第17話
「そちらから連絡をしてこないばかりか、こちらが何度も連絡差し上げているのに、どうして今まで出ませんでしたの!?」
マンガ喫茶のトイレの個室の中に、ルオーネの怒声が響いていた。
キロードが手に持っている、手鏡型のマジックアイテム、ハイリンクミラーの鏡の中に、眉を吊り上げたルオーネの姿が映し出されていた。
アンドリア国で広く普及しているマジックアイテム、クオンの中でしか通信できない、額縁が銀色のリンクミラーと違い、額縁が金色のハイリンクミラーは、異世界間での通信も可能だ。しかしハイリンクミラーはリンクミラーに比べてはるかに高額で、アンドリア国の庶民には手が出せない代物だった。故に基本的には金持ちしか持っていない。
今キロードが持っているハイリンクミラーは、学院長の娘、つまり家が裕福なルオーネから貸し渡された物だ。
キロードが鏡に向かって頭を下げる。
「申し訳ありません。今ヴァニアス先輩と一緒に行動してまして、なかなか出る隙がなくて……」
隙はいくらでもあった。実際のところは、異世界に向かってすぐにセルフィを殺すという作戦失敗について、ルオーネに叱られることを嫌ったことと、ルオーネに疑念を抱いてしまった故に、連絡を取ることを躊躇していたのだ。
「あなた、あっさりやられすぎですわ!」
ルオーネはハイリンクミラーを使って、セルフィとキロードの戦闘を見ていた。
ハイリンクミラーの欠片という、小さなマジックアイテムを設置すると、ハイリンクミラーの鏡越しに、その周囲の様子を遠くから見ることが可能になる。
実はキロードがセルフィをビッキーの中に突き飛ばした時、キロードは突き飛ばすと同時に、セルフィの背中の赤いマントにハイリンクミラーの欠片を付けていたのだ。
「あいつ思ってたより強くて、それで負けてしまいました」
「なにやってるんですの!? しっかりしてくださいまし! セルフィにブレイブエナジーを溜められたら、ビッキーでこちらに帰って来られてしまうんですのよ!」
「申し訳ありません。ヴァニアス先輩とは合流させてませんので、その点は安心してください」
ルオーネは鼻を鳴らした。
「セルフィは今、異世界人と共に大衆が利用する遊泳施設に向かっているところですわ。今すぐそこに行って、裸になってブレイブエナジーを溜めて、セルフィを殺してくださいまし」
「え、大勢の前で裸にですか? おれっち全身がコンプレックスだから、それはさすがにできないです」
「だまらっしゃいな! なんのためにあなたをそっちに送り込んだと思ってるんですの!? できなかったらあなたとは恋人になってあげなくってよ!」
「そのことなんですけど、目的を果たしたら、本当におれっちなんかと付き合ってくれるんですか?」
「わたくしが嘘をついているとでも言いたいんですの? あなたもしつこいですわね。それについては前にもお話ししたじゃありませんの。セルフィを殺してくれたら、わたくしはあなたの恋人になって、なんでもして差し上げますわよ」
「そ、そうですか。それを聞いて安心しました」
「わかったらさっさと憎きセルフィを殺しに行ってくださいまし。わたくし、しつこい殿方は嫌いでしてよ」
「疑って申し訳ありませんでした。今すぐ行ってきます」
夏休み初日。おれたち三人は家からわりと近くにある遊泳施設に来ていた。
裸に近い水着になれば、ブレイブエナジーが溜められると考えたからだ。
ここには流れるプール、ウォータースライダー、子供用の水深が浅いプールなど色々あって、家族で楽しめる施設となっていた。
水着に着替え終えたおれは、更衣室の前で二人を待っていた。
「お待たせ!」
声に振り返ると、水着に着替えた涼子がそこにいた。
涼子の水着は水色のセパレートタイプの水着だった。
涼子が両手を広げる。
「わたしの水着姿どう?」
「似合ってると思う」
「それだけ?」
「それだけって、他になにがあるんだよ」
「もっと色々褒め方があるでしょって言ってるの」
「そう言われてもなあ……」
おれの語彙では他の言葉はなにも出てこなかった。
「折角水着姿になってるんだから、もっとちゃんと褒めてよね! もうっ!」
褒めたのに、怒らせてしまった。
おれがそういうの下手だって知ってるくせに、おれにうまい褒め方を要求するなよな。
「ごめんなさい。待たせたわね」
続いてセルフィが出てきた。
オレンジのビキニを着たセルフィの姿は、神々しくすらあった。
長い足に、豊満な胸。雪のような白い肌のほとんどが露わになっている。
おれの顔が思わず熱くなる。
「本当だったら、あんたみたいなブサイクが、このわたしの水着姿を拝めることなんて一生に一回たりとも有り得ないんだからね。それを特別に見せてあげてるんだから、さっさと地に額を擦りつけて崇めなさいよ」
何様なんだよこいつは! なんで顔がブサイクなだけでそこまで言われなくちゃいけないんだよ!
