第16話:彼女とは遊び半分の関係だった?


 撫子と雅が一緒にお風呂に入ってる最中。

 猛は自分にできることを考えていた。


「まずは、教室で何の話がされてたのかを知るべきだな」


 情報を集めようと、現場にいた優雨に話を聞きたくて修斗経由で連絡を取る。

 すぐさま携帯電話にかけると、


「修斗か? 俺だけど、今いいか?」


 すると彼らは今、外で遊んでいるらしく騒がしい音が聞こえる。

 

『大和か。外の音がうるさくてすまんな。カラオケで遊んでいてさ』

「そうなのか。邪魔して悪いな」

『いいよ。それで、どーした? 何か用事か?』

「俺がいなかった時、撫子がクラスで何を話していたかを知りたくて」

『……ちょうど、俺もいなかったから知らないな』

「優雨ちゃんなら何か知ってるかもって連絡したんだよ」

 

 なるほど、と修斗は納得したようで、


『優雨の事なら本人から聞けばいい。電話を代わるよ。おい、優雨?』

『ちょっと待ってて。今、お仕置きタイム中だから』

『きゃっ。な、なにをするの、優雨!?』


 聞きなれた声に「今のは美織さん?」と尋ね返す。


『……そう、美織さん。3人で遊んでるんだが、いろいろとありまして』

『覚悟しなさい。美織、今日という今日はお仕置きします』

『ひっ!? いーやー、私の胸を揉まないでぇ。あんっ』


 電話越しに襲われてるような甘美な声が聞こえた。

 唖然とする猛は「えっと」と声をつまらせながら、


「ホテルか何かでプレイ中ですか?」

『違うっての。優雨が美織さんにお仕置きタイム中。なんか、いらないことを撫子ちゃんに告げ口した調本人らしいぞ。ドキドキわくわくな展開だ』

「美織さんが? 今、何をされてるのやら」

『おー、エロい光景が目の前に広がってるぞ。実況してやろうか?』

「気になるけどいいや」


 想像だけしかできないのは寂しい。

 修斗はにやにやしてるのが丸わかりな声で、


『いいねぇ。これを見せられないのが残念だ』

「……今すぐその現場に行きたい気分だよ」

『エロくてやばい。お兄さん、興奮しちゃうぜ』

「やめなさい。優雨ちゃんと美織さんのふたりって険悪モード?」

『いやいや、仲はとてもいい。喧嘩するほど何とやらってな』


 どこか似た者同士である優雨と美織はよく遊んでたりする。

 仲が悪いように見えて、仲は良いという面倒くさい関係なのである。

 ひとしきりお仕置きをしていた優雨が電話を代わる。


『あー、猛君。ごめんねぇ。ちょっと立て込んでいて』

「何をしてたのか聞いてもよろしい?」

『……ムカつく女子の胸に氷を入れて遊んでたの。今も絶賛悶絶中よ。ふふふ』

「やめてあげて。そして、想像させないで」


 ひどい目に合わされて「やだやだっ」と甘く悶える。

 声だけでも十分に反応しそうになる。


『さぁ、美織。氷を取りたかったら服を脱げばいいじゃない』

『この鬼畜っ……んぁっ……』

『氷が暴れてくすぐったいでしょう? ほら、服を脱いでごらん』

『修斗クンもいるのに脱げるかぁ! んっ。いやぁ、冷たいっ』

『だって、美織ってば全然懲りないんだもの』


 服の中に氷を入れられてしまったらしい。

 あの冷たさは確かに耐えづらいものがある。

 お仕置きプレイを楽しむような口調の優雨は、


『あぁ、ごめん、ごめん。撫子ちゃんの件でしょう?』

「お取込み中のところすまないが、何があったのかなぁってさ」

『あの件はここにいる美織が犯人です。私がただいま粛清中よ』


 ようやく本題に入ってくれた。

 

