第20話


「折角かなり溜まってたのに、あいつと戦ったせいでブレイブエナジー結構減っちゃったわね。悠人、秘密の方法とやらで、もう一度溜めてきてよ」

「勘弁してくれ! あれはトラウマになっちまったんだ! もう二度とできねえよ!」

「仕方ないわね。じゃあ街に繰り出して、適当に恥ずかしいことして溜めましょう」

 ということで、今日はセルフィと二人で街に繰り出し、協力してブレイブエナジーを溜めるということになった。

 おれたちがやってきたのは、色んな店がたくさん入っている大きなショッピングモールだった。

「すごいわねえ! こんなに大きな商店街があるだなんて、驚きだわ!」

 モール内を見回したセルフィが口をポカンと開けた。

「クオンにはこういう場所ないのか?」

「ここまで大きいのは見たことがないわね」

 一緒に歩きながら、きょろきょろ首をめぐらしているセルフィを微笑ましく見ている時だった。

 すれ違った人と肩がぶつかった。

「すいません」

 謝って行こうとすると、肩を掴まれた。

「おい待てよ」

 振り向くと、ガラの悪そうな男たちがおれを取り囲んできた。

 複数の男たちに睨みつけられ、おれは竦みあがる。

「なんだよ今の言い方は。ちゃんと謝れよ」

「謝ったんですけど……」

 これ以上どうしろと言うんだ。なにがあったか知らねえけど、多分、こいつら今機嫌が悪いんだろう。

「もういいですか? 通してください」

 行こうとするといきなり腹を殴られた。

「ぐうっ!」

 腹を押さえてその場にうずくまったおれは、激しい痛みに動こうにも立ち上がることすらできない。

「誰が行っていいって言ったんだよ!」

「ちょっとなにするのよ! 悠人謝ったじゃない!」

 おれの傍まで駆け寄ろうとしたセルフィの前に、男の一人が立ち塞がる。

「どきなさいよ」

「ああん! 偉そうな口聞いてんじゃねえぞこのアマ!」

 男が拳を振り上げる。

 素早くブレイブウォッチを操作し、杖を取り出したセルフィが魔法で男を吹き飛ばす。

 おれの体まで風圧が届く。多分風魔法なんだろう。

 驚く男たちに、セルフィは得意げな顔をしてみせる。

 しかし次の瞬間、セルフィの手から杖が吹っ飛んだ。

 男の一人が素早い動きで杖を蹴り飛ばしていた。明らかに素人の動きじゃない。格闘技の経験者に違いなかった。

 その男がセルフィの肩を突き飛ばす。

「調子に乗ってんじゃねえぞ!」

「きゃあ!」

 セルフィが尻餅をついて、おれの傍で倒れた。

「てめえ、よくもやってくれたな」

 男たちが歩み寄ってくる。

 セルフィが立ち上がり、おれの前で両手を広げる。

「やったのはわたしよ。悠人はやめてあげて」

「それを決めるのはお前じゃねえんだよ!」

 男に怒鳴られ、セルフィの肩を跳ね上がる。

 男たちに詰め寄られ、セルフィの足が震えだす。

 おれは喉から声を絞り出した。

「セルフィ逃げろ!」

「あんたが逃げなさい!」

 セルフィは動こうとしなかった。

「バカ、なにやってんだよ」

 震えるセルフィを見る限り、杖がないとまともに戦えないんだろう。

 だったらなんで逃げないんだよ!

「セルフィさん!」

 セルフィに向かって杖が飛んでくる。

 飛んできた先に目を向けると、そこにいたのはユウカリンだった。

 空中で杖をキャッチしたセルフィが、男たちに向かって突き出した。

「うわあ!」「ぎゃあ!」「おああ!」

 男たち全員が数メートル吹き飛んだ。

「くそ! ずらかるぞ!」

 男たちは立ち上がると走り去っていった。

 それと共に野次馬たちが散っていく。

「立てる?」

「ああ?」

 セルフィに起き上がるのを手伝ってもらう。

「なんで逃げなかったんだよ。おれみたいなブサイク嫌いなんだろ。だったらおれのことなんかほっとけばよかったのに」

「相手によっては守らないなんて、そんなのわたしの目指す勇者じゃないわ」

 身を挺して男を守る女性キャラクターっていうのは、二次元にはたくさんいる。おれはそういうキャラが好きだ。けれどそんな女の子は三次元にはいないと思ってた。でもここにいた。

「大丈夫?」

 ユウカリンが二人の友達らしき女の子を引き連れて、おれたちの傍までやってきた。

「あなたが杖を投げてくれたから助かったわ。ありがとう」

「どういたしまして。最初の人を杖を使って魔法みたいな力で吹き飛ばしたように見えたから。毎日アニメばっかり見すぎてるせいか、魔法なんてあるわけないってわかってるのに、杖さえ渡せばなんとかなるかもって、なんか思っちゃって。それで杖を拾って投げたんだ。あれって本当に魔法なの?」

