第15話


 授業と授業の間の短い休み時間。

 おれと孝太はクラスのオタク友達に、昨日行ったコスプレイベントで、おれたちが撮影した写真を見せて自慢していた。

「ほらこれすげえだろ。こっち向いてって言ったら、ユウカリンがおれの方を向いてくれたんだぜ」 

 とどめとばかりにユウカリンの写真を見せると、友達たちが感嘆の声を上げた。

「くそう! 羨ましいなおい! 部活の練習がなけりゃおれも行けたのになー!」

 オタク友達たちから羨ましがられ、おれは鼻高々な気分だった。

 そんなおれの視線の先に、クラスのイケてるグループというか、中心的グループと呼べばいいのか、とにかくクラスの中のヒエラルキーでトップに君臨しているグループの奴等がいた。

 その中の一人の男子が、夏だというのに、こっちを見ながら寒そうに両腕を擦る仕草をしていた。それを見た他の奴等が、おれたちに視線を注ぎながら大口開けて嘲笑した。

 おれたちのクラスで言えば、おれや孝太が属するオタクグループと、いつも教室の隅っこでこそこそオタク話をしているオタク女子グループは、中心的グループの奴等に蔑まれていた。

 こんなことはいつものことなので、おれは気にせず、みんなに写真を見せてコスプレ話に花を咲かせた。

 おれたちが大いに盛り上がっていると、なにやら廊下の方から喧騒が聞こえてきた。

 そちらに視線を向けて見ると、教室の入り口に、大勢の男子生徒を侍らせたセルフィが現れた。

「セルフィ!?」

 おれが驚いていると、男子生徒の一人がおれに向かって、ウェイターのように恭しく手を差し出しながら口を開いた。

「長谷川悠人はあちらでございます。セルフィ様」

「案内ご苦労様。褒めてつかわすわ」

「わたくしめには、もったいなきお言葉、恐縮でございます」

 セルフィに褒められた男子生徒が片膝を床につき、セルフィに向かって頭を垂れた。

「悠人!」

 おれが呆気に取られて見ていると、セルフィが大きな声でおれの名を呼んだ。

 教室にいたクラスメイト全員の視線がセルフィに集中する。そしていきなり現れた、奇抜なファッションの絶世の美少女に、教室中が騒然となった。呼ばれたおれまでみんなの注目を浴びてしまう。

 おれは慌てて教室の入り口まで向かう。

「どうしたんだよ。ヴァニアスって奴を探しに行ったんじゃなかったのか?」

「一区切りつけて、一旦あんたの家に戻ったら、台所にこれが置いてあったから、持ってきてあげたのよ」

 侍らせている男子の一人に持たせていた弁当箱を、セルフィが男子から受け取った。そしてそれをおれに差し出す。

 それは涼子お手製の弁当だった。

 いつもだったら毎朝、涼子は作った弁当をおれに手渡してくれる。でも今日はおれが涼子を怒らせて、涼子が家を飛び出して行ったから、渡されていなかった。だからキッチンに置きっぱなしにしたまま、おれは学校に来てしまっていたらしい。おれは今朝涼子に偉そうなこと言ったけど、いつも涼子に甘えていたせいで忘れてしまったんだ。

「サンキュな」

 セルフィの手から弁当を受け取る。

「居候させてもらってる身だからね。これくらいするわよ」

 弁当を受け取るおれの手に、写真が握られていることにセルフィが気づく。

「それなに?」

 おれはセルフィに写真を手渡した。

「コスプレ写真だよ。昨日お前と会う前に行ってたコスプレイベントで、おれが撮ったんだ」

 セルフィが写真に目を落とす。

「あんたニジゲンの女の子にしか興味ないって言ってたのに、本当は普通の女の子に興味あるんじゃない」

「コスプレって言うのは二次元のキャラと同じ格好をすることなんだ。だからおれはコスプレイヤーが好きなわけじゃないんだ。そこは勘違いしないで欲しいな。おれはコスプレイヤーを見ても二次元のキャラがそこにいるっていう風にしか思わないんだ。だからおれが好きなのはあくまで二次元のキャラなんだよ。オタクじゃない奴に言ってもわかんないかもしんないけど、そういうことなんだ」

「よくわからなかったけど、学校にこの写真を持ってきてなにしてたのよ。学校って勉強するところでしょ?」

「昨日用事があったりして、コスプレイベントに行けなかった奴らに見せてたんだよ」

 セルフィが教室の中を見回す。

 教室の中にはクラスメイトの男子生徒と女子生徒がたくさんいる。依然みんなは興味津々な目をおれたちに向けていた。

「周りにこれだけ女子生徒がいる中で、女の子のこんな写真を見て騒いでたっていうの? 気持ち悪い!」

 セルフィが汚い物を捨てるようにして、おれに向かって写真をぞんざいに投げつける。

「おい、なにすんだよ!」

 数枚あった写真の全部をキャッチしきれず、何枚かが廊下に落下した。

 通りかかった三人組の女子の内の一人が、写真を拾う。

「なにこれコスプレってやつ?」

 拾った女子が蔑んだ目でおれのことを見る。それからコスプレ衣装みたいな服装のセルフィを見て驚く。

 オタク差別に慣れてるとはいえ、おれの心は少し傷ついた。

 別の女子が写真を覗きこむ。

「あれ、これ優香じゃない?」

「あ、ほんとだ優香じゃん」

 写真を拾った女子も同調する。そして写真を見ていた二人が、もう一人の女子に顔を向ける。

「え、これなに? 優香なにやってんの?」

 今おれが持っていたのは全部ユウカリンの写真だ。ということは、もしかしてこの子がユウカリン!? 

