第29話


 言葉通り、二人は翌日おれの家に戻ってきた。リビングにおれと涼子とセルフィとヴァニアスとルオーネとキロード、そして四人が通う学院の学院長クラムスさんが着席して顔を合わせていた。

 おれと涼子は、ルオーネとキロードとクラムスさんから今回の事件で迷惑をかけたことについて改めて謝罪され、セルフィとヴァニアスに宿の提供をしたことと、身の回りの世話をしたことについて礼を言われた。それから、事件について事情聴取されたりもした。

 クオン人のことが広く認識されてない異世界で、クオン人がトラブルを起こした場合のルールが色々とあるらしく、ルオーネが壊した建物とかは、人気がない時間帯、主に夜に現場に行って、魔法で一夜にして修繕するという補償の仕方をするそうだ。

 おれと涼子は、確かに色々と巻き込まれたけど、別に怪我したわけでもないし、ルオーネとキロードのことを許すことにした。

 ルオーネに唆されて利用されていたキロードはというと、

「ルオーネ先輩はおれっちのことを甘言で惑わし、利用するだけ利用したら、異世界におれっちのことを放置しようとしました。謝られたからといって、簡単に許す気にはなれません。ですが、騙されたおれっちにも落ち度はあります。だから、クラムス学院長、全校生徒の前でルオーネ先輩のお尻をペンペンしてください。それでおれっちは今回のことを水に流します」

「わかった。それで許してくれるのであれば、そうしよう。お前もそれでいいな?」

「うぅ。……わかりましたですわ」

 ということになった。

 でもセルフィとヴァニアスは話が違う。おれはクラムスさんに訊いた。

「殺人未遂を犯したんだから、ルオーネは裁判にかけられたりするんですよね?」

「恋人がいる勇者及び勇者見習いは愛によるブレイブエナジーの補充ができるようになり、愛によるブレイブエナジーの補充ができない勇者及び勇者見習いよりも優秀になります。ですので勇者養成学院のほとんどが、恋愛を推奨する校風となっています。ですから我が校でもこういった痴話喧嘩は日常茶飯事で、戦闘訓練を積んでいる彼らの喧嘩は激しいものになりがちです。こういったことが起こる度に生徒を退学にしていては、学院から生徒がいなくなってしまいます。ですからこういうことが起こった場合は、厳重注意や謹慎等の処分で済ませるのが通例となっているんです」

「ちょっと待ってくださいよ。殺人未遂しといて、その程度の罰なんですか?」

「セルフィさんとヴァニアス君の内の、どちらか一方でも被害届けを出せば話は変わります。ルオーネとキロード君は裁判にかけられることになります。わたしとしては、できれば被害届けは出さないでもらいたい。わたしも父親です。娘の人生に傷がついてしまうことは避けたい。だからお願いです。どうか、許してやって欲しい。この通りだ」

 クラムスさんがセルフィとヴァニアスに向かって深々と頭を下げる。ルオーネとキロードもそれに倣う。

 頭を下げる三人を見ても、おれは納得できなかった。

「おい二人とも、被害届け出せよ。こんな奴等のこと許す必要なんてねえぞ」

「そのことなんですけど学院長、条件を呑んでもらえるのなら、被害届けは出しません。今度の一年生の校外学習の行き先を、この地球という世界の日本にしてください」

 顔を上げたクラムスさんが問いかける。

「それはなぜ?」

「わたし、その、あの……。悠人の、ことが、す、す、す……」

 顔を真っ赤にしたセルフィは、そこまでしか言えなかった。

 セルフィがなにを言おうとしたのかわかったおれの顔も熱くなる。そんなおれたちに交互に視線を向けたクラムスさんは、察してくれた。

「なるほど。もう一度悠人君に会いたいと」

 赤面したセルフィが首肯する。

「娘のために条件を呑みたいのはやまやまだが、生徒たちに異世界のモンスターをその目で見てもらい、生徒の見聞を深めることが校外学習の目的だから、その目的から外れる場所に変更するわけにはいかない」