「そうよ」

 セルフィが肯定すると、ユウカリンと二人の女の子たちの顔がパッと輝く。そしてセルフィを質問攻めにする。

 セルフィが異世界人で勇者見習いだという話を、三人は信じているのかいないのか、興味津々で聞いていた。

 二人はユウカリンの友達で、 村上梨乃さんと笹原芽衣さんだと紹介される。

「わたしあの時あなたに色々言われて、考えた末にオタクグループに入ることにしたの。梨乃と芽衣にはコスプレしてること、ちゃんと打ち明けて、今度自分たちで作ったコスプレ衣装を着て、一緒にコスプレイベントに参加しようってことになったの。それで昨日全員の新しいコスプレ衣装が完成したから、今日はそのお疲れ様会をしに来たの。わたし梨乃と芽衣と一緒にいる方が、真子と久美と一緒にいた時よりもずっと楽しい。だからあなたにずっとお礼が言いたかったんだ。ありがとう」

「そう、良かったじゃない」

 セルフィがユウカリンに笑いかける。

 ユウカリンにボロクソ言って泣かした時は、ひやひやしたけど。笑い合う二人を見てたら、なんだかおれの胸が温かい気持ちになった。

 なんとユウカリンの方から連絡先を交換しようと言ってきてくれて、おれはユウカリンと連絡先を交換した。

「よかったら君たちも、わたしたちが参加するコスプレイベント見に来てね。色んなポーズをサービスしちゃうから、わたしたちの写真たくさん撮ってよね」

 おれたちにイベント名と行われる場所と日時を伝えると、三人は去っていった。

「それじゃ、おれたちも行くか」

 おれたちは当初の目的である、ブレイブエナジー溜めを行うため、移動を開始した。

 おれたちは思いつく限りの恥ずかしいことを実践してみた。

 二人して変な動きをしながら歩いた。

 おれが人生初ナンパをした。

 レストランに行き、女性店員が「ご注文をお伺いいたします」と言って「じゃあ、あなたが欲しいです」とオーダーした。

 服屋に行き、おれが試着室で服を脱いでパンツ一丁になってから、セルフィがカーテンを開けた。

 女性用下着売り場に行って、おれが一人で女性用の下着を買ってきた。

 なんか明らかにおれの方が頑張ってる気がするんだけど。

 おれが恥ずかしいことをする度に、セルフィは大口開けて大笑いしていた。

 セルフィがこっちの世界の服が欲しいと言い出して服を買ったり、途中からは普通のデートみたいな感じになった。

 おれたちは夕方になるまで遊んだ。

「あー楽しかった! お腹痛くなるくらい笑ったし、可愛い服も買えたし、超気分良いわ!」

 たくさんの買い物袋を全部持たされているおれの横で、セルフィが満ち足りた笑顔を浮かべた。

 そういえば、と思う。

「おれ、涼子以外の女の子とデートしたの初めてだ」

「はあ!? なに言ってるのよあんた、デートじゃないわよ! 今日のはあくまでブレイブエナジーを溜めに街に繰り出しただけなんだからね。だいたいわたしがあんたみたいなブサイクとデートなんかするわけないでしょ!」

「ああそうですか。勘違いして悪かったな」

「ふんっ。わかればいいのよ。でもほんと今日はパーッと気が晴れたわ。あんたと一緒だと気を使わなくていいから、なんか肩が軽いっていうか、楽だわ」

「だったらイケメンの前で猫被るのやめたらいいじゃねえか」

「それはダメよ。わたしこんな性格でしょ? わたしがどんなに容姿端麗でも、性格がこれじゃあ、イケメンをゲットなんてできっこないわ」

「お前今日大口開けて笑ってたよな」

「それがなによ」

「イケメンの前でもああやって大口開けて笑うのか? それともやっぱり手で口隠したりすんのかよ」

「当たり前じゃない。手で口を隠すか、隠さない時でも大口は開けないわ。それがどうかしたの?」

「大口開けて笑ってた今日のお前の素の笑顔、可愛かったなあと思って」

 セルフィの顔が赤く染まる。

「な!? なによいきなり! 褒めてもなにも出ないわよ!」

「お前が女は言葉が欲しい生き物だって言ったから、言葉にしてみたんじゃねえかよ」

「あっそ!」

「素のきっつい性格のお前にビシッと言われたから、お前の言う通り、涼子に思ってること伝えなきゃなって思って、伝えたんだ。猫被ってる時のお前のあの感じで同じこと言われてたら、おれきっと涼子に伝えようと思わなかったと思うんだ」

「だったらなんだって言うのよ?」

「素のお前も魅力的だって言ってるんだよ」

 セルフィが更に顔を赤くする。

「は、はあ!? なに言ってんのよ」

「だから猫なんか被らずに、ずっとそのままでいたらどうだ? 素のお前の魅力に惹かれるイケメンだっているはずだと思うぞ」

「いないわよ」

「おれはいると思うけどな。ていうかお前の猫の被り方、あからさますぎてなんか変っていうか不自然だぞ」

「それは最近被るようになったばかりだから、慣れてないせいよ。中等生の頃までは、猫を被ると疲れるから、ずっと素の自分で通してた。そのせいでわたしはろくに友達もできなかったわ。勿論恋人もね。素のわたしを好きになってくれる人は一人もいなかったのよ。このままじゃ恋人ができなくて、ラブレイバーになれないと思ったから、今通っているグランベリー勇者高等学院に入学してから、試しに猫を被ってみようと思ったのよ。でもやってみたらやっぱり疲れちゃって。それで今はイケメンの前限定にしてるのよ。猫を被るのをやめた途端、案の定ブ男どもにはすぐに嫌われたわ。ヴァニアス様だって猫を被ってるわたしが好きなのよ。ヴァニアス様の前でも猫被るのやめちゃったら、わたし絶対嫌われるに違いないわ」

