第41話:ありがとう、先輩


 

 夏の暑い日差し、窓から入るのは生ぬるい風。

 教室の中が蒸せるため、授業は暑さで集中できない。

 

――そろそろ、クーラーを教室でもいれてもらいたいものだ。


 じんわりと額ににじむ汗をぬぐう。

 ようやく授業終了間近。

 

「これで授業を終わります。宿題は100ページの問題を……」

 

 数学教師がそう答えるのと同時にチャイムが鳴った。

 3時間目のわずかな休憩時間。

 

「暑いな。今年の夏は猛暑らしいから大変そうだ」

 

 猛は喉をうるおすために、中庭の自販機でジュースを購入して飲む。

 

「ふぅ、生き返る。この時期は水分補給しないと死ねる」


 スポーツ飲料のペットボトルを片手に太陽を見上げる。

 

「……ジメジメした湿気がないだけマシか」


 梅雨の中休み、本格的に雨が降る季節になるとさらに辛い。

 ここで湿気までプラスされるともうダメだ。


「この暑さだと5時間目の体育は辛いな。早くプールになってくれ」

 

 照りつける太陽の光。

 梅雨明け前のじんわりと来る暑さ。

 嫌でも、夏の季節の訪れを感じさせられる。

 

「おや、あれは……?」

 

 視界に入ってきたのは一人の女の子だった。


「……」


 体操服姿な所から体育の時間でもあったんだろう。

 一年生くらいだろうか。

 ツインテールの可愛らしい少女。


「どうにも様子が変だな?」


 廊下をフラフラと歩く、その足元がおぼつかない。

 

「あの子、大丈夫か?」

 

 心配になっていた矢先のことだった。

 彼女は「あっ」と廊下の壁にもたれかけるようにへたり込んでしまった。

 異変を察して、彼はすぐさまその女の子の方へと近づく。

 

「キミ、大丈夫か?」

「う、うん……」

「自力で立てる?」

 

 彼女は首をそっと横に振る。

 一目見て分かるほどに顔色も悪い。


――すごい汗だな。これは、もしや。


 体調不良だけでなく熱もありそうだ。

  

「……保健室に行きたくて」

「分かった。付き合うよ。俺の肩につかまって」

 

 幸いにも保健室は近いので、彼女を支えながら歩きはじめる。

 

「……っ……」

 

 辛そうな表情をしている。

 

――見た感じからすれば熱中症と言う感じだな?

 

 こういう時はまず水分補給に限る。


「……これ、飲む? 飲みかけで悪いけども」

 

 ペットボトルを差し出すと、少しだけ躊躇しながらも「ありがと」と受け取る。


「この状況はまず水分を取る方が良いと思う」

「……んっ」


 ゆっくりとペットボトルに口をつけて彼女は水分補給した。

 フラついた女の子を支えながら廊下をゆっくりと歩く。

 途中で彼女は何度も倒れそうになるのを、そのたびに受け止める。

 

――やはり熱中症か。このままじゃ体力を失うだけか。


 猛は彼女の顔をハンカチでぬぐってやる。

 顔色は辛そうなまま、もう自力で歩くも大変そうだ。

 

「このままだと辛いだろ。背負おうか?」

「え?」

「恥ずかしいけど、キミの身体の方が心配だ」

 

 体力の消耗を考えたら、彼が背負ってあげた方がいい。

 この時間帯なら生徒の数も少なく、目撃されることもほとんどないだろう。

 

「……うん。ありがとう」

 

 彼女も相当に辛かったようだ。

 素直に頷くと猛の背中に身体を預けてくれる。


「変なところを触ったらごめん。その時は叫んでくれていい」

「善意の人に痴漢扱いするほど恩知らずじゃないよ。それに」

「それに?」

「男の子にこうされるのって、女の子としては憧れだったりするじゃない」


 どこか照れ気味にそう囁く。


――変態扱いされたら


 そっと、彼女を背中にのせて廊下を歩きだす。

 女の子は小柄なので、大した重さもない。


――女の子って軽いよなぁ。


 やがて、落ち着いたのか背負われた彼女は事情を話しだした。

 

「体育の時間が終わったあとに急に気分が悪くなって」

「保健室に行こうとしてたんだ?」

「うん。そう思ってたんだけどね。途中で力尽きちゃった」

「誰か友達にでもついてきてもらえばよかったのに」

「友達も言ってくれたけども、最初はそんなにひどくなかったから断ったの」


 だが、その判断が甘かった。


「でも、急に体調が悪化しちゃって」

「自力で立てなくなるほどに体調が崩れた、というわけか」

「こんな風になるなんて想像もしてなかった」


 熱中症は甘く見てはいけない。

 時には命に関わることもあるのだ。


「そこに貴方がやってきて、すごく助かった」

「それは何より」

「先輩だよね?」

「そうだよ。二年生だ」


 軽く雑談して気を紛らせる。


「もうすぐだ。ここの角を曲がれば保健室だから」


 彼女を背負いながら廊下を歩くこと数分。

 保健室に無事に到着して、扉を開ける。


「失礼します。先生はいますか?」

「あら、大和君じゃない。久しぶり。どうかしたの?」

「どうもっす。ちょっと見て欲しい子がいまして」

 

 猛は保健の先生に事情を説明する。

 去年の後期は保健委員だった事もあり、先生とも顔見知りだった。

 

「この子、体調が悪いようでここまで連れてきました」

「……分かったわ。大和君、彼女をベッドの方まで運んでくれる?」

「はい。……キミ、もう少しだからね」

 

 ようやく彼女をベッドに寝かせると、先生は苦しそうな彼女を診察する。

 水分補給をさせたのは正解らしい。

 どうやら脱水症状を起こしかけていたようだ。


「なるほどね。大丈夫よ。軽度の熱中症みたい。少し休んでいれば楽になるはず」

「そうですか」

「彼女をここまで連れてきてくれてありがとう」


 ベッドに横になる少女は猛の手をとると、


「ありがとう、先輩」

「どういたしまして。ゆっくり休んでくれ」

「彼女の教室には連絡しておくから。大和君も自分の教室に戻りなさい」

「はい。では、失礼します」

 

 ベッドで休む彼女は、もう一度「ありがと」と小さな声でお礼を言って、瞳を瞑る。


「早く良くなるといいな」


 彼女の回復を祈る。

 保健室を出た時にちょうどチャイムが鳴った。


「まずい、チャイムが……急がねば」


 慌てて猛は走って教室へと戻るのだった。

 

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