第99話:この事件には黒幕がいるんです
放課後になり、猛達は屋上へと向かって歩いていた。
昼休憩の騒動は学年を超えての噂の対象となり、混乱を招いていた。
様々な情報が錯綜し、もはや猛たちへの非難はどこかへ消えていた。
「撫子、どこに行くんだ?」
「屋上ですよ。夏の風を感じたくなりました」
「……屋上ねぇ?」
何があるのやらと思いながら、階段を登る。
扉を開けると涼しい風が吹き込んでくる。
「初夏の風は確かに気持ちいいな」
夏が来たのだと実感できる。
風に吹かれて、髪を押さえる撫子は、
「……兄さん。私も貴方を傷つけることになりそうです」
「は? 撫子が?」
「これは本意ではありませんが。ですが、兄さんの言う、『何もを捨てず、全てを取る』という無茶な我が侭のためには……こうするしかないんです」
特別な何かがあるのだろう。
彼女の瞳にはある種の覚悟が見てとれる。
「私を嫌いにならないでください」
「何があっても、俺が撫子を恨むことはないよ」
「……その言葉だけを信じています」
やがて、屋上にやってきたのは……。
「猛クン。よかった……ここにいたんだ」
「淡雪さん?」
屋上にきた淡雪がホッとしたような安堵の表情を見せる。
「昼休憩に騒動があったんでしょう? 私、全然、知らなくて」
「図書委員でいなかったんだよな」
「なんで、戻ってきても誰も教えてくれないのかしら。さっき聞いて、びっくりしたもの。大丈夫だったの?」
「無事に終わったよ。淡雪さんも協力してくれてありがとう」
騒動が混乱していたために、淡雪も性格の情報を手にするのが遅れたようだ。
猛もあえて、教室ではその話題を避けていた。
「はぁ。猛クンの力になりたいなんて言って、私は全然何もできなかったわ」
「そんなことないさ。淡雪さんにも世話になったよ。電話のこと、調べてくれたし」
「私にはあんなことくらいしかできなくて。でも、よかったわ」
「――何がよかったんですか、須藤先輩?」
突如、撫子が話の間に入ってくる。
その表情はどこか冷たく、静かな怒りのようなものを感じる。
「だって、これで終わりでしょう? 猛クンも撫子さんも、あんな噂で周囲から責められることもないじゃない」
「……いいえ、何も終わっていませんよ。むしろ、継続中です」
「どういう意味かしら?」
「一度流れた噂は簡単には消えません。それに、私達が恋愛している事実も含めて、世界を敵に回したままですから」
なぜか、撫子は淡雪に噛みつく。
普段から彼女に対しては敵意を抱く困った仲だが、今日は何かが違う。
――本気で怒っている?
言葉の端に見え隠れする敵意。
撫子は気に入らない相手によく向けるものだが、今回はさらに倍増している。
「椎名先輩は確かに悪意を持って噂を流し、私達の関係を破たんさせようとしました。噂が広がり、まんまと追い込むのに成功し、私達は窮地に陥りました」
様々な選択肢の中で選ばなければならない苦悩もした。
「ですが、椎名先輩をそそのかし、魔が差す真似をしたのは誰でしょう?」
「言っている意味が分からないわ? 眞子さんは貴方に嫉妬したのでしょ」
「そうだぞ、椎名さんが行ったのは自分の意思のはずだ」
嫉妬心からきて魔が差した、悪戯心から起きてしまった騒動のはず。
「誰かに命令されたわけでもない、それならあの時にも言っているはず」
「私も以前から椎名先輩が兄さんに恋をしているのには気づいていました」
「あれは分かりやす過ぎるもの」
「そうでなくとも、兄さんを好きな女性は大抵、マークしていましたからね」
自分のライバルになりそうな相手にはチェックを欠かさない。
「椎名さんは見ていて分かりやすいくらいに純粋な子だったからな」
「純粋なんです。だからこそ、あの人は自らの意思では動けなかった」
「動けなかった?」
