第22話:……名前縛りか



 GWの真っ最中。

 二人は初めてのデートをしていた。

 撫子以外の女の子と二人っきりでデートをするのは初めての経験だった。

 

――自分の妹とデートするのかよ、と言う突っ込みはしないでくれ。


 他に女の子とデートする経験も機会もなかったのだから仕方ない。

 淡雪とのんびりと繁華街を見て回る。

 特に何をするでもなく、お店を回ってみるだけども楽しいものだ。

 

「貴方はとても不思議な魅力を持ってるわね」

「え?」

「傍にいる人を安心させる。安心感を与える人って素敵だと思う」

 

 撫子にも似たようなことを言われたことがある。


『兄さんには他人を幸せにする才能があるのだと思います』

『それって才能なのか?』

『私だけでなく、傍にいる人ならきっと兄さんの魅力に気づきます。傍にいて安心できる、それが兄さんの魅力ですよ』

 

 安心感を与えるということ。

 それを自然にできる猛だからこそ、女子は気に入るのだろう。

 

「そういう風に心がけているのならともかく、俺には自覚がないからさ」

「それが貴方の自然体だからこそ、ね」

「これが魅力ねぇ?」

「自分の魅力って他人に言われなくちゃ気づけないものでしょ」

 

 それはきっと猛が彼女に感じているのと同じものかもしれない。

 

「淡雪さんの笑う顔は好きだな。キミの笑顔は人を惹きつけるよ」

「……ありがと」

 

 照れくさそうに笑う彼女。

 どこか休憩でもしようと提案すると、意外にもファーストフード店を彼女は指名した。

 

「ここでいいの?」

「前から入ってみたかったのよ。自分ひとりでは入りづらくて」

「お嬢様と言えばそうなのかもしれないけど、こういう店に入る経験がなかった?」

「まぁね。友達との付き合いでも、変に気を使われたりして」


 注文してから席に座り、猛達は食事をする。

 彼女はハンバーガーを口にして、


「……こういう味なのね」


 少し苦笑いに食べる。

 

――さすがお嬢様の口にはあまり合わなかったらしい。


 それでも、初めての体験に楽しそうな顔をして見せる。

 

「私と違って、妹はこういう店にも友達とよく来ているらしいわ」

「前から気になってたんだけど、妹さんはどういう子なんだ?」

「生意気盛りと言うか、自由な子よ。でも、少し羨ましくもある。私はあの子のように自由にはなれないもの」

 

 彼女は口直しに猛と半分こにしたアップルパイを口にする。

 そちらは気にいった様子だ。

 須藤家の話は噂話程度に耳にはする。

 

「淡雪さんの家は確か代々、女尊男卑の影響が強い家柄だっけ?」

「旧家の独特の風習と言うのかしら。須藤家は古くから女性が強い力を持つ家柄なの」

「……今の時代も似たようなものだけどな」


 女の子が強い時代になりました。

 

「男尊女卑もどうかと思うけども、女尊男卑も極端なものよ。悪い風習よね」

「親戚を巻き込んでの感じ?」

「えぇ、お父さんが可哀想。本来なら、家を継ぐのは彼のはずなのに、すでに次期当主が娘の私に決定してるもの。須藤家は男に対して冷遇しすぎるところがある」

 

 須藤一族はかなりの資産家だ。

 会社経営もしているし、歴史もかなり長い。

 それゆえに、いろんな問題もある。

 

「私の家に男の子が生まれてたら、その子はきっと可哀想な道を歩んでいたでしょうね。親戚で男の子がいるけど、扱いはよくないもの」

「マジかぁ。キツイな」

「本家だったらもっとひどい事になっていたと思うのは容易に想像できるわ」

「……旧家ってのは大変っていう一言じゃ済みそうにないな」

「古い家となると昔から続く変な特別ルールみたいなものがあって、簡単には変えられない。私はそう言うのが嫌いよ」

 

 時代は変わっても、時代の流れだけで変われないものもある。

 それを変えていくのも難しい。

 

「お祖母様も古いしきたりばかり気にする方だし、厳しい人だから余計にね」

「淡雪さんも気苦労してるんだな?」

「でも、私はそんな須藤家が好きでもあるの。あの家が好きだから守っていきたい気持ちは分かるし、私もそうして行くつもりだけども大変よ」

「家族思いなんだな」

「しきたりだけは、どこかで変えていきたいと思うけど難しいでしょうね」

 