『元々、撫子ちゃんはクラスメイトたちに淡雪さんの事を聞いてたらしいの』

「彼女の事を?」

『えーと、この前、ついうっかりと情報を漏らしちゃったじゃん』

「あれだけで、淡雪の存在にたどり着いて、聞きまわってたんだな」


 優雨も自分が迂闊なことを言ってしまった自覚はあるようだ。

 猛もその件を追及されると非常にまずい。


「そのことで、美織がどうやら、あることないことを吹き込んだみたい』

「ホントか? 困ったなぁ」

『暇つぶしで人間関係クラッシャーする子だからね。油断大敵よ』

「怖いよ、それ。具体的には?」

『美織。アンタが撫子ちゃんに何を吹き込んだのか、猛君が聞いてるけど?』

『だーかーらー、今回は嘘はついてません。去年の夏くらいに淡雪とふたりで親密な関係だったことを話ちゃっただけ。あー、変なところに氷が入ったぁ!?』

「……とりあえず、美織さんの服から氷を出してあげて。可哀想だ」


 耳元で美織の艶っぽい声を聞かされると猛としても変な意識をしてしまう。

 ようやく氷を服から出された美織は電話に出ると、


『ぐすっ、ひどい目にあったわ』

『アンタの自業自得よ、美織』

「美織さん。またよけいな真似をしてくれましたね」

『ふんっ。せっかく、キミの妹さんに真実を教えてあげただけなのに』


 反省の色がない美織は何を吹き込んだのかを語る。


『そもそも、撫子さんが知りたがってたのは淡雪との関係よ』

「俺との関係か」

『そう。あの子にとっては興味津々なことなの』

「すぐに淡雪にまでたどりつくのが撫子だよなぁ」


 わずかな情報を頼りに、真実に近づく。

 撫子の情報力は侮ってはいけない。


『ていうかさぁ、なんで淡雪との関係を隠してるわけ?』

「はい?」

『キミも大概にずるい子だよねぇ?』


 彼女は猛に対して以前から思う所があったらしく。


『淡雪と去年、付き合ってたのは事実でしょう? 何度もデートしたりして仲良さそうだったのに。あれで何もなかったなんて言わせない』

「それは……」

『彼女とは遊び半分の関係だった? それともただのお友達?』


 実際の関係を説明するのははばかられる。

 これは淡雪との絆だ。

 お互いに想う所があっての行動だった。

 美織は友人として淡雪側の立場がゆえに厳しい口調で責める。


『キミがシスコンで、妹が大事すぎるのは分かる。狂おしいほどに好きなのね』

「その認識は変えてもらいたい」

『何を今さら? そのうえで、淡雪の気持ちを弄んでたとしたら許さん』

「……そんなつもりはないよ」

『淡雪も貴方には心を許してたわけだから、当事者じゃない私が非難するのもアレだけど、言わせてもらいたい。遊ばれてただけならあの子が可哀想だもの』


 意外にも友達想いな美織である。

 彼女の非難は当然のことだった。


『どうしても、隠さなきゃいけない関係だったの?』

「説明するには少し言葉を考えなきゃいけない関係ってやつ」

『よく分からないなぁ。あの子も似たようなことを言うし』

「……いろいろと複雑なんですよ、俺たち」

『ふーん。何にしても、撫子さんには自分の口から説明してあげなさい。嘘でも真実でも、貴方の口から聞きたいはずよ』


 彼女にとっては猛もまた友人のひとりだ。

 だからこそ、厳しくも言う。

 電話越しにそう叱咤激励する美織だったが、


『アンタが偉そうに言うなぁ!』

『な、なによぉ。優雨、今、大事なところなのに。別に良いでしょ』

『そもそも、他人の恋路を心配する前に自分の心配をしたらどう?』

『ぐぬぬ、余計なお世話ですぅ……ふにゃーっ!? ま、また背中に氷を!?』

『ふんっ。人様に偉そうにものを言える立場じゃないでしょうが』

『やぁっ、やだぁ。冷たいよぉっ。と、取れない。んぅっ』

 

 再び、美織と優雨が言い争うはめに。

 じゃれつく子猫たちに、やれやれと電話を代わった修斗は一言だけ。


『なぁ、大和。自分が逆の立場ならどう考える?』

「逆の立場なら?」

『どんなことがあったのか、相手との関係は? 気になることはちゃんと説明してもらいたいだろ? 撫子ちゃんの気持ちを考えてやれよ』

「……そうだな。俺が決めなきゃいけないことだ」


 人が生きていれば過去は必ずある。

 自分が経験してきたことは消えない。

 好きな相手に誤解されたままは悲しい。

 猛には撫子に対してその過去を離しておくべき必要があった――。


『うぅっ、もうっ。取れない。ふ、服を脱ぐからっ』

『ま、待ちなさい。ホントに脱ぐなぁ!』

『うるさいっ。修斗クン、後ろを向いていて、こっち見ちゃ嫌よ』

『ちょ、ちょっと待って、美織。私がとるから。ホントに脱いじゃダメェ!?』


 意地悪しすぎて美織は開き直ってしまったらしい。

 服を脱いで氷を取り出そうとしたようだ。

 その状況に修斗は「ここは天国だぜ」と呟いて電話を切る。


「……ちくしょう」


 なぜ、自分もその場にいなかったのか。

 ただ単純に羨ましいと地団駄を踏む猛であった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る