第53話:昔、会ったことがあるよね?

 

 誰だって、昔の記憶を思い出せと言われたら薄っすらとしか思い出せない。

 ただ印象的な部分だけは妙に覚えていたりして。

 いい思い出の記憶も、悪い思い出の記憶も。

 どんなに年月を重ねても、消えない記憶っていうのは確かにある。

 人は記憶を忘れるのではなく、思い出せなくなるだけらしい。

 頭の中にずっと記憶は残り続けていて、ふとしたきっかけで思い出せるはずだ。

 それでも、思い出せない記憶はある。

 

 ――俺はいつから撫子の兄になったんだろう?

 

 大事なことなのに、思い出せない記憶はあった。

 

 

 

 

「兄さん、兄さん」


 昼休憩になり、撫子と食事をしようと食堂に向かっていたら、


「いい機会ですから、私に紹介してください」

「誰を?」

「コトメさんです。私の敵になるか見極めたいので」


 にっこりと笑って言われる。

 

「何で敵か味方か、見極めなくちゃいけないんだ。せめて友達になれるのかを見極めてもらいたい。紹介するのは良いけど、敵と味方の判別はどこにある?」

「兄さんに好意を抱いているか、どうか以外にありますか?」

「なぜそんなことを聞くんだと当然のように言わないでほしい」

「だって、兄さんの幼馴染です。私としても無駄な争いはするつもりはありません」

 

 その言葉が信用できない。

 こういうことに関しては妹を信じきれない兄である。

 

「……昔の兄さんを知っているという事に興味があるんです」

「昔の俺だって? 撫子だってよく知ってるだろう」

「えぇ。それでも、兄さんの事を後ろか見ていただけですから。控えめで大人しい私は兄さんたちが遊んでいるときは遠目に見ているだけでした」


 昔の撫子の人見知り度は今の比ではなかった。

 ビクビクと震える子ウサギみたいで、こちらも心配だったのだ。

 

「私が見てきた兄さんとは違う側面が知れたら、私はもっと兄さんを好きになります。そのためにも、昔を知る人に会いたいだけです」

「本当にそれだけかな?」

「ふふっ。それだけですよ」

「ごめん、兄なのに妹の言葉が素直に信じられないや」


 笑顔で誤魔化されてしまうので「ホントに何もしないで」と頷く。

 

「これを機に撫子にも友達が増えてくれたら嬉しいし」

「んー、兄さんに興味がないお友達なら欲しいですね」

「……撫子は友達作りの基準を間違えてるから」

 

 それはともかく。

 猛は恋乙女に連絡を取って、一緒に食事をすることになった。

 

 

 


 食堂で待ち合わせていた恋乙女と合流して、まずは撫子を紹介する。

 同じテーブルで向き合うふたり。


「恋乙女ちゃん。この子が俺の妹の撫子だ」

「うん、覚えてるよ。こんにちは、撫子ちゃん。花咲恋乙女だよ」

「どうも、大和撫子です」

「えへへ。私の事、覚えてる?」

「いいえ。全然、覚えていません」


 あっさりと先制攻撃。

さすがの恋乙女ちゃんも「あれぇ」と苦笑い気味だ。


「こ、子供の頃だからな。うん、仕方ない」

「どっちにしても、同世代の子の記憶なんて覚えてませんよ」

「……私の方は覚えてるのに。撫子ちゃんはいつもたっくんの後ろに隠れてたよね?」

「たっくん? へぇ、そんな愛称で呼ばれているんですか」

「撫子さん、怖いから睨まないで」


――子供の頃の愛称です、別にいいじゃないか。


 たっくんと呼ばれるのは嫌いじゃない。


「しょ、食事しながらにしよう。ふたりともレディースセットなんだな」


 彼女達の食べるレディースセットは翡翠ラーメン、冷奴、豆料理が並ぶ定食だ。

 ちなみに猛はカレー、こういう学食のカレーは味も量も満足できる。

 カレーの上にはマヨネーズをかけるのが彼のこだわりだったりする。

 マヨネーズトッピングはテレビか何かでしてたのがきっかけだが、これが中々に美味しいのでずっと続けている。

 