 おれもセルフィにもう一度会いたかった。だから必死に頭を働かせ、なにかいいアイディアはないかと考える。そして思いついたことを提案してみる。

「ハロウィンを見に来てはどうですか? 人間がモンスターの格好をして楽しむ祭りなんです。本物のモンスターは見れませんけど」

 それに動物園や水族館に行けば、この世界の色んな生き物も見れると付け加える。

「モンスターに扮して楽しむ祭りがあるんですか。それは珍しい。我々勇者がモンスター討伐任務で赴く異世界は、モンスターによって人々が苦しめられている世界ばかりで、モンスターは人々から忌み嫌われているんです。我々が住むクオンでも、我々が知っているどの異世界にも、人がモンスターに扮する祭りというのは聞いたことがない。それは違った意味で生徒の見聞を広げるに値する、非常に興味深い祭りなのかもしれません。祭りの様子がわかる絵などがあったら見せてください」

 おれは自分の部屋からノートパソコンを持ってきた。そしてパソコンを起ち上げ、ネット上にアップロードされている過去のハロウィンの写真や、おれが去年参加した時に撮影した写真や動画などを、クラムスさんに見せた。特におれがお勧めしたのが『池袋ハロウィンコスプレフェス』だ。日本最大級のハロウィンイベントで、豊島区、サンシャインシティの協賛を得ているので、参加費も観覧費も無料だから、これを見に来るのが一番良いと思ったのだ。

「これなら生徒に見せる価値がありますね。わかりました。校外学習の行き先を地球の日本に変更しましょう」

 それを聞いておれとセルフィは安堵の息を吐いた。それから訊く。

「次で最後なのか? おれたちが会えるのって」

 セルフィが首肯する。

「異世界間でのトラブルを未然に防ぐためや、クオンの文化の流出を防ぐために、理由もなく異世界に転移することは禁じられているからね。一度くらいならまだしも、転移していることが何度もバレちゃったら、学院を退学させられて、ブレイブウォッチを取り上げられて魔法が使えなくなって、結局会えなくなるわ」

「そっか」

 薄々わかっていたことだけど、セルフィの口から聞いて、おれは暗い気持ちになった。

 涼子が訊いた。

「セルフィがこっちに残るっていうのは、やっぱり無理なの?」

「クオンの情報漏洩や文化流出を防ぐために、それも法律で禁止されているんです。それに任務で異世界に赴いた勇者が、その異世界を気に入り、移住してしまったら、何年もかけて育成した勇者がクオンから減ってしまうことにもなりますので」

 仮にそんな法律がなかったとして、セルフィがこっちに来たとしても、戸籍もないセルフィが、まともな生活を送れるはずがない。まだ子供のおれに、セルフィの生活を支えてやれる力なんてあるはずがなかった。

「ですが逆は可能です。クオンは有能な異世界人を受け入れることにしているんです。有能というのは例えば勇者の素質がある、などのことです。悠人さんにこちらに来る意志があり、なにか技術をもっているのであれば、クオンに移住することは可能です」

「急に言われても、それにおれ技術なんてなにもないし」

「悠人君はセルフィさんと相思相愛ですし、勇者見習いになる試練に合格することができたなら、それだけで優秀な勇者見習いになれるので、移住できる可能性はあります。勇者見習いになって移住することになったら、優秀な異世界人の編入生の学費や生活費は全てこちらが負担しますので、お金の心配はひとまずはいりません。ただしこれも情報漏洩や文化流出を防止するため、クオンに移住したら、二度と元の世界には帰ることができなくなってしまいます。こちらに来てからセルフィさんに対する好意がなくなってしまったとしても、勇者見習いとして優秀であれば、そのまま在学が可能ですが、そうでなければ労働者として一生クオンで生活することになります。あくまで勇者見習いになることができたらの話ですが、悠人君にはクオンに移住するという選択肢もあるということです」

 おれがこれからもセルフィと会うためには、日本での今の生活を全部捨てなければいけないっていうのかよ。

「今すぐに決める必要はありません。校外学習の時に、答えをセルフィさんに伝えてあげてください」

「ぼくはどうやら、涼子のことを愛してしまったらしい」

 横からヴァニアスが唐突に言い出した。

「え!?」

 涼子が声を裏返らせる。

「涼子はぼくのことをどう思っているんだい? 君の気持ちを聞かせて欲しい」

 ヴァニアスに見つめられた涼子が、頬を朱に染めて俯く。

「わたしも、ヴァニアスのことが好き」

 こいつら、いつの間にそういうことになってたんだよ!

