第24話


「セルフィ、観光したいところはまだあるのかい? ないのなら今日にでもクオンに帰ろう」

 翌日。ダイニングで朝食を食べ終えたタイミングでヴァニアスが切り出した。

 その話題に一気に緊張して、おれの体が強張る。

「えっと、他に観光したい場所は……」

 セルフィの顔がおれに向く。

 セルフィもこっちに来たばかりで観光スポットを知らないはずだ。おれに教えてくれと言ってるんだろう。

 ここで良い提案ができなかったら、二人はすぐに帰ってしまうに違いない。二人を引き止める、なにかいい観光スポットがなかったか、焦りを覚えながら考えを巡らす。そして一つ思いつく。

「明日なんだけど、コスプレイベントがあるんだ。それを見に行ってみないか」

 ユウカリンが参加すると言っていたコスプレイベントが確か明日だったはずだ。おれはそれを思い出したのだ。

 おれはコスプレの意味を二人に説明する。

「い、いいですねそれ!」

「楽しそうなイベントだね。ぼくも興味があるよ。それじゃあ、観光はそのコスプレイベントで最後にしよう」

 よし、なんとか二人が乗り気になってくれた。

 涼子が更に上を行く提案をする。

「折角だから見に行くだけじゃなくて、みんなでコスプレして出てみようよ。いい思い出作りになると思う。あ、でも一日でコスプレ衣装なんて作れないよね」

「出来上がったコスチュームを買えばいいだよ。まあ、その中に自分の気に入るコスチュームがないかもしれないけどな」

 猫を被ったセルフィが口を挟む。

「それだと折角のイベントなのに、気分が盛り上がらなくてつまらなくなっちゃいますよ」

「じゃあどうしろって言うんだよ」

「そんなの簡単です。魔法を使って好きな衣装を作ればいいんですよ」


 おれはユウカリンに連絡し、駅前で待ち合わせることになった。

 コスプレ衣装を作るために必要な材料を売っている店に連れて行ってもらうためだ。

 おれたち四人は駅前でユウカリンと合流し、ユウカリン御用達の店に連れて行ってもらった。

 材料を買い揃えたおれたちは、ユウカリンの家に来ていた。

 ここに来たのは、コスプレ衣装を作るための道具を借りるためだ。頼んでみるとユウカリンは二つ返事で快諾してくれた。

 ユウカリンの部屋の中に通される。

 部屋の中にはミシンやら裁縫箱やら、コスプレ衣装を作るための道具が置かれ、机の引き出しの中は布やボタンなどの材料で溢れていた。クローゼットの中にはユウカリン自慢のコスプレ衣装がぎっしりと並んでいた。

「セルフィさんの魔法で作るって聞いたけど、本当に今から作って間に合うの?」

「任せて」

 セルフィが自信満々に言ってのける。

 おれたちはセルフィの指示に従って、買ってきた材料を袋から取り出し、無造作に床に置いていく。

 どんな衣装を作るかは、おれの部屋にあるマンガやらフィギュアなどを見て決めた。

 おれは家からマンガやフィギュアやアニメの設定資料集を持参してきていた。それを杖を取り出したセルフィに渡す。

 セルフィはおれが渡した資料を片手に持ち、それを見ながら魔法を行使した。

 ハサミや針や糸などの道具と材料が一斉に宙に浮く。そして物凄い速さで道具たちが宙を飛び回り、衣装が仕上がっていく。

 おれと涼子とユウカリンが感嘆の声を上げて、目を丸くした。

「わたしたちの世界では、こうやって服を作るのが普通なんですよ」

 猫を被ったセルフィが得意げに言った。

 作り方がよくわからないところはユウカリンに教えてもらいながら、セルフィは魔法で道具を操り、瞬く間に衣装は完成した。


 クオンでビッキーが使える量のブレイブエナジーを溜め終えたルオーネは、ビッキーを行使し、白い光の壁の中に飛び込んだ。

 空から降ってきたルオーネが、日本の街中、アスファルトの地面に綺麗に着地した。

 突如として空から降ってきた美少女に、辺りの人たちが騒然となる。

 そして恐い物知らずの男数人が、面白がってルオーネに声をかけてきた。

「HEYそこのカノジョ。空から降ってきたように見えたけど、今のどうやったの?」

「おれたちとお茶でもしながらトリックを教えてくれないかな」

 ルオーネは片手に杖を持っていた。一メートルほどの長さで、手で持つ部分は鮮やかな黄色。杖の天辺に紫の水晶が付いていて、その水晶の下にはコウモリの翼を模った意匠が凝らされていた。

