第26話
ついにイベントが始まり、おれたちは観客のいる野外会場へと、コスプレした自分の姿をお披露目しに行った。
おれたちの中では、セルフィがダントツの一番人気で、多くの観客、カメコたちがセルフィの周囲に殺到した。
自分の容姿に絶対の自信を持つセルフィは物怖じすることもなく、カメコたちのリクエストに応えてモデルさながらのポージングを披露した。
ポチのコスプレをしているヴァニアスのところにも、かなりの人が集まっていた。面白いコスプレだし、よく見たら超の付くほどのイケメンだから頷ける。
涼子のとこにも結構人が集まっている。美少女がセクシーな衣装を身に纏っているのだから、これも頷ける。
ユウカリンと村上さんと笹原さんは、三人で固まってポージングを披露していた。人気美少女コスプレイヤーのユウカリンがいるだけあって、大勢の観客たちの足を止めさせる魅力を放っていた。
あれだけ写真をせがまれてカメラのフラッシュを浴びまくったら、さぞかし気分良いだろうなあ。
おれは大勢の観客たちに囲まれているみんなに、羨望の眼差しを送っていた。
おれの周囲は閑古鳥が鳴いていた。セルフィに作ってもらった衣装の完成度は申し分ないんだけど、如何せん中身のおれのポテンシャルが低かった。手持ち無沙汰になったおれは、劣等感を感じながらアンタレスを無意味に手で弄ぶしかなかった。
押し寄せる観客の波が一段落したタイミングで、人気が出なくて暇を持て余していたおれはセルフィのところに向かった。
「お前凄い人気だな」
アクアブルーのロングヘアーを手で後ろに払いながら、セルフィは余裕のドヤ顔を浮かべる。
「当ったり前じゃない。このわたしを誰だと思ってるのよ」
そんなおれたちのところに、イベントのスタッフの人がやって来た。
「お二人ともルクス×クロスのコスプレですよね?」
おれたちは首肯した。
スタッフの人の話は要約すると、さっきから大人気で目立っていたセルフィに、ぜひ名シーン再現シアターに出て欲しいという依頼だった。絶対セルフィのおまけ扱いだろうけど、同じ作品のコスプレをしていたおれも誘われた。
「どうする?」
「面白そうじゃない。やりましょうよ」
セルフィがやりたいと言うのなら、ちょっと恥ずかしいけどおれの方に異論はなかった。折角だし、いい思い出作りになるだろう。
承諾したおれたちは、スタッフの人から台本を渡された。台本と言ってもA4の紙数枚だ。
おれとセルフィは台本を読んで台詞と動きを覚えた。
『ルクス×クロス』のストーリー概要はこうだ。
日本の高校生、火守淳太郎の前に、ある日突然、アンドロイドの暗殺者がやってくる。そしてそのアンドロイドに殺されそうになる淳太郎。そこにルクスというアンドロイドの少女がやってきて、淳太郎を助けてくれる。
ルクスに事情を聞くと、淳太郎はルクスを作った天才科学者の火守博士の祖先だという。未来の世界で、火守博士の作ったアンドロイドであるルクスが暴走し、世界が滅亡の危機に瀕してしまう。
アンドロイド開発において、火守博士と比肩する実力の持ち主である紫崎博士が、世界を救うために、自分の作ったアンドロイドで火守博士の先祖である淳太郎を殺そうとしていた。先祖を殺すことで、火守博士が生まれなくなり、ルクスも生まれなくなるからだ。
だったら自分は死ぬべきなんじゃないかと考える淳太郎。しかしルクスが暴走したのは、何者かの陰謀だったとルクスは言う。悪いのは火守博士じゃないのだから、淳太郎が死ぬ必要もない。そのためにルクスが淳太郎を守りに来たのだ。
おれたちが演じるのはアニメ第一期のエンディングのシーンの一部だ。
アニメ第一期のクライマックスで、紫崎博士が作ったアンドロイドで宿敵の、ガナメダを倒したルクス。そして淳太郎たちは、未来でルクスが暴走した原因となったコンピュータウィルスを作った真犯人、火守博士の助手の南原美穂の犯行も未然に阻止することに成功する。
任務が完了したので、ルクスは未来に帰ることになる。出会ったばかりの頃は衝突を繰り返していた二人だが、この時点で淳太郎とルクスは相思相愛になっている。その二人の悲しい別れのシーンだ。
おれとセルフィは、名シーン再現シアター専用のステージの上に出て行った。
ハイクオリティコスプレイヤーであるセルフィの登場に、観客たちが歓声を上げる。
歓声がある程度おさまるのを待ってから、セルフィが最初の台詞を口にする。
感情をあまり表に出さないキャラであるルクスになりきったセルフィが、おれに背中を向けてから、抑揚のない喋り方で言う。
「任務は完了した。だから、未来に帰らなければならない」
おれもできるだけ淳太郎になりきる。
「ここに残れないのか?」
「それは不可能。任務が完了したら速やかに帰還するよう火守博士から命令されている」
「また会えるよな?」
ルクスが首を横に振る。