 おれは優香と呼ばれた女子生徒をよおく見てみる。

 黒髪セミロングで、赤いフレームの眼鏡をかけている。地味な見た目だけど、よく見るとかなりの美少女だ。暫く見ていると、優香というこの女子生徒のことが、段々とユウカリンに見えてきた。背の高さ、胸の大きさ、右目の下に泣きぼくろがあるところもユウカリンと一緒だ。

 ユウカリンって、普段はこんな感じなんだ。コスプレしてる時とだいぶイメージが違って見える。同じ学校にいたのに今まで気づかなかった一番の原因は髪型だな。コスプレしてる時はカラフルで奇抜な髪型のウィッグを着用してるから、今とかなり受ける印象が違うんだ。

 おれは今の今まで気づかなかったけど、さすがに一緒にいることが多い友達は一瞬で見抜いたらしい。

 まさかあのユウカリンが同じ学校にいたなんて、驚きだった。

 困った顔になったユウカリンが否定する。

「二人ともなに言ってんの? これわたしじゃないよ」

 でも友達の目はやっぱり誤魔化せないらしい。

「どう見ても優香じゃんか」

「優香ってこういうことするオタクだったんだ。ショックだわ」

「うん、わたしもやだ」

 二人に蔑んだ目で見つめられ、ユウカリンが俯く。

 その場に気まずい沈黙が降りる。

 ユウカリンを見つめていた女子生徒が口を開いた。

「優香とはこれから距離を取ることにするから」

「もう、あたしたちに話しかけてこないでね。それじゃ」

 二人は立ち去っていった。

 そのまま暫く動かなかったユウカリンが、いきなりおれに詰め寄ってきた。

「ちょっと、どうしてくれるのよ! 友達失くしちゃったじゃない! なんで学校に写真持ってきたのよ!」

「ご、ごめんユウカリン……」

 ユウカリンの剣幕に、おれは思わず謝る。

「学校の中でその名前で呼ばないでよ!」

「ごめん!」

 再び謝るおれの横から、セルフィが口を挟む。

「あんたが謝る必要なんてないわ」

 おれとユウカリンが同時に顔を向ける。セルフィは腕を組んでユウカリンの瞳を見つめていた。

「よく知らないけど、写真に写ってるあんたが全部笑顔なところを見るに、コスプレイベントって他人から、この写真っていうやつを取られるイベントなんじゃないの?」

 セルフィがおれに目を向けて確認してくる。

 おれはこくこく首肯する。

「他人から写真を撮られることがわかってて行ったんでしょ。だったら悠人が撮った写真を、悠人がどうしようと悠人の自由じゃない。あんたが文句を言うのはお門違いなのよ」

「そうだね。怒ったりしてごめんなさい」

 冷静さを取り戻したユウカリンが、おれに頭を下げた。

「だいたい、あんた友達失ってなんかないわよ。あの二人は元々友達じゃなかったんだから」

「なに言ってるの? 真子と久美は友達だった」

「どこがよ。あの二人、あんたがオタクだってわかった瞬間に、あんたと縁を切ったのよ。上辺だけの友情ごっこだったってことよ」

「そんなことない! わたしたち三人はいつも一緒に行動してたし、放課後に遊んだりもしたもん!」

「あんたもあんたよ。コスプレしてることを、あの二人に黙ってたんでしょ? あんたは自分がコスプレしてることがバレたら、あの二人に嫌われるってわかってた。悠人が今日写真を持ってこなかったとしても、いつかバレて同じことになってたはずよ」

「オタクだと思われて、みんなから軽蔑されるなんて、そんなの嫌だよ!」

「オタクだと思われたくなくても、あんたはオタクなんだから、オタクの自分を認めなさいよ! そこは悠人を見習ってもいいと思うわ。周りにたくさん女子生徒がいる中で、こんな写真を見て喜んでる悠人のことは、正直言ってわたしも気持ち悪いけど、オタクを隠さず堂々としてる悠人の方が、隠れてビクビクしてるあんたよりもよっぽどましよ」

「隠しごとしてなにが悪いっていうの? 誰だって友達に隠しごとの一つや二つしてるじゃない!」

「ずっと隠し通せたとしても、自分を偽ってあの二人と付き合うことに疲れて、その内あんたの方から縁を切ることになってたと思うわ。どっちみち長続きするはずなかったのよ。縁を切られたのは、こんな薄っぺらい友達付き合いをしてたあんたが悪いの」

「どうして君にそこまで言われなくちゃいけないの!? 君には関係ないことでしょ!? ほっといてよ!」

 零れ出した涙によって、ユウカリンの頬に線が引かれる。

「おい言いすぎだろ! お前はもう帰れよ!」

 おれは慌ててセルフィの背中をぐいぐい押して歩かせる。

 セルフィは悪びれた様子もなく、鼻を鳴らす。

「ふんっ。帰ればいいんでしょ帰れば。なによ、折角お弁当持ってきてあげたのに」

 お前がユウカリンを泣かすからだろうが!

 なんでおれこんな奴に家の鍵渡したんだろ。

 おれはセルフィの背中を押しながら、心の中で盛大に溜息を吐いた。

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