「おれにパンツ見られて泣いてたくせに、水着は平気なんだな」
「下着は下着。水着は水着よ。水着は見せる物なんだから、見られて嫌な気にはならないわ」
そういうもんかね。
おれがセルフィと会話を交わしていた短い間に、周囲の男たちの視線が全部セルフィに集まっていた。
それに気づいたセルフィが「わたしを見なさい」と言わんばかりに赤いロングヘアーをかきあげる。たったそれだけで、周囲の男たちから感嘆の声が漏れ出る。
セルフィがブレイブウォッチに目を落とす。
「あーあ。折角暑い中、水着まで買ってプールに来たって言うのに、ちっともブレイブエナジーが溜まらないわ」
「水着姿を見られても、少しも恥ずかしくないってことか?」
「ええ。わたし自分の体に絶対的な自信を持ってるから、優越感しか感じないみたい。だからあんたがブレイブウォッチを着けなさい。あんたはわたしと違って、その貧相な半裸を晒して、さぞかし恥ずかしい思いをしてるんでしょ?」
「それが人に物を頼む時の態度かよ!」
「ほら、ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと着けなさいよ」
セルフィがブレイブウォッチをおれに手渡してくる。
「じゃあ、わたしたちは適当に遊んでくるから。後はよろしくね」
そう言い残すと、セルフィは涼子と二人で行ってしまった。
おれは溜息を一つ吐くと、仕方なくブレイブウォッチを装着した。それから適当にぶらついてみる。
最初こそブレイブエナジーが少し溜まったけど、周囲にいる人たちもみんな水着だし、おれも段々水着でいることに慣れてきて、すぐにちっとも溜まらなくなってしまった。
こうなったら折角来たんだし、おれも適当に遊ぼうかと思っていたら、涼子がこっちに向かってやって来た。
「悠人!」
涼子は一人だった。
「セルフィは?」
「ウォータースライダーが気に入っちゃったみたいで、もう少し滑ってくるって」
もしかしたらクオンとかいうセルフィの故郷の異世界には、ウォータースライダーがないのかもしれないな。
「あ、明美だ」
涼子が知り合いを見つけたらしく、大きな声で呼ぶ。
「おーい明美!」
おれたちと同い年くらいの女の子が、涼子の声に気づいて、こっちにやって来る。
「涼子も来てたんだ」
明美と呼ばれたその子は、手にたくさんの飲み物を持っていた。
「うん。明美も誰かと一緒に遊びに来たの?」
「そうだよ」
一緒に遊びに来た人数分の飲み物を買ってきて、友達のところに戻るとこなんだろう。
涼子がおれたちを紹介する。
「明美だよ。で、こっちが悠人」
おれたちは目を合わせて会釈した。
あれ? この子どこかで見たような……。
「「あ!」」
おれと明美さんは同時に声を上げていた。
き、昨日のコンビニ店員じゃねえか! もう二度と会うことはないって思ってたのに! まさか次の日に会うなんて最悪だあ!
二人して気まずい表情になってしまう。
そんなおれたちを交互に見て、涼子が不思議そうな顔をする。
「どうしたの?」
「悠人君って、涼子がいつも言ってる幼馴染の同級生?」
「そうだよ」
「未成年だったんだ」
姑息にもブサイクな老け顔を利用してエロ本を買ったことがバレちまったよ! 絶対エロエロ最低男だって思われてるに違いねえ!
おれの脳裏に、昨日の人生最大の恥を晒した時の光景が蘇る。
うおおおおお! 誰かなかったことにしてくれ!
おれは身を捩って悶え苦しむ。
「なにしてんの?」
明美さんが、はっ! とした顔になり、両腕で自分の体を隠した。そしてそのまま涼子の背中に隠れる。
昨日エロ本を買った男のことだから、自分の水着姿をエロい目で見てると思われてる!
誰かおれの頬にパンチして、アニメみたいにキラーン! って遠くまでぶっとばしてくれ!
「え、なに。もしかして知り合いだった? どこで知り合ったの?」
「頼むから、それ以上は訊かないでくれぇ!」
おれは堪らずダッシュで逃げ出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます