第2部:咲き乱れるのは恋の花

第40話:あの人には底知れぬ何かを感じます



 季節は少しだけ流れて。

 まもなく梅雨を終え初夏を迎えつつある、6月下旬。

 席代えで、偶然にも猛の隣の席になったのは、

 

「くすっ。こうして、貴方の隣に座るのは何回目かしら?」

 

 素敵な笑顔を浮かべる淡雪だった。

 

「俺の記憶が正しければ5回目かな」

 

 高校入学以来、ずっと同じクラスだけに、隣り合う事もある。

 だけども、これだけ同じになるのは珍しい。

 

「偶然に感謝ね。猛クンの隣だと何かと助けてもらえるもの」

「こちらこそ。そういえば、結衣ちゃんを見かけたよ」

「結衣を?」

「最近、よく繁華街で会うんだ」

 

 淡雪の妹、結衣とは繁華街でよく会うことがある。

 明るい子だから話していても楽しい。

 撫子と遊びに行ってるとよく会うのだが、そのたびに『中学生相手で楽しそうに。ロリ疑惑ですか?』と疑惑の目を向けられてしまうのが困ったものだ。

 この話をすると彼女は表情を曇らせて、呆れ気味に、

 

「はぁ。あの子ねぇ。いつも習い事をサボってばかりなのよ。先生との相性が悪いとか、自分には合わないとか、そんな言い訳ばかりして困っているの」

「習い事に興味がないのか?」

「でしょうね。お祖母様も厳しい人なんだけど、そのお説教を受けても改善しないのはある意味、すごいわ。私にはできない」

 

 苦笑しながら肩をすくめる。


――結衣ちゃんは我が道を行くって感じのタイプだからなぁ。


 誰も彼女を止められない。

 

「結衣ちゃんが繁華街によくいるのにも理由があるの?」

「あの子、ダンスをしているらしいわ。パフォーマンス系のストリートダンスって言うのかしら。ああいう賑やかなのが好きみたい」

「へぇ。そうか、ちゃんと趣味はあるんだ」

 

 とはいえ、その点に関しては姉としては見過ごせないようで。

 

「……あの子を須藤家のしきたりに縛るのはかなり難しいわ」

「はは、それは頭を悩ます問題だな」

「本当よ。両親もあまり結衣には厳しくないから。もちろん、あの子のやりたいことをするのは悪い事じゃない。やりたいことをしたいのなら、やりたくないこともしてくれないと困るのよ。あの子も須藤家の人間なんだから」

 

 旧家のお嬢様も悩みがあるらしい。

 そして、やはり彼女は優しい子なのだろう。

 妹思いのお姉ちゃん。

 彼女なりに妹に困らせられながらも心配してるのが分かる。

 

「お姉ちゃんも苦労してるわけだ」

「ホントにね。撫子さんみたいにお兄ちゃんを困らせない素直な良い妹ならいいのに」

「……そうでもないさ」

 

 小さな声でそう呟いた猛の反応に意外な顔をする。

 

「お兄ちゃん大好きな妹なのに?」

「それゆえに、と言うべきか。撫子にだって困らせられることはある」

 

 撫子は純粋ではあるけども、その純粋さは時に暴走もするのだ。


――むやみに敵を作る悪癖だけは直してもらいたいものだ。


 彼女には彼女の欠点がある。

 完璧美少女とはいかないもの。

 

「今は落ち着いてるけど、中学の頃の撫子は敵も多かった」

「へぇ、それはかなり意外かも?」

「……自分で言うのもなんだけど、俺に好意を抱く相手は皆、敵視するからさ。必然的に衝突も多かったというか。あの子は大人しそうに見えるけど、気の強さもある」

「猛クンって女の子相手だと誰でも優しいから勘違いさせやすいのよねぇ」

「うぐっ」

「女心を弄ぶところがあるもの。大好きなお兄ちゃんがモテるのも困りものね?」

「ぐ、ぐぬぬ」

 

 グサッと地味に突き刺してくる彼女に「そういう意味ではなくて」と焦る。

 

「全然、弄んでませんよ?」

「そういうことにしておいてあげるわ」

「……お願いします。で、俺の事はおいといて。撫子は平気で他人を傷つけたりもするんだよ。俺絡みだと相手に容赦がないから、人間関係がこじれることもある」

 

