第49話:これが貴方を倒す切り札です

  

 緊急事態が発生、家族間で戦争状態突入危機の到来。

 怒りの大和撫子、反撃の一手を打つ。

 運命の戦い、母と娘の戦いの果てに待つものとは……。

 両者睨みあう非常に気まずい雰囲気の中で、

 

「撫子。貴方、まさか……あの事を知っているの?」

「知っていますよ。お母様が家族に黙っていた事を私は知っています」


 堂々と言い切る撫子には迷いがなかった。

 例え、母でも自分の敵に回るとなれば容赦しない。

 その覚悟が見て取れる。


――いやいや、そんな覚悟は全然いらないですけど!


 見ていることしかできない猛は内心、そう感じながら状況を見守る。


「大切な家族が壊れる姿を私はみたくなかったんです。だから黙ってました」

「やめて、何も言わないでっ!」

 

 何か隠している事があるのか、それを必死に隠そうとする。

 普段の母が見せない、動揺する姿に猛も本気度を知る。


――これは何か特別な事情があるのかもしれない。


 その何かは自分たちの関係を変えるだけの力を持っているのか。

 

「私も残念ですよ、お母様。私の敵となると言うのなら、仕方のないことです」

「や、やめて! お願いだから、やめて――!」

 

 悲痛な母の叫びがリビングに響き渡る。

 

「真実は残酷で辛いものなんですよ。現実を受け止めてください」

 

 母であろうと撫子に容赦はなかった。

 そして、撫子は叫ぶ優子に向けてある事を言い放つ。

 

「――お母様。お父様に内緒でまたブランド物のバッグを購入しましたね?」

「……え?」

 

 あ然とする優子。

 猛も同様に「?」と疑問を抱く。

 

「ブランドバッグ、と言いましたか?」

「以前、衝動的に高級なブランド物バッグを購入して、お父様に怒られましたよね?」

「えぇ。あの人、無駄遣いは許してくれない人だから」


 優子は過去を思い出すように「そういう所は甘くても」と不満げだ。


「内緒で衝動買いや高額の買い物をしたらお父様も許さない、と怒っていた事をお忘れですか? それなのに、また内緒でお買い物しましたね?」

「そ、それは……」

「私、家の掃除をしていたら、こんなものを見つけてしまったんです」

 

 撫子が近くの引き出しから取り出したのは請求書だった。


「――これが貴方を倒す切り札です」


 請求書の額面はそれなりの高値が付けられていた。

 証拠を突きつけられて優子は愕然とする。

 

「あのー、遠慮容赦なく0が6桁も書いてあるんですが」

「使い込みもここまでくればひどいものですよ。飽きれて言葉もないですね」

「これは父さんも怒るな。絶対に怒る」

「ち、違うのよ。ちょうど新商品で欲しいと思っていたものが重なって、つい色々と買っちゃっただけ。お金もコツコツと貯めてたもので」

「それを世間では衝動買いと言うんです」

「はぐっ」


 証拠を突きつけられて返す言葉もない。


「よくもこんなに買えたものですね。こんな物に大金を使うなんて呆れてしまいます」

 

 大和家はそれなりにお金持ちの部類に入る家ではある。

 だが、世間的に派手な生活をするのを良しとしない考えの父が許さない。

 

「内緒ではなく父さんの許可が下りれば、母さんも好きな服やバッグは買えるのに」

「……その、買ってもらうのと買いたいのは別っていうか」

「どんなに頼んでも、この金額は買ってもらえませんよ。無駄使いです」

「無駄使いって言い方はひどいわ。どれもお買い得だったよ」

「無駄なものは無駄です」


 前回、母は無断でかなりの散財したせいで父の怒り爆発と言う流れである。

 静まり返るリビングに、撫子がひとりだけ勝ち誇った表情でいた。

 

「そ、それが貴方の知っていること?」

「それが? 他の事だと思ってたようですね。まだ何か隠してることがありそうですね? 何でしょう、気になりますねぇ」

「い、いえ、それも十分に私にとってまずいことなのだけども」

 

 窮地に追い込まれて顔色を変える母親を追い詰める撫子。

 請求書を片手に、にこやかな微笑みを浮かべながら、

 

「これをお父様に報告します」

「え? ま、待って。そんなことされたら、私が怒られるからっ」

「怒られたらいいんですよ。どうせ、私の怒り程度などお母様には何ともないでしょう。ですが、愛している人に嫌われるのは別でしょう」

「――!」

「私がお兄様に罵詈雑言をぶつけられたら泣いてしまうように、お母様の弱点もまたお父様と言うことです。さぁ、どうします?」

 

――俺は撫子に暴言なんて吐きませんけどね。


 こっそり否定しておく。

 顔を青ざめさせる優子は成すすべのない追い込まれた状況に、

 

「待って、撫子。いえ、待ってください」

「嫌ですね。私とお兄様の愛を否定するお母様は“敵”です」

「私は敵じゃないわ」

「いいえ、敵です。なので、遠慮容赦はしません」

 

 ふっと鼻で笑うと、冷たく母を突き放す。

 撫子を怒らせらせていけない。

 敵と認識した相手には容赦なさすぎる。

 

「やめて、ホントに怒られるから。怒られるの嫌なの。お願いだから待ってよ。ねぇ、話しあいましょう? 家族なんだから」

「もう必要ありません。そのための時間は終わりました」

「か、考え直しましょう?」

「お母様は私を怒らせました。私だってお母様は大事な家族。ですが、全面戦争という道を選んだのですから仕方ありません」

「親子だもの。仲良くするべきでしょう」

「私達が歩みべき道は別れてしまった、それだけのことです」

「……撫子さん、容赦なさ過ぎてお兄ちゃんはドン引きですよ」


 優子もこの事が父にバレるのは相当に怖いようで、

 

「そ、そうだ、撫子。お小遣いをアップしてあげるわ。欲しいものはない?」

「……この私をみくびらないでください。お金で釣る程度など無意味です」

「お金ではないのなら何がいいの?」

「私が望むのはただ一つ。お兄様との愛を認めて邪魔をしないことです」

 

 撫子の提案に優子は素で「それは無理」とあっさり否定。

 どんな状況でもそれだけは認めたくない、意地がある。

 

「やれやれ、交渉決裂ですね」

「待ってよ!?」

「残念ですが、私も鬼ではありません。お母様、時間をあげましょう。今から1時間だけ、お父様に報告するのを待ってあげます」

「え? それって許してくれるってこと?」

「許しはしません。怒られる時の言い訳くらい考えてください。私は慈悲深いですから、絶望までのカウントダウンくらいさせてあげます」

「あ、あわわ」

「思う存分、苦しんでください♪」

 

――全然、慈悲深くないから。むしろ絶望させて楽しんでる顔です。

 

 大和撫子の黒い顔に猛は引き気味だった。


「――い、いや~っ!?」

 

 優子の悲痛な叫びがリビングに響く。

 絶望の淵へと立たされてしまった母に同情する猛であった。


――やることがえげつないっす。


 まさに撫子クオリティー。

 笑って人を絶望の谷底へ突き落す行為を平気でできる子だ。

 そんな最悪の状況の中で、


「ただいまぁ……あれ?」

 

 何も知らずに雅が家に帰ってきてしまった。


「……何なの、この微妙な空気は?」


 悲痛な表情で絶望する優子。

 勝ち誇った顔で見下す撫子。

 両者の姿を交互に見て、彼女は瞬時に把握する。


「お、お姉ちゃん、外でご飯を食べてくるので……」


 すぐさま引き返そうとする彼女を食い止める。


「逃がさんぞ、姉ちゃん。この危機によく来てくれた」

「や、やだぁ。なんか修羅場っぽいじゃん」

「だからこそ、姉の力が必要です。俺には止められん」

「変なところで頼りにしないで。巻き込まないで」


 関わりたくないと嫌そうな顔をする。

 緩衝材として頼りになるのは雅しかいない。


「家族の大ピンチを救ってくれ」

「救世主になれるほどの力はお姉ちゃんにはないっ」

「そこをなんとか」

「む、無理だよぉ。返してぇ。私を修羅場に引き込まないでぇ」


 必死に逃げ出そうとする雅を引き留める猛である。

 巻き添えになった彼女は本当に可哀想だった。

 

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