「そうか、ありがとう」

 ヴァニアスが柔和な笑顔を浮かべる。

 他の奴等に目を向けると、急展開にみんなぽかんとしていた。

 ヴァニアスが真顔に戻る。

「涼子、ぼくは君にクオンに来て欲しいと思ってる。だから涼子も校外学習の時までに、考えておいてくれないか?」

「うん。わかった」

「そういうことなら、ヴァニアス君は二年生だから校外学習でここには来ないから、涼子さんはセルフィさんに答えを伝えてください。ヴァニアス君は帰ってきたセルフィさんから、涼子さんの意志を聞いてもらうということで」

「そのことなんですが学院長、ぼくも校外学習に同行させてください。大事なことだから、涼子の口から直接返事を聞きたいんです。涼子から返事を聞いたら、すぐにクオンに戻るので、どうかお願いします。それでぼくも被害届けを出さないと約束します」

「わかった。許可しよう」

 クラムスさんがブレイブウォッチを操作し、小瓶を取り出した。そして小瓶の中から小さな白い球を二つ取り出す。

「勇者が任務で異世界に赴いた時に、異世界人に恋をしてしまうということは、稀にあることなんです。その異世界人がクオンに移住できなくて、勇者の心の中の、その異世界人に対する恋心が消えなかったら、その勇者はクオンに戻っても新たなパートナーを作ることができず、ラブレイバーになることができなくなります。それはつまり、その勇者が勇者として落ちこぼれになってしまうことを意味します。そういう時に、この忘却丸を服用するんです。忘れたい相手のことを頭に思い浮かべながら忘却丸を服用すると、その相手のことを忘れることができるんです。クオンに移住する決断ができなくて、それでもセルフィさんとヴァニアス君のことが好きで忘れられずに苦しくて、どうしようもなくなった時は服用してみてください。我々の世界の住人がご迷惑をおかけしてしまって、面倒事に巻き込んでしまった悠人君と涼子さんには、忘れて楽になる権利もありますので、これをお渡ししておきます。いらないのであれば捨ててくださって結構です」

 おれと涼子は忘却丸を受け取った。

 そしておれたちは二日間行われる『池袋ハロウィンコスプレフェス』のどちらの日の、何時にどこで待ち合わせるのかを話し合って決めた。それが終わると、セルフィたちは自分たちの世界へと再び帰って行った。


 それからおれの懊悩する日々が始まった。

 ハイリンクミラーという、異世界間でもテレビ電話みたいなことができる道具があるらしいんだけど、異世界人同士でのトラブルを未然に防ぐため、不用意な文化の流出を防ぐためなどの理由から、異世界人の一般民に貸与したり譲渡することは、クオンの法律で禁止されているらしく、貸してもらうことはできなかった。だからハロウィンまであいつの顔を見ることはできない。

 二次元の女の子にしか恋をしないと決めていたおれだけど、セルフィを好きになってしまったことは、認めなくてはいけない。だって会えなくなってから、セルフィのことが頭から離れなくなっちまってるんだからな。でもその好きになったセルフィとこれからも会い続けたいのなら、今の生活を全部捨てなければならない。大好きなアニメもゲームも、向こうの世界にはおそらくないだろう。父さんや母さんや綾、孝太たちとも二度と会えなくなる。クオンがどんな世界なのかもよくわからない。それでもクオンに行くか、行かないのか。簡単に決められることじゃない。おれは毎日毎日悩み続けた。

 今の生活を捨ててクオンに行く。それは浮気して家を出て行った母さんの行動と似ている。憎んでいたはずの母さんの取った行動と、似たようなことをするかどうかで迷っている自分。おれは激しく自己嫌悪した。

 でも忘却丸を飲んでセルフィのことを忘れようとは思わなかった。あいつと過ごした日々はおれにとって大切な思い出となっていた。だからあの日々を忘れるなんて、おれにはできなかった。もしクオンに行く決断ができなくて、セルフィと会えなくなって苦しむことになったとしても、おれはあいつのことをずっと忘れないでいよう。その決意だけはすぐに固まった。

 暫くしてから涼子に、どうするか決まったかと訊いてみたけど、涼子もまだ迷っていて、かなり悩んでいる様子だった。

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