 どことなく、顔を俯かせて彼女は言う。

 お金持ちの家でも、楽な暮らしができるわけでもないようだ。

 お嬢様はお嬢様で苦労が多いのだと彼は知る。

 

「話は変わるけども、猛クンってどうして、猛って言う名前なの?」

「俺の名前?」

「そう。理由とかあるのかしら?」

 

 人の名前の由来、それは親が名前に込めた意味が大きい。

 というのだが、それは今の時代にはあってないものだと思う。

 適当に可愛いだけの言葉に当て字をしただけの子も多い。

 名前の由来なんて名前の響きが可愛いだけの子も多いだろう。

 

「……多分、単純な理由だよ。大和って名字が先にあり気だ。うちの妹、大和撫子って直球すぎるネタな感じじゃないか」

「つまり、ヤマトタケル?」

「そうそう。ヤマトタケルってまんまだよ。大和の名字ならこれしかないってのが両親の名付けの理由らしい」

「猛々しい子に育ちますように、とか? 喧嘩上等、みたいな」

「俺はそんな子に育ちたくないな」

 

 ヤンキーみたいにはなりたくない。

 猛の名前にそんな願いが込められてたら嫌過ぎる。

 

「淡雪さんみたいに、生まれた時に春の雪が降っていたからなんて素敵な理由ではないのだけは確かだな。俺の名前にも、もっと込められた意味があったらよかったのに、とかは思ったりするよ」

「十分、込められてると思うわ。……猛クンは自分の名前が嫌なの? 」

「嫌とは言わないけど、どこに行ってもヤマトタケルって名前に突っ込まれる。これは一生ついてまわるものだからさ」

「猛クン。素敵な名前だと私は思うわ」

「ありがとう」

「ヤマトタケル、カッコいいじゃない。ラスボスも倒せそう」

「強くもなく、普通のお兄さんですが」

 

 撫子のように名が体を表すようならまだいい。

 名前のように、猛はそこまで強い子にはなっていない。

 彼女はしばらく彼の顔を見て黙り込んでしまう。

 

「大和、猛か。猛クンの名前って他の名字だと普通なのにね」

「大和撫子、大和猛。どちらも、大和の名字じゃなければ普通の子だよ」

「……でも、それはそれで、貴方は大和家の子供だっていう証になるとは思わない?」

 

 淡雪の言葉通りだった。


――大和家の子である証拠か。


 大和の名字ありきで名前がつけられていれば、猛と撫子が本当の兄妹じゃない可能性の方が圧倒的に高いだろう。

 なのに、そこにわずかでも可能性があれば、と思ってしまう自分がいる。

 

――そうすれば、堂々と撫子を愛せるのに。


 そんなことを考えるなんて親には申し訳なさすぎるんだけど。

 

「……名前縛りか」

「猛クン?」

「何でもない。それより、このアップルパイは気に入った?」

「悪くはないかな。この値段でこの味ならば、私は良いと思う。その、ハンバーガーの方は私の口には合わなかったけど。これは好みの問題ね」

 

 残念ながらファーストフード店ではご満足はしてもらえなかったようだ。

 猛は「次はいいお店を探してみるよ」と答える。

 

「……でも、一度は入ってみたかったからいい経験になったわ」

「それは何より」

「付き合ってくれてありがとう。こんな我が儘に付き合ってくれる人がいて嬉しい」

「恋人ごっこの相手ですから」

 

 彼女は「優しい彼氏役ね」と微笑んでくれる。


「次はどこに行こうかな」

「駅前に大きな本屋さんができたでしょう。あちらに行ってみたいわ」

「淡雪さんはどういう本が好き?」

「少女漫画とか。ああいう本は私でも読むもの」

「へぇ、そうなんだ?」

「猛クンは……どういう性癖をしてるのかしら」

「そこでそう切り返されるとは思わなかった」


 お互いに笑いあいながら、店を出ることにする。


――俺たち、いい感じに楽しんでるなぁ。


 もっと彼女の事を知りたい、いつしかそう思うようになっていた。

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