「気になってるんだが、翡翠ラーメンって何だ?」


 猛は目の前の緑色のラーメンに興味を抱く。

 翡翠ラーメン、初めて見るラーメンだった。

 麺の色が深緑色、見た目的に普段食べているものと違うので違和感があった。

 

「翡翠麺は確か、ほうれん草を麺に練り込んだラーメンです」

「ほうれん草?」

「野菜たっぷりで美味しいよ。ちゅる感もいいし、麺としても美味しいの」

 

――恋乙女ちゃんとならラーメンデートはOKかもしれない。


 きっと、ちゅるちゅるOKの子だと、嬉しくなる。

 翡翠麺はイメージ的にはバジルのパスタ、ジェノベーゼと似ている。


「興味があるのなら、どうぞ。はい、あーん」

 

 撫子に食べさせてもらうと味はそれほど、ほうれん草の味はしなかった。

 しかし、美味しいことは美味しい。


「普通だな。もっとほうれん草っぽいのかと思ったらそうでもない」

「見た目重視なのかもしれません。私はそれなりに好きですよ。野菜も多く取れますし。レディースセットは美と健康志向なので、女の子としては興味もあります」

「男からしたら、量的にも満足できそうにないけどな」

 

 撫子もそれほど食べる方じゃないので、この程度でも満足なんだろ。

 そんな猛達の様子を見ていた生徒達が口々に呟く。

 

「あーん、だって。もう駄目だね、大和さん……」

「ホント、シスコンっぷりに呆れてる。あの大和君がねぇ?」

「シスコンキャラも定着しつつあるよ。受け入れたくないけど、見慣れてきた」

「くっ。恋乙女ちゃんと撫子ちゃんの、ダブルハーレムなんて……妬ましい」

「人生の勝ち組だと思って調子に乗るなよ、シスコン戦艦大和め」

 

――誰がシスコン戦艦だ、俺に変なあだ名をつけるんじゃない。


 何かと不沈艦やら変態戦艦と言われてしまう。

 傍で猛たちの様子を見ていた恋乙女ちゃが唖然としている。

 

「うわぁ。恋人みたいに仲がいいね?」

「ごめん。うっかりしすぎた」

「んー。いいんじゃない? 兄妹仲がいいのって悪い事じゃない」

「恋乙女ちゃんは理解があって助かるよ」

 

――変な目でみない子って素敵です。


 自覚のある過剰な兄妹愛の猛達も問題なのだ。


「コトメさんは兄さんと幼稚園の頃からの友人と聞いています」

「そうだよ。一応、覚えてないかもしれないけど、撫子ちゃんともお話したりしてたんだけどなぁ。昔の撫子ちゃんは大人しい子だったからしょうがないかな」

「……兄さん以外の人を覚えていません」

「そっかぁ。残念だなぁ」

「ホント、いろんな子が家に来ていた時期です」

「そうだよねぇ。たっくん、モテてたからなぁ。今もそう?」

「その件に関してはコメントしづらい」

 

 自分がモテるというのは認めにくいものだ。


「たっくんは優しいから人気があったもん。私はママ同士が仲良いから、よく遊びに来てたんだ。一番仲が良かったかな?」

「そうだな。恋乙女ちゃんたちと遊んでると楽しかったよ」

「……ふんっ」

 

 撫子はむすっとふくれっ面をしながら食事を続ける。


――お姫様は拗ねてしまった。


 これは後でご機嫌取りをせねばならない様子だ。


「そうだ、今度、たっくんの家に行ってもいい? すごく懐かしいもの」

「いいよ。恋乙女ちゃんとは昔の話もしたいし」

「……ずいぶんと兄さんも心を許している様子です」

「幼馴染ってそういうものだよ。撫子の思ってるようなことはないから」


 下手に警戒されているので誤魔化す。

 食事を終えてから食堂を出ようとすると、偶然にも淡雪とすれ違う。


「淡雪さんっ」

「あら。猛クンは仲良くお食事? ……はれーむ?」

「違います」

 

