり方がえげつないっす」


 さすが撫子。

 一度弱みを見せたら最後、狙われたら終わりなのだ。


「……あー、撫子の言い方がひどいわ」


 これには雅もちょっと引き気味だった。

 面倒くさそうながら、優子を援護する。


「撫子、そこは触れちゃダメっぽくない? ほら、両親の夜の夫婦生活なんて下世話な話題に子供が触れるのはやめなさい」

「ふっ、甘いですね。姉さん、ここが攻め時ではないですか?」

「この子、すごく悪い顔をしているぜ」

「誰に似たんだろ」

「昔はこんな子じゃなかったんですよ」


 姉弟そろって、妹の性格の悪さを嘆き悲しむのだった。

 

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