第55話:現実ってこんなものですね?




 繁華街の一角にある公園。

 そこにあるステージでは連日、ストリートダンスのチームが踊っている。

 女の子たちが明るい音楽に合わせてパフォーマンス満載の華麗なダンスを魅せる。

 

「噂には聞いてけど、すごいじゃないか」

 

 その日、猛は朝からそのステージを他の観客と共に眺めていた。

 ステージの中心で踊る女の子に視線を向けた。


「すごいなぁ、結衣ちゃん」


 “須藤結衣”。

 淡雪の妹で中学生の彼女はダンスチームの中心で元気に踊っている。


「ずいぶんと楽しそうだな」

 

 彼女が須藤家のお嬢様なんて誰も思いもしないだろう。

 一緒に踊る他の女の子たちは高校生くらいだろうか。

 音楽にノリまくる彼女達のダンスに魅了される。

 ダンスを終えて、他のチームとステージを変わる。

 ステージから降りてくると歓声に包まれた。

 結衣は「ありがとう」と手を振りながら、それに応える。


「ふぅ、疲れたぁ。先輩、今日もいいダンスできて大満足♪」

「ホント、結衣をチームに入れてよかった。こっちも楽しめたよ」

「また誘ってね。今度はもっと踊れるように練習しないと……あれ?」

 

 タオルで汗をぬぐう彼女は猛に気づくと、


「大和さんっ。見に来てくれてたんだ」

「やぁ。淡雪さんから話を聞いていてさ。近くに来ていたから見せてもらったよ」


 以前に淡雪から結衣がこの辺りでダンスをしていると聞いて見に来たのだ。


「小柄な身体なのに、よくあれだけ動けるね」

「練習あるのみ。体に覚えさせないと無理だよ」

「なるほど。積み重ねた練習の成果か、何事もチャレンジだな」

「えへへ。でも、お稽古もそれくらいしなさいってよく言われちゃう」


 集中力をどこで使うかの問題なのだろう。

 自分に興味があることには真剣に取り組んで頑張れる子なのだ。

 

「しかし、すごいな。あんなに踊れるなんて思ってなかった。すごくよかったよ」

「ありがとう。大和さんに見られると照れるかな」

「……結衣。だぁれ、そのカッコいい人?」

「あれれ。もしや、彼氏とか? 年上なんてやるじゃん」


 後ろの女の子にそう迫られると結衣は慌てた様子で、


「ち、違うよ~、先輩たち」

「違うの?」

「そういう見られ方をするのも悪くないけどね」


 照れ交じりにそう言うと「またねー」と彼女達から離れる。

 ここで今日は解散するようだ。


「あの人たちは高校生くらい?」

「そうだよ。女の子ばかりのチームで、私が小学生の頃から応援してたんだ。中学生になってからチームに入れてもらえて、週末にはこうして一緒に踊ってるの」

「なるほど。そういうことなんだ」


 繁華街でよく見かけると思ったら、ステージにあがっていたようだ。


「ストリートダンスなんて見ている方はいいが、踊ってる方は大変だろうな」

「楽しいよ。好きなことを皆に楽しんでもらえて幸せなの」

「結衣ちゃんは頑張り屋さんだなぁ」

「あんまり褒められまくると照れる」


 あまり褒めなれていないせいか、照れて赤くなる。



「はい、どうぞ。喉、乾いてるだろ」

 

 彼は自販機でジュースを買ってあげるとすごく喜んでくれた。

 ジュースを飲みながら嬉しそうに笑う。


「おいしー。大和さんって気配りのできる良い人だぁ。すごく素敵」

「そりゃどうも」

「そうだ、大和さん。今日は暇?」

「特にこれといった用事もないけど?」

「それじゃ、これから私の家に来ない? お姉ちゃんもいるよー」


 結衣からのお誘い。

 どうやら、今日は例の厳しい祖母が旅行でいないらしい。


「お祖母ちゃんがいると絶対に男の子を家に連れていけないからね」

「それくらい厳しい人なのか」

「まぁねぇ。小学生の時に同級生の子を連れていったらすごく怒られたの」

「その程度もダメなのか」

「うん。あれ以来、友達すら連れていけないし。変な家なのですよ」

「それだけ男子に厳しい家なんだ?」

「面倒くさいよねぇ。今時、そんな面倒なしきたりなんていらないのに」


 古いしきたりっていうのは難しいものだ。

 “しきたり”っていう独自のルールを無くすのも、維持をするのも大変なものだ。


「大和さんってお姉ちゃんと付き合ってたんでしょ?」

「と、いうことになっている」

「でもさぁ、家には来たことがないよね」

「……そうだな。話には聞いてるくらいだ」

「だったら、ちょうどいい機会だから来てよ。お姉ちゃんも喜ぶはず♪」


 結衣が誘ってくれるのでそれに付き合うことにした。


――噂の須藤家、一度くらいは訪れてみましょうか。


 興味と好奇心にのせられてしまった。

 それが運命の歯車を動かすことになるとも知らずに。

 

 

 

 

「……お、おぅ」

 

 須藤家のお屋敷。

 思わず立ちすくむほど、自宅は想像以上の豪邸だった。

 大きな屋敷で、旧家というに相応しい立派な建て構えである。


「お姉ちゃんから聞いたけど、大和さんの家も旧家なんでしょ?」

「確かに家も似たようなものだけど、それ以上に広いし、雰囲気が違う」

「こんなの古いだけだよねぇ。私、高級マンションに住みたいよ」

「それは言っちゃだめなやつだなぁ。俺もそうだけどさ」


 憧れだけは共通なものだった。


――今どきの若い子はこんな家はあまり好きじゃないんです。


 ご先祖様に申し訳なさだけを感じた。

 彼女に案内されてお屋敷の中に入る。


「へぇ、庭も広くて綺麗なものだ」

「広いだけだよ。私も時々迷子になる」

「庭も立派と言うか、京都に来たみたい」

「竹筒でできたカコンって音がするやつもあるよ」


 結衣の指さす方に、それはあった。


「鹿威し(ししおどし)がある家を初めてみました」

「うるさい時は水を止めるといいの。こっそりしないと怒られるけどね」

「よく悪戯もするようで」

「うふふ」


 日本庭園と呼ぶにふさわしいお庭を廊下から眺める。


「ザ・和風だよねぇ。お茶会とかお祖母ちゃんの趣味でやってるでしょ。日本舞踊とかお茶のおけいことかさせられるもん。あれ嫌だからサボってる」

 

 結衣が不満そうに唇を尖らせる。

 

「そういうお家に生まれたのだからしょうがない。好きなことをするためには、やりたくないことも時にやらないとな?」

「むぅ。そう言われると辛いなぁ」

「淡雪さんも同じようなことを?」

「うん。私よりもお姉ちゃんの方がそっち方面はすごいから。才能っていうか、センスがあるんだろうね。私にはないから無理~」

「才能か。そういう時って、着物とか着たりする?」

「当然するよ。着物姿のお姉ちゃんは美人さんだもん。大和さんも絶対に見惚れるよ」


――そりゃ、ぜひとも見てみたい。


 和服姿の淡雪を想像しながら廊下を歩いていると、


「あ、いた」


 噂をすれば何とやら。

 

「結衣、帰ってきたの……って、た、猛クンっ!?」

「どうもっす」

「ど、どうしてここに?」


 私服姿の淡雪さんと遭遇。

 まさかのクマさんの絵柄の入ったスウェット姿。

 

――想像の和服姿が一気に遠のいてしまった。


 勝手ながらもガッカリ感が半端ない。


――現実ってこんなものですね? はい、変な想像してすみません。


 非常にラフな格好だが、可愛いから見惚れるには違いなかった。

 

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