第27話
というわけで、スタッフの人に言って、もう一度劇をさせてもらうことになった。
二人がやりたいと言ってきたシーンは、アニメでは第二期の中にある名シーンだ。
アニメ第一期で宿敵ガナメダを撃退し、平和な生活を取り戻した淳太郎。しかしそんな淳太郎の前に、ガナメダよりも強い、レッテという名のアサシンアンドロイドが現れる。またもや命を狙われることになる淳太郎を守るため、第一期のエンディングで悲しい別れをしたルクスが、再び未来からやってくる。
レッテは、前回ガナメダを送り込んできた紫崎博士が作ったアンドロイドではなかった。なんと前回、淳太郎とルクスが必死になって戦い、火守家の血が途切れることを阻止し、命を繋ぎとめることに成功した、淳太郎の子孫の火守博士の作だった。そしてそのレッテを、淳太郎を殺すために差し向けてきたのも火守博士だった。
ルクスが暴走することがなくなった未来で、火守博士が新たに作り出した最新型のアンドロイドがレッテだ。旧型のルクスよりも新型のレッテの方が性能面で優っている。淳太郎とルクスは、そんなレッテと戦うことになる。新型アンドロイドであるレッテに対抗するために、淳太郎とルクスは、前回敵だったガナメダと手を組み、三対一でレッテと戦う。しかしレッテは凄まじく強く、淳太郎たちは敗れてしまう。そして淳太郎の目の前で、レッテがルクスの左胸をグランチェレイターで突き刺し破壊してしまう。
幸いルクスの脳にあたる、記憶データが保存されているメモリーカードは無傷だったため、新品のルクス、つまりレッテによって壊されたルクスとは別の個体にメモリーカードを挿入することにより、ルクスは復活するっていう展開になるんだけど。
ファンの間でも人気のあるこのシーンを、今度は四人で演じる。
四人でステージに出る。
セルフィの再登場に、観客たちが沸く。
観客たちが静まってから、レッテが媚を売るような可愛らしい声を出した。
「そこをどいてよお姉様。可愛い妹からのお願いだよ」
可愛く小首を傾げるレッテ。
感情表現が希薄な旧型のルクスよりも、新型のレッテの方が感情を豊かに表現するように作られている、という設定なのだ。だからルクスとは違い、レッテは抑揚をつけた喋り方をする。
淳太郎を守るようにして、淳太郎の前に立つルクスが口を開く。
「妹が間違ったことをしようとしていたら、注意してやめさせるのが姉の役目」
「どいてくれなきゃ、力ずくでどかせちゃうんだから」
「させない。淳太郎はわたしが守ってみせる」
「旧型のお姉様にできるかな?」
「三対一。数ではこちらが有利」
「きゃはは! 新型のレッテちゃんを甘く見てもらっちゃ困るなあ! ちょっとは楽しませてよねお姉様! じゃあ行っくよお!」
ここからはバトルシーンだ。
会場がどよめいた。おれも目を瞠った。
ルクスとガナメダとレッテの戦闘の動きが様になっていたからだ。セルフィは自分は魔導士タイプの勇者見習いと言っていたけど、それでも勇者を目指す学校で、近接武器による戦闘訓練も積んでいるのかもしれない。
ガナメダ役とレッテ役の二人がどういう人たちなのか、さっきあったばかりだから知らないけど、二人共どう見ても素人の動きじゃなかった。
ルクスの月天と八千切、ガナメダのトロルイーターによる攻撃を、レッテはグランチェレイター一本で捌ききっている。
おれはというと、レーザー銃であるアンタレスを構えて適当に撃つ芝居をしていた。おれが手にしているアンタレスは作り物だから、勿論レーザーは出ない。
「うわあ!」「ぎゃあ!」
このバトルで淳太郎とガナメダは、割りと早い段階であっさりやられる。
ていうか今の悲鳴でわかったけど、ガナメダ役やってる奴、男じゃねえか!
おれとガナメダ役が揃って倒れる。
残ったルクスとレッテで暫くバトルが続く。
真に迫った殺陣に、観客たちが盛り上がる。
レッテがグランチェレイターを薙ぎ、ルクスの月天と八千切を弾き飛ばした。その攻撃の勢いで、ルクスは尻餅をついて倒れ込む。
ルクスが苦虫を噛み潰したような顔になる。
「しまった!」
レッテがグランチェレイターの穂先をルクスの顔に突きつける。
「お姉様とどめだよ。一瞬痛いかもしれないけど、すぐに終わるから我慢してね!」
「逃げろルクス!」
ルクスが逃げようとして体を動かそうとする。しかし動けない。
今の劇でルクスはまだ一回も攻撃を受けてないけど、作中では今のバトルでルクスは何度もレッテの攻撃を受けて、ダメージを受けすぎたルクスが動けない、という展開だ。
壊れかけのルクスが首だけを淳太郎に向ける。
「淳太郎。逃げ、て……」
「バイバイお姉様」
レッテが腰を低くして槍を構える。
「やめろー!」
おれは片手を二人に向かって突き出し、最後の台詞を、なけなしの演技力を出して叫ぶ。
作中では、ここでレッテがルクスの左胸を突き刺し、ルクスを破壊する。でもこれは劇だから、レッテ役の子は槍を胸の前で寸止めするはずだ。
レッテがルクスの左胸に向かって、槍を突き込む。
キィン!
