第23話:世界で一番誰が好き?
高校1年の7月の下旬、もうすぐ夏休みを迎えようとしている。
夏を迎える頃には猛と彼女の恋人ごっこも慣れていた。
何度かデートを繰り返し、恋人のよう真似ごとをする。
その行為を純粋に楽しんでいるだけの関係は本当の恋人とどう違うのか。
お互いに恋愛感情があるかどうかの違いだろう。
猛は妹が好きで、淡雪は恋を自由にできない立場で。
お互いに恋人に興味はあってもできないでいる、似た者同士。
この関係に愛情が絡んでいるのかと言われたら、微妙なものだ。
猛達はあくまでも、ごっこ遊びをしているだけにすぎなかった。
そんな中で、夏を前にある噂が流れ始めていた。
「私、この前の休みに大和君の浮気シーンを目撃したんだけど?」
「え? マジで? 誰と? 同じ学校の子?」
「ものすごい美少女と、恋人繋ぎしてたよ。ねぇ、アンタも見たでしょ?」
「仲良くショッピングしてたよ。ラブラブ過ぎてびっくりした。あっちが本命?」
「ホントに浮気なの? 最低ー、大和君ってそんなひどいことするんだ?」
「須藤さん、可哀想。一途な愛だと思ってたのに」
以上、彼に対して疑惑の白い目を向けるクラスメイト女子達の噂話でした。
「……こ、こっち向かないで」
気まずすぎて猛はその視線に耐えきれない。
――浮気と違います……相手は妹、大和撫子です。
また撫子とのデートを他の子に見られてた。
受験勉強で忙しい妹も、時には気分転換にとデートをすることもある。
それが、このような誤解を招くことに。
妹なのに、仲が良すぎるからシスコン疑惑を持たれたくもない。
「どうなの? 大和君、キミも男の子だってことなのかしら?」
「大和さん。浮気はダメだよ、浮気だけは絶対ダメ!」
「い、いや、それは……」
「二股かけてるなら私達も幻滅だよ。大和さんはそういう事しないよね?」
「だから、あの、その件に関しては誤解があるようで……」
女子たちに疑惑の目を向けられてしどろもどろに答える。
とりあえず、噂を全面否定しようとしていたのだが、
「――へぇ、猛クン。他にも仲がいい女の子がいるんだ?」
クラス全員が思わず「あっ」と声に出してしまう。
ちょうどクラスにやってきた淡雪が聞いてしまったのだ。
表情は笑顔のままだが、笑ってるように見えない。
「猛クン、詳しい話を聞かせてくれるかしら?」
「は、はひ」
有無を言わさない、そんな雰囲気を感じる。
その場の誰もが彼女のいつもの微笑みが怖いと思った瞬間だった。
初夏の涼しい風が吹く。
屋上に連れ出されて強張る猛に淡雪は「冗談よ」とに告げる。
「噂の相手は貴方の妹、撫子さんでしょう? 私も目撃したことがあるもの」
「……その通りです」
「でも、恋人つなぎなんて愛し合ってる子たちみたい。もしかして、猛クンって撫子さんのことが好きだったりするの?」
その言葉に猛は「そんなことはないよ」と嘘をついて誤魔化した。
さすがにそれを他人の前で認めるつもりはない。
「本当に? でも、撫子さんの方はどうかしらね?」
それ以上の追及に猛は何も言えなかった。
下手な嘘をついても、見透かされそうだったから。
「さて、猛クンに意地悪するのはこれくらいしておいて」
「意地悪してたんだ」
――ですよね、やっぱり、意地悪でしたよね。
単純に猛の反応を楽しんでいたようだ。
「……女としては妬けるわよ。意地悪くらいしてもいいじゃない」
彼女はふくれっ面をしてみせる。
その横顔がちょっと可愛らしい。
「だって、恋人ごっこの彼氏役は私以外に本命がいるんだもの」
「……もうその辺で勘弁してください」
げんなりするとようやく許してくれたようで、
「話を変えましょう。猛クンは世界で一番誰が好き?」
「世界で一番?」
「そう。やっぱり、可愛い妹さんだったりする?」
「世界で一番、好きかどうかは言えないけども撫子は大切な妹だよ。あくまでも妹だから。あと、話変わってない気がする。俺をまだいじめますか」