 近づいてきた男たちに向かって、ルオーネが杖を振るう。

「ぎゃあ」「ぐべ!」「どおあ!」

 杖から放たれた雷撃が男たちを薙ぎ払う。

「下賎の輩が気安くわたくしに近づかないでくださいまし。わたくしに触れていい殿方はヴァニアス様だけでしてよ」

 キロードが宿泊しているマンガ喫茶に向かったルオーネは、キロードが使用しているブースの扉を開けた。

 開閉音に反応してキロードが振り向く。

「ルオーネ先輩」

「こうやって直接会うのは久しぶりですわね」

 キロードが真顔になる。

「ルオーネ先輩。おれっち色々考えたんですけど、もう、こんなことやめませんか?」

 ルオーネがキロードにしなだれかかる。そしてキロードの丸い頬に指を這わせる。

 瞬時に顔が真っ赤になるキロード。

「あなたセルフィに顔を見られたのでしょう? もしセルフィを殺し損ねて、セルフィがクオンに戻ってしまったら、あなたもわたくしの共犯者として捕まってしまいますのよ? だから、もう少し頑張ってくださらないかしら?」

 ボディタッチされているキロードの顔が惚けていく。それでもキロードはなんとか抵抗を試みる。

「で、でも、やっぱり人殺しだなんて――」

「初めての異世界旅で、たった一人で今までよく頑張りましたわ。寂しかったでしょう? でも大丈夫、あの女を殺しさえすれば、わたくしはあなたの恋人として、あなたの傍にずっといて差し上げますわ。そしてあんなことやこんなことをして、愛して差し上げますわよ」

 耳に息を吹きかけられたキロードの理性が限界を迎えた。

「ひぁい! おれっち頑張ります! ……でも、ヴァニアス先輩と合流したセルフィを、どうやって?」

「そうですわね。わたくしもついさっきビッキーを行使して、ブレイブエナジーがかなり減ってしまいましたし。とりあえず二人の様子を見てから考えますわ」

 ルオーネがブレイブウォッチを操作し、ハイリンクミラーを取り出した。そして制服にハイリンクミラーの欠片がついているセルフィの様子を映し出す。

 映像と共に音声も聞こえてくる。

 キロードと二人で覗き込む。

「どうやら明日、おめかしして舞踏会に行くみたいですわね。どういう舞踏会なのかしら?」

「調べてみます」

 キロードがパソコンを操作し、インターネットを使って、セルフィたちが行こうとしているコスプレイベントについて調べる。そしてそれをルオーネに報告する。

「なるほど。わたくし妙案が思いつきましてよ」

 ルオーネの唇の端がつり上がった。


 本日の空模様は快晴で、絶好の野外コスプレイベント日和だった。

 おれたちが今日参加するのはT‐SPOOKと言って、コスプレファッションと音楽を融合させたパーティだ。場所はビルが建ち並ぶ街中だ。会場内にはステージが設置され、そこで有名なアーティストのライブや仮装コンテストなどが行われる。

 会場についたおれたちは、男女に分かれて用意された更衣室でコスプレ衣装に着替えていた。

 おれがコスプレをしているのは、おれの好きなマンガ『ルクス×クロス』の主人公の火守淳太郎だ。

 淳太郎の服装は、淳太郎が通う高校の制服だ。でも普通の学校の制服とは違い、現実世界にはなさそうな前衛的なデザインの制服だった。

 淳太郎の髪型は、バトル漫画の主人公らしく、毛先が上や横に向かってツンツンしていて、それが大きなトゲのようになっている。美容師の手により、予めキャラの髪型にセットされたコスプレキャラウィッグという物があり、おれは昨日買ってきた淳太郎のキャラウィッグを被っていた。

 自分の身を守るために持っておいた方がいいと言って、作中でヒロインのルクスが淳太郎に渡した、アンタレスという名の、近未来ファンタジーチックなデザインの銃を、おれは片手に持つ。

 ヴァニアスがコスプレしているのは『比佐山商店街の百鬼夜行』というライトノベルに出てくる、作中ではお笑い要員扱いの、ポチという名のおっさんの人面犬だ。

『比佐山商店街の百鬼夜行』は、商店街の住人が全員妖怪で、その妖怪たちが巻き起こす様々なトラブルに、人間の主人公が巻き込まれるというドタバタラブコメディーだ。

 ポチは体が柴犬で、顔だけが五十代くらいの人間のおっさんだ。黒髪パンチパーマで、ヒゲは剃ってるけどヒゲが濃いから、ヒゲの生えるところが青くなっている。まゆげも濃くて、おでこに三本皺があって、鼻の左横に大きなホクロが一つあり、そして赤い首輪をしている。

 ポチの見た目はかなり不気味で気持ち悪く、作品の中でも、他のキャラクターたちからいつも気持ち悪がられている。そんなポチのコスプレがしたいと、ヴァニアスが自ら選んだのだ。

