第4部:心に秘めた恋情の狭間で

第95話:さぁ、反撃開始と行きましょう




 翌朝、私達は晴れやかな気分で月曜日を迎えていた。

 制服に着替えていつも通りの時間に家を出る。


「兄さん。素敵な朝ですね」


 初夏の照り付ける太陽を見上げる。

 湿度もなく、からっとしたいいお天気だ。


「撫子。暑くなってきたから熱中症には注意するように」

「日焼けもしたくないです」

「撫子の綺麗な肌が日焼けするのは嫌だな」

「ふふふ。それでは、鉄壁のガードで守りましょう」


 これまでの嫌な雰囲気が嘘のように。

 ふたりは平常心を取り戻していた。

 苦しみに抜いた悪夢を乗り越えて。


「さぁ、ついにきました。決戦です」

「意気込みがすごいな」

「当然ですよ。私達を陥れた犯人には文字通りの地獄を見せましょう」

「……や、やりすぎないでね?」

「無理です。私の愛する兄さんを悩み苦しめた相手は徹底的に追い詰めます」


 彼女たちの愛を邪魔した罪は重い。


「最後に笑うのは私達だと思い知らせてやりましょう。ふふっ」

「……こ、怖いわぁ。うちの撫子さんが黒くて怖いわぁ」


 逆に引き気味な猛だった。

 こんな目に合わせてくれた相手にはお仕置きだ。

 

――泣いて、わめいて、もがいても、絶対に許さない。


 撫子にとっては復讐そのものだった。


「兄さんも覚悟してます?」

「何を?」

「今日から貴方のあだ名は『シスコン戦艦ヤマト』ですよ」

「その呼び方はやめてくれ~!?」

「噂になってたのでつい。シスコン上等の覚悟を見せてください」

「ワテクシ、名前イジメはよくないと思うの」


 拗ねる猛に撫子は「イジメではなく真実なのに」と笑う。

 こんな軽口を言えるようにまで互いにテンションを取り戻せている。

 気持ちをどう持つかで人は変われる。

 

――今の私達は最強だと自負できる。

 

 学校の校門に近づいて、お互いに顔を見合わせた。


「愛していますよ、兄さん」

「……あぁ。俺もだ」


 この気持ちがあれば大丈夫、どんな困難だって乗り越えられる。

 そして、彼女には切り札もある。


「では、行きましょう。最終決戦です!」


 優しく腕に抱き付いて、身を委ねた。

 

「――さぁ、反撃開始と行きましょう」


 ついに撫子の反撃が始まった――。





 校門を潜り抜け、この光景を見た生徒たちは内心、こんなことを思っただろう。


――この二人はバカじゃないのか。


 誰もがそんなことを思ったに違いない。

 なぜなら、彼らがしているのはまさに“愚かな行為”とも言えること。

 噂の二人が腕を組んで恋人っぽい雰囲気で登校してきたのだから――。


「兄さん。昨日のデートは楽しかったですねぇ」

「撫子と一緒ならどこへ行っても楽しいよ」

「今度は夜景の綺麗な場所に泊まり込みで行きませんか? 夏も近いですし」

「それなら、夏休みにはふたりで旅行にでも行こうか?」


 お互いに指を絡めながら堂々と甘える。


「……どうせなら海に行きたいです」

「いいね」

「せっかく、兄さんに披露するための水着も買いました」

「でも、水着姿を人目にさらして欲しくないな」

「え?」

「撫子の可愛いさは俺だけが独占したいんだ」

「もうっ、兄さんったら……こんな皆さんの前で恥ずかしい」


 微笑を浮かべて「心配しなくても、私は兄さんだけのものですよ」と答える。

 平然と甘えてくる撫子の頬を撫でる。

 突然の事態にすれ違う人々が騒然となる。


「なんだ、これは夢か? 妄想か?」

「目の前の光景が信じられん。はぁ?」

「大和君たちがついに壊れた?」

「どういうことなの。なにこれ?」

「い、いや、待て。落ち着け、落ち着くんだ、みんな!」

「お前が落ち着けって。……あのふたり、何やってるんだよ?」


 周囲のざわつく声と共に、愕然とした表情を皆が浮かべる。

 それもそのはずだ。

 ここまで堂々とイチャつく姿を誰が想像しただろうか。


「めっちゃ、ラブラブじゃん」

「開き直ったの?」

「この状況下でよくやるわ」

「こんな所でいちゃついて恥ずかしくないわけ?」

「騒ぎなんてもう気にしてないってことじゃん? ないわぁ」


 混乱にも悲鳴にも似た声が次々とあがる。

 騒動の最中に、イチャついて登校してくるなんて誰も想像していなかったはず。


――あいにくと、私は他人にどうこう言われて凹む人間ではありません。


 大人しく、教室の隅っこで膝を抱えながら誹謗中傷されるのに耐えていればいい。

 犯人はそう思っていたはずだが、撫子達はそうしなかった。


「兄さん……大好きですよ♪」


 公衆の面前で頬を赤らめて照れてみせる。

 まるで見せつけるように身体を接近しあい、甘い雰囲気を見せつける。


「犯人さん。これが最後通告に対する私達の答えですよ」


 これは挑発だ。

 

――今頃、この光景を見た犯人はどう思っているでしょうね?


 追い込んだはずが、全然、追い込めていない状況に焦るはず。


――どうすれば、もっと追い詰められるの? そう思ってるでしょ。


 残念ながら撫子を相手にするのは分が悪い。

 悔しさと焦り、動揺に不安。

 相手の心を乱すのが得意なのだ。

 撫子の狙い通りに犯人は心を揺れ動かしているに違いない。


「私達の愛を引き裂けるものなら、やってみればいいですよ。負けません」


 先制攻撃、撫子たちの反撃に犯人は……。


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