「おそらくもう二度と来ることはない。来る理由がない」
「そんな……。これでお別れってことかよ。そ、そうだ、おれに会いに来るっていうのは理由にならないのか? たまに遊びに来るくらいできるだろ?」
ルクスが切なそうに自分の胸の辺りで手を握る。
「そんなことでは、わざわざタイムリープする理由にはならない」
「お前はどうなんだよ。やっぱり、故郷に帰りたいのか?」
「……わからない。さっきからずっと、淳太郎と出会ってから今日までのことばかり考えてしまっていて、それが頭から離れない。この感覚は一体……?」
ルクスが頭を押さえる。
「でも主の命令は絶対。帰還しなければ」
淳太郎がルクスを背中から抱きすくめる。
「行くな! 行かないで、くれ……!」
抱きすくめながら、ルクスの顔の横に自分の顔をやる。そして後ろからセルフィの横顔を覗き込んだおれは、はっとした。ルクス役に感情移入したのか、セルフィの瞳から涙が零れ落ちていたからだ。
観客たちが息を呑んだのが、気配で伝わってくる。
おれは動揺しながらも、芝居を続ける。
「どうして、涙が……」
「それはお前には、やっぱり感情があるからだ。お前は人間だ。少なくともおれにとっては、普通の人間の女の子なんだよ」
「わたしが、普通の人間の女の子?」
「ああ。だから、どうしても行くって言うなら笑えよ。笑顔、教えただろ? 人間の女の子の一番可愛い表情だって」
淳太郎が腕を緩め、ルクスと離れる。
ルクスが淳太郎と正面から向き合う。そしてルクスは笑顔を浮かべた。
ルクスは作品の中で、ここで初めて笑うのだ。
「淳太郎。わたし、可愛い?」
未来へ帰ってしまうルクスと、今日のこのイベントが終わったら異世界へ帰ってしまうセルフィとが重なり、おれの両目からも涙が流れ出る。
「ああ。めっちゃ可愛い。向こうに行っても、笑顔を忘れんなよ」
「わたしのメモリーカードから、ここに滞在していた時の記憶を消さない限り、わたしが淳太郎のことを忘れることはない。出会った時から今日までのこと、何年経とうが鮮明に思い出すことができる。わたしは淳太郎のこと、絶対に忘れない。だから淳太郎も、わたしのことを、どうか覚えていて欲しい」
「当たり前だろ。忘れようと思ったって、忘れられないさ。なにせお前は未来からやってきた、おれが世界で一番大切だと思ってる女の子なんだからな」
ルクスが手の平を胸に当てる。
「これが愛という感情。淳太郎、教えてくれてありがとう。わたしの胸は今、素晴らしい気持ちで満たされている」
「おれの子孫によろしくな」
「はい。淳太郎も元気で。それでは、さようなら」
ルクスが泣き笑顔を浮かべる。
作中ではここでルクスの体が光に包まれて、一瞬の後にその姿は消えている、というシーンなんだけど、これは劇なのでそんなことには当然ならない。
目の前にまだルクスの姿が見えているんだけど、おれは頭の中で原作のこのシーンの情景を思い浮かべ、未来に帰ってしまったルクスを想ってその場で泣き崩れた。
劇はここで終了だ。
拍手喝采が沸き起こった。
涙まで流すおれたちの迫真の演技が、観客たちの心を動かしたみたいだ。
立ち上がったおれは、頬に涙の跡が残るセルフィと数瞬見つめ合った。
セルフィが涙を流したのは、役になりきっていたからか、それともおれと同じで、自分たちの境遇と重ね合わせたから? いやいやそれはないな。なにバカなこと考えてんだよおれ。あいつにはヴァニアスっていう超イケメンの彼氏がいるんだから。それは絶対に有り得ないだろ。やっぱり役になりきっていたから泣いたんだ。そうに違いない。
観客たちに向かってお辞儀をし、おれたちは拍手に包まれながらステージを退場する。
ステージを降りたところで、おかしな二人組みに話しかけられた。
「ちょっとよろしいかしら?」
二人はルクス×クロスのガナメダとレッテのコスプレをしていた。でも二人ともなぜか夏祭りで売っているようなお面を被っていた。ちなみに作中でガナメダとレッテがお面を被っているシーンなんてない。
「今の劇、大変素晴らしかったですわ。よければわたくしたちと一緒に、名シーン再現シアターに出てくださらないかしら? わたくしたちがやりたいシーンに淳太郎役とルクス役も必要なんですけれど、生憎わたくしたちの知り合いに淳太郎とルクスのコスプレをしている人がいませんの。折角同じ作品のコスプレをしている者同士が、こうやって出会ったのもなにかの縁だと思いまして、お声をかけさせていただいたというわけでしてよ」
おれとセルフィは顔を見合わせる。
「わたしは別に構わないわ」
「おれもいいぞ」
「ありがとうございますですわ! 台本はこちらで用意してきましたのでどうぞ、ですわ」
おれたちはレッテのコスプレイヤーから台本を受け取った。
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