 さすがに体のサイズを柴犬サイズにすることはできないので、ヴァニアスは柴犬っぽいキグルミを着ていた。

 着替え終わったおれたちは、男子更衣室を出た。そして女子たちと合流する。

 ユウカリンたちの衣装も完成度が高いけど、セルフィが魔法で作った衣装の完成度は素晴らしかった。

 ユウカリンと村上さんと笹原さんは『モンスター娘だって恋がしたい!』というマンガのヒロインたちのコスプレをしていた。

 ユウカリンが、アルラウネという花のモンスターのラウネで、村上さんがピクシーのピピで、笹原さんがメデューサのデューに扮している。

 涼子がコスプレしているのは『比佐山商店街の百鬼夜行』に出てくる妙齢の美人の死神、黒木闇夜だ。

 涼子は黒髪ロングヘアーのキャラウィッグを被り、セクシーな黒いドレスを着ていた。胸元が大きく開いていて、ドレスのロングスカートの部分は、太ももまで見えるスリットが入っている。そして両手で、涼子の身の丈以上もある、大きな死神の鎌を持っていた。

 そしてセルフィは『ルクス×クロス』のヒロイン、ルクスの衣装にその身を包んでいた。

 セルフィはアクアブルーのロングヘアーのキャラウィッグを被り、白いワンピースタイプの水着のようなバトルスーツを着ている。そのスーツによって、セルフィの首までが隠れていた。手も指から肘までが、貴婦人の手袋のような白い装甲に覆われている。足も太ももまでが、ニーソックスのような白い装甲に覆われていた。そして両足の外側のくるぶしのところに、機械チックな鞘が装着されていて、そこに近未来ファンタジーチックなデザインの剣が一本ずつ収納されている。ルクスは二刀流で、剣身の部分が青い方には月天、剣身の部分が赤い方には八千切という名が付けられている。

 超絶美少女のセルフィがルクスの衣装を着ると、まるで二次元キャラのルクスが三次元キャラとして本当にそこに具現化したかのようだった。

「おおお! ルクスたんが現世に顕現されたー!」

『ルクス×クロス』が好きで、特にルクスが推しキャラのおれは興奮に打ち震えた。セルフィのコスプレの完成度は、何度もコスプレイベントに足を運んでいるおれが見た中でもダントツの一番で、神がかってすらいた。

「超似合ってるぞ! 写真撮らせてくれ!」

 おれは返事を待たずに首から提げていたカメラで、色んな角度からセルフィの写真を撮りまくった。

 そんなおれを見てセルフィが眉を顰める。

「ちょっとやめてよ。気持ち悪い!」

 おれは写真を撮るのをやめ、自分の衣装をセルフィに見せる。

「それはそうと、どうだおれ。結構イケてると思うんだけど」

 セルフィが作った完成度の高い衣装を身に纏ったおれは、初めてのコスプレに自分のポテンシャルも忘れてテンションが上がっていた。

「よくお似合いだと思います」

 こいつ言う前に鼻で笑いやがった! 近くにヴァニアスがいるからクソミソに言わないだけで、絶対に心の中で罵詈雑言を言ってやがるに違いねえ!

 めげずに涼子に体を向ける。

「どうだ?」

「まあ、いいんじゃない?」

 なんとも微妙なコメントを頂いた。

 ヴァニアスが扮するポチの顔の特徴である、鼻の左横にある大きなホクロ、おでこの三本皺、太い眉毛、ヒゲが生えるところが青くなっているところは、コスプレイヤー経験が豊富で、特殊メイクが得意なユウカリンと村上さんと笹原さんが、化粧をしたことがないヴァニアスに代わり、メイクを施してくれることになっていた。

 メイクをするために、おれたちから一旦離れていた四人が戻ってきた。

 ヴァニアスが両手を広げて、完成した自分の姿を見せる。

「どうかな?」

 一瞬、セルフィの顔が引きつった。そしておべんちゃらを言う。

「ヴァニアス様の衣装、作っていた時から思っていましたけど面白いですね。でもさすがヴァニアス様です。こんなヘンテコリンな衣装を着ていても、ヴァニアス様の気品は失われないのですね。よくお似合いでいらっしゃいます」

 横から涼子が大口を開けて笑う。

「どこがよ! どっからどう見てもダサいじゃん! あはははは! 王子様みたいなヴァニアスがダサい! 顔よく見たらイケメンだけどパッと見変なおっさんじゃん! おっかしい! あははは!」

「そうか、ぼくがダサいか。ははははは!」

 二人して楽しそうに笑い合うヴァニアスと涼子。

 ヴァニアスの奴、ダサいってけなされて、なんで喜んでるんだ? イケメンの考えてることは、おれにはよくわからねえな。

 ヴァニアスが涼子の全身を眺める。

「涼子、君の方はとてもよく似合っているよ。涼子はショートヘアーも似合うけど、ロングヘアーも似合うんだね。なんだかいつもより大人びて見えるよ」

 涼子の頬が赤くなる。

「ありがとう。嬉しい! えへへ」

 なんだその笑い方は。涼子がこんな顔してるところ、初めて見るな。

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