――怪訝そうな目で見ないで。俺だって、本気で傷つくんだから。


 淡雪のような真面目な子に白い目を向けられるのは泣きそうになる。


「ハーレムを楽しんでる、猛クン」

「だから、そういうんじゃないんだってば」

「ふふっ。そっちの子はこの前もあったわね」

「恋乙女ちゃんって言うんだ。幼馴染で後輩の子。決して変な関係ではありません」

 

 猛の隣の恋乙女はなぜかジーッと淡雪を見つめてる。


「えっと、彼女は淡雪さん。猛の友人でクラスメイトだよ」

「淡雪先輩……? んー。昔、会ったことがあるよね?」

「え?」


 それには淡雪さんも驚いていた。

 

――こんな偶然ってあるのかな。


 以前から感じている違和感。

 彼女はすぐさま口元に手を当てて微笑する。


「ふふっ。あははっ。もうっ、これで3人目ね」

「そこまでくると偶然ではなく真実なのでは?」

「撫子さんの言う通り。皆、私のこと、会ったことがあるって言うけども、本当にどこかで会っていたのかしら」

「初対面とは思えないってことかな」


 まさか、恋乙女まで言うとは思わなかった。


「猛クンとは高校で初めて会ったのよ。昔、会ってた可能性がないわけではないけど、私には覚えがないわ。花咲さん、どこで会ったと思う?」

「……なんとなくで覚えてないけど。私、先輩のことを知ってる気がする」

「そうなんだ。どこで会ったのか思い出せたら教えてね?」

 

 優しそうに笑う淡雪に対して、恋乙女も頷いて見せる。


「面白いわね。猛クンとの出会いが運命じゃないかって、最近思うようになってるわ」

「……出会いじゃなくて再会かもしれない、か」

「それはそれでアリじゃない? 人は巡り合うようにできてるってね」


 そう言い残して、淡雪がいなくなると、恋乙女は小さな声で、


「そっか、似てるんだ。淡雪先輩って、たっくんの――」

「恋乙女ちゃん? どうした?」

「うーん。ごめん、変なことを言ったかも? 小さな頃の記憶って覚えてる方なんだけど、あの先輩との記憶は思い出せないなぁ」

 

 撫子も同様で「でも、どこかで私達は彼女に会ってる気がします」と呟く。

 写真もあるのに、記憶だけは中々思い出せない。


「ひどい目にあわされた私としては、早く思い出して復讐したいです」

「やめなさい」

「……須藤先輩とはいずれ決着をつけなくてはいけないかもしれません」

「それもやめて。何も因縁とかないでしょう」

「個人的な恨みがちらほらと」

「なんで淡雪さんを恨んでるのだ」

「それは過去の兄さんの行動のせいですね。胸に手を当て考えてください」


 目線を宙に逃がして誤魔化し切った。

 記憶の彼方。

 どんな記憶も思い出せないだけで、記憶の中にはあるはず。

 その扉の鍵が見つからないだけ。


――撫子が前に言ってたっけ。思い出せないから難しいんだよな。


「運命の出会いか。ホントにあるのかも」

「兄さん。過去に不適切な関係があったら許しませんよ」

「不適切な関係って表現は誤解を大いに招くからやめて!?」

「もしや、実は覚えてるのに不都合な事実があるので隠しているとか?」


 疑惑の目を向けられてしまい、言い訳をする。


「そ、そのような事実はないわけでして」

「……たっくん。目が泳ぎすぎ。まさかぁ?」

「何もないっす。ホントだよ?」

「怪しいなぁ。撫子ちゃん、これはクロでしょ」

「私もそう思います。兄さん、浮気はダメだと何度言ったら……」

「ち、違います。何もないから、あー。許してください」


 不機嫌にさせてしまった妹の対応に四苦八苦する猛だった。

 

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