 中学時代になるとそれがピークで、問題になったこともあった。

 

「好きって気持ちは自分じゃどうしようもない。暴走してしまう時もある」

「感情が制御できない?」

「恋は盲目。常に自分の行動が全て正しいって思ってしまったり。それゆえに他人を傷つけてしまうこともあるのかもしれない。撫子さんは一途だもの」

「とにかく、撫子の場合は平気で敵を作るのでそこがずっと悩みでもあるんだ」

「撫子さんは不安なんでしょうね」

 

 彼女は苦笑気味にそう彼に囁く。

 

「不安?」

「大好きな相手がモテるから、気が気でない。女心も少しは理解できるわ」

「一応言っておくけど、シスコンじゃないよ」

 

 さり気に兄妹で恋愛関係を匂わすのが問題発言だと気づく。

 

「くすっ」

「また言ってるよ的な表情で何も言ってくれない方が悲しい」

 

 何も言ってくれなくなった方が傷つくやい。

 人間、言われなくなったら終わりですよ。

 

「……お互いにお兄ちゃん、お姉ちゃんしてるってことね」

「そうだね」

「私もお兄ちゃんみたいに甘えられる存在には憧れるわ」

 

――そういえば、前にできれば兄が欲しかったって言ってたっけ。

 

 彼女にも必要なのかもしれない。

 自分を受け止めてくれる存在。

 甘えさせてくれる誰かの温もりが……。


「淡雪さんはしっかりしているけども、意外と甘えたがりなタイプだって、知ってるよ。自惚れでなければ、俺は淡雪さんに甘えられている」

「ふふっ。素直に甘えさせてくれるからね。猛クンは優しいから好きよ」

 

 こんな風に可愛く微笑まれて、にやけそうにならない男はいないだろう。

 見た目ほどには淡雪は強くない。

 皆に人気のお嬢様という壁を作ってるが、そんなことはないのだ。

 同い年の女の子に変わりはないのだから。

 そういう意味では皆の知らない彼女の素顔を猛は知っている。

 

「……あのふたりって本当に仲がいいよね」

「元恋人同士って言うけど、今も付き合ってるようにしか見えないわ」

「ちくしょー。リア充な大和が憎い……モテ期よ、僕達にも来てくれ」

 

 周囲から見れば、彼らは本当に仲良く見えるのだろう。

 

「でも、あの二人がくっついてる方がいいよね」

「え? どうして?」

「妹にデレデレしてる大和君は見たくない」

「気持ち悪くない? 兄妹でラブラブなんて」

「確かに。不健全な印象を抱かせるくらいなら、くっついてくれた方がマシかも」

 

 少しずつ起き始めている世間の変化。

 それを猛たちはまだ気づいていなかった。

 


 

 

「兄さん。聞きましたよ」

 

 家に帰るや、撫子が猛に詰め寄る。

 

「何を?」

「兄さんの隣の席にあの須藤先輩が座ってるそうじゃないですか!」

「あー。情報早いね? 誰から漏れたのか知らないけどさ」


 淡々と言う彼と違い、撫子は頬を膨らませながら、

 

「浮気はダメですよ。二度目もありませんからね? 分かってますか、兄さん」

「心配ないって。何もしませんよ。俺と淡雪さんはただの友達なんだからさ」

 

 撫子が何か事件を起こすようなことはもうあってほしくない。

 

「須藤先輩だけはダメなんです」

「なんで?」

「あの人は兄さんの命を狙ってます」

「狙ってないから。変な妄想はやめなさい」


 また、撫子の思い込みが始まった。

 猛は呆れ気味に彼女をなだめる。


「今回はホントなんですよ。あの人には底知れぬ何かを感じます」

「ずっとそればかりだな?」

「兄さんは知らないからですよ。彼女の本当の正体を……」

「普通に美人な女の子なだけじゃん?」

「くっ、その幻想をぶち壊してさしあげたい」

「ホントに壊すのはやめてね?」


 撫子は真剣な口調で「あの人には気を付けてください」と忠告する。

 どうやら彼女の中で淡雪は要注意人物になっているようだ。


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