第19話


 マンガ喫茶のブースの中で、パソコンのキーボードとディスプレイに交互に目をやり、ヴァニアスは文字をタイプしていた。

 セルフィのことを闇雲に探すことを一旦諦めたヴァニアスは、ネット上の掲示板に『セルフィを見たら教えてください』という内容の書き込みをしていた。

 書き込み終わったヴァニアスは、情報が来るのを待つ間、適当にインターネットサーフィンをして時間を潰すことにする。

「ん?」

 なんとはなしにニュースサイトを見ていたヴァニアスの目に、一つのニュース記事が目に留まる。

 ここからそう遠くない場所にある遊泳施設で、水着から陰部をはみ出させた少年が、大きなハンマーを振り回して暴れたという記事だった。その後、プールの中から出てきて宙を飛んだ謎の少女が、少年に向かって杖を突き出すと、なぜかプールの水が拳の形になって、少年はそれに殴られて、どこかへ飛んで行ったらしい。記事には更に続きがあり、その少年のことと関係しているかどうかは不明だが、少年がハンマーをプールサイドに打ち付けている間、なぜか少年の付近にいた客や監視員たちが動けなくなり、プールの中にいた人たちも溺れる事態となったと書いてある。幸い大怪我をした人は一人もおらず、溺れた客も軽傷で済んだらしい。そして溺れた客の一人だった、宙を飛んだ謎の少女は、自分が溺れたにも関らず、他の客を救助して、助けた人たちから感謝されたお手柄少女とも書いてあった。その謎の少女にインタビューした記事が併せて掲載されていた。記事の文章の横に、少女にインタビューした時に撮影された画像が貼付されている。

 それを見たヴァニアスが目を瞠った。

「セルフィ!」

 セルフィと名乗った少女が言うには、宙を飛んだのは手品で、タネは明かせないとのこと。少年のことは知らないし、水が拳になって少年を殴り飛ばしたことについてもわからないと答えたらしい。

 ヴァニアスは記事に書いてあった遊泳施設の名称と住所を記憶すると、マンガ喫茶を飛び出した。


 ヴァニアスは遊泳施設の職員に、インタビューを受けたセルフィがどの方向に向かって帰って行ったのかを聞いた。そして、その方向に向かいながら聞き込みをしていた。

 通行人のカップルに声をかける。

「すみません。ニュースになっていたセルフィという名の赤髪の美少女を見ませんでしたか?」

 ヴァニアスを見た瞬間、カップルの彼女がヴァニアスに一目惚れする。そしてヴァニアスの腕に抱きつく。

「今からわたしと遊びに行きましょ!」

「おい、お前の彼氏はおれだぞ!」


 セルフィを見たという目撃情報を得たヴァニアスは、その近辺の家々を、しらみつぶしに訪ねて周った。

 ピンポーン。

「はーい!」

 玄関の扉を押して出てきた三歳くらいの女の子が、ヴァニアスを見上げた瞬間、両手を胸の前で組む。

「王子様がわたちを迎えに来てくれたんだ! 王子様、わたちと結婚ちて!」


 ピンポーン。

 玄関の扉から出てきた老婆の胸がときめいた。

「独身を貫いて、長年待った甲斐があったわ! やっと迎えに来てくれたんじゃね王子様!」


 ピンポーン。

 玄関の扉から出てきた女子高生が、ヴァニアスと目を合わせた瞬間に卒倒する。

「素敵!」

 倒れた女子高生の体を支えながら、ヴァニアスは空に向かって叫んだ。

「どこにいるんだセルフィ!」


「ヴァニアス先輩? ……いないのか」

 キロードはマンガ喫茶に戻ってきていた。

 店内を見回すが、ヴァニアスの姿はなかった。

 自分のブースの中に入ったキロードは、ブレイブウォッチを操作して、ハイリンクミラーを取り出した。するとミラーの部分が光を放っていた。それはルオーネから連絡が来ていることを示していた。

 またしても作戦を失敗してしまったことについて、怒られるのが嫌で、キロードはルオーネからの連絡に出るかどうか躊躇した。

 嫌なことから逃げるように、キロードはハイリンクミラーを仕舞った。ルオーネと話すことを後回しにしたキロードは、ブースの中のパソコンを起動させた。そしてウェブブラウザを起ち上げる。

 キロードは悩み相談サイトに、自分とルオーネとの関係についての悩みを、事前に書き込んで投稿していた。その回答が書き込まれているんじゃないかと思い、確認する。

 するとキロードの悩みに対して、複数の回答が寄せられていた。読んでみると、その全部が『あなたは絶対に利用されているだけ』『騙されている』『その女はやめといた方がいい』という内容の回答だった。

 キロードは頭を抱えた。

「さっきプールで、はみチンになる前なのに、おれっちを見て醜い体とかブタとかってみんな笑ってたし、やっぱりこんなおれっちのことを好きになってくれる女の子なんているはずないんだ! うぅ……!」

 狭いブースの中で、キロードはさめざめと泣いた。

 そしてキロードは、完全にルオーネと話す気がなくなった。

 一頻り泣いた後、キロードは特にすることもなかったので、マンガでも読もうと思い立ち、マンガが置いてある本棚と本棚の間をうろついて、本棚に並ぶたくさんのマンガを眺めて周った。

 書架に並ぶマンガのほとんどが、こちらに背表紙を向けた状態で置かれている。しかし人気のある作品の一巻は、表紙をこちらに向けた状態で置かれていた。

 こちらに表紙を向けている作品の一つにキロードの目が留まる。

『モンスター娘だって恋がしたい!』というタイトルのその漫画の表紙には、冴えない見た目の主人公らしき男が、複数の美少女たちに抱きつかれている絵が描かれていた。

 ――なんでこんな冴えない容姿をした男が、たくさんの美少女たちに抱きつかれているんだろう?

 気になったキロードは、そのマンガを手に取った。

 ブースに戻ってそのマンガを読んでみると、それはハーレム系ラブコメのマンガだった。

 冴えない見た目をしている主人公ファレルの前に、次々と現れる半獣半人の美少女ヒロインたち。そしてそのヒロインたちは例外なくファレルのことを好きになっていく、というストーリーだった。

 女の子からモテたことがないキロードにとって、自分がいつも妄想の世界で思い描いている、理想そのものが描いてあるような内容のマンガだった。

 読み始めてすぐにこのマンガにハマったキロードは、一巻から現在出ている最新刊まで、夢中になって読み続けたのだった。

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