おれと共に倒れていたはずのガナメダが立ち上がり、その太った体躯に似合わない俊足を見せ、グランチェレイターをトロルイーターで上から押さえつけた。
「こんなことはもうやめましょう」
ガナメダがレッテに向かった言った。
そんな台詞は台本には書いてなかった。作中にもこんな展開はない。
予想外の展開に、少し会場がざわついたけど、観客たちは、これも演出だと思ったのか、楽しそうに観劇を続ける。
「絶好のチャンスでしたのに、邪魔をしないでくださいまし!」
レッテ役の子の喋り方が素に戻ってしまっていた。
トロルイーターからグランチェレイターを引き剥がしたレッテが、尚もグランチェレイターでルクスを攻撃しようとする。それをガナメダがトロルイーターで全て防いでみせる。その間、おれとセルフィは、台本と違う展開に呆然と見守るしかなかった。
ガナメダが大剣トロルイーターを下段から上段に振り抜き、レッテのグランチェレイターを弾き飛ばした。
グランチェレイターが床の上を転がっていく。
ガナメダのその攻撃は、グランチェレイターを弾き飛ばしただけでなく、剣先がレッテ役の子が被っていたお面を掠めて顔から外した。お面の下に隠れていたのは、美しく整った美少女の相貌だった。
「「ルオーネ!」」
セルフィが驚愕して目を瞠る。観客席で観劇していたヴァニアスも同じく驚いた顔をしている。
セルフィが立ち上がって身構える。
ガナメダがルオーネと呼ばれた少女に向かって口を開く。
「やっぱり、人殺しなんてしたらダメですよ」
「キロード、あなた今自分がなにをしたのかわかっていて? 邪魔をしたのだから、あなたとの約束はなかったことにしますわよ!」
「どうせ最初から守る気なんてなかったくせに! おれっちのことを都合よく利用して、いらなくなったら切り捨てるつもりだったんでしょ!?」
「そ、そんなわけないじゃありませんの。勿論守るつもりでしたわ。だから今のことは水に流して差し上げますから、今一度わたくしに協力してくださいまし」
「だったら、ヴァニアス先輩が目の前にいる今ここで、ここに来た目的と、おれっちとの約束を言ってみてくださいよ!」
ルオーネが唇を噛んで口を噤む。
ヴァニアスがステージに上がってきた。そしてルオーネに目を向ける。
「ルオーネ、本当に君がセルフィを殺そうとしていたっていうのかい? 信じられない」
ルオーネが引きつった笑顔を浮かべる。
「ち、違うに決まっているじゃありませんの」
「セルフィさんをこの世界に突き飛ばしたのはおれっちだけど、それはセルフィさんを殺せば、ぼくと恋人になってくれるってルオーネに唆されたからなんです」
「ち、違いましてよ。キロードの単独犯ですわ。わたくしは関係ありませんことよ」
「今だってその槍で、セルフィさんを殺そうとした!」
ヴァニアスがステージの床に転がっていた槍を拾い上げ、検める。穂先を触ったヴァニアスが目を瞠る。
「これは本物の槍じゃないか! ルオーネ、君には失望したよ。まさか君がこんなことをする人間だったなんて思わなかった。大人しく罪を認めて、罰を受けるんだ」
ルオーネが顔を憤怒に染める。
「このわたくしが罰を受けるですって? 元はと言えばこの女が悪いんですのよ! わたくしからヴァニアス様を奪ったこの女が! それにヴァニアス様もヴァニアス様ですわよ。わたくしという者がいながら、他の女に目移りするだなんて。そうですわ、ヴァニアス様も悪いんですわ。わたくしのものにならないのなら、ヴァニアス様も一緒に殺して差し上げましてよ!」
ルオーネがレッテの衣装を素早く脱いでいく。
なにをするのかと見ていたら、ブレイブウォッチだけ残したまま、素っ裸になりやがった!
耳まで真っ赤になったルオーネが、片手の甲を顎の下に添えて高笑いする。
「オーッホッホッホッホ! わたくしの生まれたままの姿を、存分に見るがいいですわ!」
観客たちの歓声が爆発する。そしてカメコたちが一斉にカメラを構え、シャッターを切りまくる。辺りにシャッター音がうるさいくらいに響き渡る。
美少女の全裸を見て、おれの顔が熱したホットプレートみたいに熱くなる。思わず目を逸らす。……でもどうしても目が吸い寄せられて、また視線を向けてしまう。
ルオーネの狙いは、大量のブレイブエナジーを溜めることで間違いない。そして溜めたブレイブエナジーで、きっと良からぬなにかをする気なんだ。ルオーネの裸を見るべきじゃない。それがわかっているのに、ルオーネの裸に目を向けてしまうおれなのだった。
キロードもおれと同じく、顔を真っ赤にしておろおろしていた。
冷静なのはセルフィとヴァニアスだった。一瞬驚いていた二人だったが、すぐにルオーネに向かって駆け出した。多分ルオーネに抱きつくかなんかして、ブレイブエナジー補充を阻止しようと考えたんだろう。
ルオーネがブレイブウォッチを操作し、悪魔っぽいデザインの杖を出す。そして杖の先から二人に向かって雷を迸らせる。
「きゃあ!」「があ!」
二人がステージの端まで吹き飛ばされる。
「セルフィ! ヴァニアス!」
二人は大事なかったようで、すぐに起き上がった。おれはほっとして胸を撫で下ろす。
ルオーネがブレイブウォッチに目を落とす。
「オーホッホッホッホ! 大量のブレイブエナジーがチャージされましたわ! これであなたたちはお終いでしてよ!」
ルオーネが杖を天穹に向かって突き出す。次の瞬間、ルオーネの周囲から炎が立ち昇る。灼熱の炎の中で、ルオーネの体躯が膨張していく。
そして炎が消え、現れたのは大きな大きなライオンだった。
会場がどよめく。しかし、これも劇の演出かなにかだと思っているのか、誰も逃げようとはしない。
おれは原始的恐怖を感じて後ずさる。
普通のライオンの五倍ほども大きなライオンが口を開いた。
「ヴァニアス様、ご存知でして? このライオンこそが、この地球という異世界で一番強い生物なんですのよ。この姿をもってして、殺して差し上げますわ!」
ルオーネがセルフィとヴァニアスに向かって突進する。ルオーネが前足を振り上げる。そして鋭い爪を振り下ろす。二人は避けて、爪がステージの床に突き刺さる。ステージが崩壊し、おれたちはよろけながらステージの上から撤退する。
異常事態だと認識した観客たちが、悲鳴を上げながら逃げ始める。
ルオーネはセルフィとヴァニアスを追いながら、噛みつき攻撃と引っ掻き攻撃と尻尾振り攻撃を繰り出す。それを間一髪で避ける二人。
セルフィとヴァニアスとキロードが、ブレイブウォッチの側面に触れ、それぞれ武器を取り出した。
セルフィが杖から大きな火球を放出し、ヴァニアスが剣で斬りかかり、キロードがハンマーを叩きつける。全ての攻撃がルオーネに同時にヒットする。しかしルオーネは微動だにしなかった。
ルオーネが前足を顎の下に添えて哄笑する。
「オーッホッホ! 痒いですわよ!」
「それならこれはどうだ! アグレッサー!」
ヴァニアスが跳び、舞うような動きの連続斬りをライオンの顔に放つ。
ルオーネは避けようともしなかった。
剣閃がルオーネに当たる度、まるで金属同士がぶつかったかのような硬質な音が響いた。
着地したヴァニアスが驚愕の声を上げる。
「無傷だと!? そんなバカな!」
ルオーネがライオンの鼻を鳴らす。
「わたくしが裸になって溜めた膨大な量のブレイブエナジーを消費して変化したんですのよ。今のわたくしに、あなた方の攻撃など効かなくってよ!」
ルオーネが俊敏に前足でヴァニアスを薙いだ。
「うわあ!」
弾き飛ばされたヴァニアスがビルの壁に激突する。壁がひび割れ、ヴァニアスの体がめり込んだ。
「ヴァニアス様!」
ルオーネがセルフィの前に一歩踏み出す。それだけで地面が軽く揺れた。
「まずはやはりお前からですわ!」
ルオーネがセルフィに向かって爪を振り下ろす。避けるセルフィをルオーネが追随して更に攻撃を重ねる。
おれはどうすることもできずに見ているだけだった。
「オーホホホホ! いつまで避け続けることができるかしら!?」
分が悪いと見たか、セルフィが自分の足元に魔法陣を展開させ、上空へと逃げる。
「逃がしませんわ!」
ルオーネが身を屈める。一拍の間の後、ライオンの背中に、悪魔のような禍々しい翼が一対生えた。
地を蹴ると同時に翼をはためかせ、ルオーネは飛翔してセルフィを追う。
ルオーネの方が飛ぶ速度が速い!
「セルフィ後ろ!」
おれの声に反応してセルフィが振り向く。自分の背後に肉薄していたルオーネに気づいたセルフィが慌てて方向転換する。ついさっきまでセルフィがいた空間をルオーネが掻っ切る。すぐにルオーネも飛翔角度を変化させ、セルフィを追いまわす。
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