 そう断言するセルフィの瞳には、悲しみの色が滲んでいた。

「素のわたしを好きになってくれる人は一人もいなかったって、それは言い過ぎじゃないか? さっきユウカリンにお礼言われてたじゃねえか。さっきのユウカリンはお前に好意的だったぞ」

「新しい友達と楽しくやれるようになったことについて、わたしに感謝してるだけで、別にわたしに好意的になったわけじゃないはずだわ。わたしあの子に言いたい放題言って泣かしちゃったしね」

「涼子はどうなんだよ。涼子はお前のこと別に嫌ってないと思うぞ」

「わたしも涼子に嫌われてるとは思ってないわ。でも好かれてもいないはずよ。それに今は嫌われてなくても、涼子だってその内わたしのことを嫌いになるに決まってるわ」

「お前、自分は嫌われてるっていう被害妄想が激しすぎだと思うぞ。さすがに家族はお前の性格こと、認めてくれてたんじゃないのか?」

「わたしには双子の妹がいるんだけどね。わたしたちは小さい時から二人揃って超絶美少女だったの。そんなわたしたちは小さい時から両親に、美少女コンテストに度々出場させられてたの。させられてたって言っても、別に嫌じゃなかったんだけどね」

 日本ではあまり聞かないけど、小さい子の美少女コンテストはアメリカではよくやってると聞く。ああいうのが向こうの世界にもあるらしい。

「わたしたちはいつも優勝と準優勝を勝ち取って、言わば美少女コンテスト荒しだったわ。コンテストの後は、両親がいつもご馳走を用意してくれて、好きな物をなんでも買ってくれたわ。たくさん褒めてくれたし、わたしはそれが嬉しくて、両親のことが大好きだった。コンテストによるんだけど、ルックスだけじゃなくて、性格も審査されるコンテストがあって、審査員からの質問に答えなきゃいけなくて。わたしの性格をよくわかってた両親は、質問を予想して答えを用意して、わたしに覚えさせたわ。こう言われたらこう言いなさいってね。最初はそれで対処できてたんだけど、両親の予想してなかった質問をされて、わたしは素の自分のまま答えたの。そしたらその時初めて入賞できなかった。それからその情報が広まったのか、別のコンテストに出てもわたしだけ優勝できなくなっちゃったのよ。優勝できなくなったわたしを、両親は酷く怒ったわ。お前の性格が悪いから優勝できないんだ、ジュリアはできるのにどうしてお前はできないんだ、ジュリアと違ってお前は出来損ないだって、性格の良い妹と比べられて、わたしは両親から性格を否定されたわ。両親はわたしに愛情を注いでくれなくなって、わたしに注いでくれてた愛情も全部、コンテストで優勝し続ける妹のジュリアに注ぐようになったの。そしてジュリアもわたしのことを見下すようになっていったわ」

 家族にも否定されて、それで自分は嫌われてるって思い込むようになっていったのか。

「あんたの言う通り、わたしは嫌われてるっていう被害妄想が激しいだけで、優香がわたしに好意的になってくれてたんだとしても、男はそうはいかないわ。男は可愛げのある性格の女と恋人になりたがるものだからね。わたしが恋人を作ろうと思ったら、やっぱり猫を被るしかないのよ」

 おれはそんなセルフィに、今日の感想を伝える。

「おれ、素のお前と今日一日ずっと一緒にいて、めっちゃ楽しかったぞ」

「え?」

 セルフィが顔をこちらに向けた。

「他の奴等はどうだか知らねえけど、少なくともおれは猫被ってるお前よりも、素のお前の方が好きだぞ」

 セルフィの顔が朱に染まる。

「なな、な、なによあんた! 今のわたしの話を聞いて、わたしに同情して優しい言葉なんかかけてくれなくたっていいわよ! それともなに、わたしをからかってるわけ?」

「同情でもないし、からかってもいねえよ。本心を言ったまでだ」

 セルフィの顔が真っ赤になった。

「は、はあ!? ブサイクのくせに、わたしの許可なく本心を吐露するんじゃないわよ!」

「なんでお前の許可が必要なんだよ!」

「うっさい!」

 ふんっ! と鼻を鳴らしてセルフィはそっぽを向いた。

 そんなセルフィの横顔を見ていたら、少しからかってみたくなってきた。

「怒った顔も可愛いぞ」

「あっち行け!」

 取り出した杖を、おれに向けて突き出すセルフィ。

「おいバカやめろ! うぎゃあああ!」

 放たれた風魔法によって、おれは吹き飛ばされたのだった。

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