「言葉通り、見ているだけでよかったと本気で思っていたんです」
「どんな時でも、魔が差すこともあるわよ。純粋な想いゆえに、ね?」
淡雪は困惑気味に「私には彼女の気持ちは分からないけど」と付け足す。
「魔が差すということ。えぇ、誰にでもあるでしょう。他人の幸せなんてぶち壊したくなる、そんな気持ちは誰でも抱くものです」
「言い方がひどくないかしら」
「今日の撫子は普段の三割増しで言葉がきつい。怒ってるんですよ」
「失礼ですね。とにかく、恋する乙女の純粋な気持ちを利用した人物がいます」
そそのかした、と撫子はさっき言った。
つまり、後押しした人物がいるのだ。
「それは誰? ひどい人もいるのね?」
「よくもまぁ、平気でそんなことが言えますね」
「はい?」
「須藤先輩、貴方だって言ってるんです」
あまりにも突拍子がなさすぎて、撫子の言葉が信じられなかった。
きょとんとする、猛は「え?」と唖然として固まる。
「椎名先輩を利用し、兄さんの心を傷つけたのは貴方でしょう? 須藤先輩」
睨みつけるように鋭い視線を淡雪に向けた。
ただの怒りではない、これまでの確執からくるものでもない。
本当に撫子は怒りを彼女に向けている。
「やだわ、撫子さん。いくら私を嫌いだとしても、そんな言い方はしないで」
「まったくだ、撫子。淡雪さんは今回の事も協力してくれた」
「その件には感謝しますよ。真実からすれば、マッチポンプですが」
「マッチポンプって淡雪さんがする理由なんてないだろ」
マッチポンプ。
人から称賛されたいがゆえに、自分で火をつけて、自分で火を消す。
偽善的な自作自演の意味である。
「それに何より彼女がそんな真似をする子じゃないのは俺が一番分かってる」
「……はぁ」
「彼女は人を傷つけるような真似はしない」
彼女は小さく「すっかり騙されて」と呆れている。
「ついさっきも同じ台詞を言ってませんでしたか?」
「うぐっ。それは……」
「椎名先輩もそんなことをするような子ではなかったでしょう? 人は魔が差せば、思わぬことをしてしまうものです」
「い、いや、でもさ?」
とても猛には信じられない。
淡雪が何か彼らに悪意を持つ理由がない。
「彼女が俺に何か恨みであるとでも? ないない、全然ないよね?」
「当然よ、猛クン。貴方には感謝こそしても恨みなんてない」
撫子の言い出した発言にはさすがに驚いてしまう。
「撫子さん。私に対して何かしらの疑いを持っているようだけど。そこまで言うのなら、私は一体、何をしたと言うのかしら? 教えてもらえる?」
妙な疑いをかけられては迷惑だろう。
腕を組みながら、撫子の方をマジマジと見つめる。
「椎名先輩は確かにひとりで噂を流し、兄さんを脅迫しました。そこに協力者はいません。ですが、そうなるきっかけを作ったのは貴方でしょ」
「きっかけ……?」
眞子相手にも同じことを彼女は聞いて確認していた。
そして、ある人物が関わっていたことに確信したのだ。
「あの時、彼女はクラスメイトに相談しただけ、としか言ってなかったぞ」
クラスメイトに相談した結果。
二人の関係を破綻させる方法を選んだ。
噂を流すことで周囲から彼らに過ちを正すように促すつもりだった、と。
それが今回の騒ぎになった。
「まだ分かりませんか? この事件には黒幕がいるんです」
「何が?」
「はぁ。兄さんは鈍感すぎて嫌になります。好感度、下げそうですよ」
「ひどいや。クラスメイトに相談なんて普通だろ」
「そのクラスメイトこそが“須藤先輩”なんですよ、兄さん」
彼女が淡雪に敵意を向け続けている理由。
椎名眞子にとって、魔が差す原因を作り出した人物。
「――椎名先輩は、須藤先輩の発言を真に受けて暴走したんです」
はっきりとそう言い切った。
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