猛は昔から撫子を大切にしている。
よそ様の兄妹とはかけ離れている兄妹関係だと言う自覚もある。
シスコンと呼ばれても仕方ないが堂々と認めたくもない。
「意地悪はお終いよ。純粋な興味なの。撫子さんって、受験生だったかしら?」
「そうだよ。うちの高校くらい普通に受かると思うけどさ。中学だろうと高校だろうと、受験生は大変だよな」
「同じ高校に進学するんだ? もしも受かったら、キミのシスコンっぷりが学校にばれてしまうんじゃない?」
「シスコンっぷりって」
「あーあ。猛クン、女子から人気だから失望されそう」
彼女は悪戯っぽく笑いながら彼に言う。
「できれば、それまで黙っていてくれたら嬉しい」
不安になる事を言われて焦る。
浮気相手と噂される相手が実は妹でした。
なんていうのはある意味でダメージが大きすぎる。
「つまり、私の発言ひとつで猛クンの女子人気を失墜させられるわけね?」
「冗談でもやめてくれ。想像もしたくない」
「ふふっ。キミにはお世話になってる身だから大人しく黙っておくわ。でも、はっきりとシスコンだと認めればいいのに」
「認めませんよ」
「私の目から見れば、猛クンは十分にシスコンよ」
その言葉が胸に突き刺さる。
――やはり、友人からシスコン扱いされるのは辛い。
軽く落ち込みながらも猛は話を戻す。
「そう言う淡雪さんは誰が一番好きなんだ?」
「私はお母さんが世界で一番好きよ」
「へぇ? そこまで仲が良いんだ?」
意外と言えば失礼かもしれないが、思わぬ答えだった。
女の子には母親と姉妹のように仲が良い子もいる。
――はっきりとお母さんが好きだと言える淡雪さんは素敵な人だ。
自分はそこまで、はっきりと言えない人間だ。
「私の母は普段、家庭の事情で中々会えないの」
「そうなのか?」
「加えて、忙しい人だから月に1回くらいしか会えていないわ。でも、小さな頃から私を可愛がってくれる、いいお母さんよ」
「離れて暮らしてるのか?」
「……えぇ。本当は一緒に暮らしたいのに。もっと近くにいたいわ」
本当にお母さんが大好きなんだろう。
どんな人なのか興味もわいてくる。
「お母さんも淡雪さんに似て美人だったり?」
「あら? それは素直に私が美人だと褒めてもらってると思ってもいい?」
「もちろん。淡雪さんが美人な女の子だと以前から思ってるよ」
照れくさくても、女性を褒める時は真っすぐに相手の目を見て褒めるものだ。
だが、それは相手が妹だから耐えられた事であって、友人相手には通用できず。
猛は込み上げてきた恥ずかしさに負けて、夏の空を見上げてしまう。
夏の気配を感じる良い青空だった。
「お母さんか。そこまで、淡雪さんにとって特別な人なんだ?」
「うん。私にとって、一番大事な人だから。この間、会った時も、誕生日プレゼントをあげたら喜んでくれて嬉しかったわ」
「……誕生日か。俺は親にプレゼントなんてあげたことないからさ」
「男の子はそうかもね。でも、たまにはあげてみたらどう?」
思い出せば猛の母も、もうすぐ誕生日だ。
撫子が何かあげるとか言ってたのを思い出す。
「俺の母親も、もうすぐ誕生日なんだ」
「それじゃプレゼントしてあげたらどう?」
「けど、改まってプレゼントなんて言うのも恥ずかしいな」
男の子は親に対して気恥ずかしくてあまりしないものだ。
そんな彼を後押しするように、彼女は微笑みながら、
「ふふっ。たまにしてあげるのもいいじゃない。些細なものでもいいのよ」
「そういうもの?」
「うん。親を喜ばせるのも子供の仕事だと私は思うわ」
両親とは離れて暮らしている。
たまに会う程度の関係でも大事と思う気持ちはもちろんある。
感謝の気持ちを込めて、親に誕生日プレゼントを贈ってみるのもいいだろう。
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