第14話
おれが学校に向かう道中に、セルフィがついて来ることになった。
「一晩だけって言ったんだから、今日からは別の宿を見つけろよ」
「わかってるわよ。とりあえず行くあてないから、あんたの学校まで一緒に行って、そこでお別れしましょう」
セルフィと共に登校していると、後ろから声をかけられた。
「おーい悠人、おはよう」
振り向くと片手を上げた孝太が、こちらに向かって走ってきていた。
おれの横に並んだ孝太にあいさつを返すと、孝太がおれの隣を歩いているセルフィに目を向けた。
「その子誰?」
異世界とか魔法とかのことを全部説明しても、わかってもらえるわけないので、適当に誤魔化すことにする。
「えっと、知り合いの子で、セルフィって言うんだ」
「こんなに可愛いコスプレイヤーの知り合いがいるなんて聞いてねえぞ。なんで今まで黙ってたんだよ」
「おれの友達の孝太だ」
セルフィに孝太を紹介した瞬間、セルフィが豹変した。
「まあ、素敵な響きのお名前ですね。はじめまして。わたしセルフィと言います」
孝太に向かって微笑みながら、綺麗にお辞儀をしてみせるセルフィ。
なんなんだこいつ! おれに対する時と態度が違いすぎだろ! どういうことだよ! なんでこうも違うんだ! 納得できねえ!
「あ、どうも。宮野孝太です」
なぜか清楚モードになった超絶美少女であるセルフィに可愛く笑いかけられた孝太が赤面する。
セルフィがおれに顔を寄せてくる。そして孝太に聞こえないように小声で問うてくる。
「(ちょっと! なんであんたみたいなブサイクに、こんなイケメンの友達がいるのよ。まあ、ヴァニアス様には遠く及ばないけど。早く言いなさいよね! 危うく素であんたと喋ってるところを見られるとこだったじゃない!)」
友達に顔関係ねえだろ!
眉を吊り上げておれに抗議していたはずのセルフィが、次の瞬間には綺麗な笑顔を浮かべていた。
「悠人さんとは昨日知り合って、そのまま昨日はお家に泊めていただいたんです。こんなに親切な方とお友達だなんて、孝太さんが羨ましいです」
「泊めただって!?」
孝太が驚愕に目を瞠る。
おれは慌てて言い訳する。
「涼子も一緒に泊まったから、変なことはなにもない!」
しかしおれの言い訳は逆効果だったらしい。
「野崎さんとまでだと……! 美少女二人と一つ屋根の下で寝食を共にしたっていうのか! このリア充が! 爆発しろ!」
「お前彼女いるじゃねえか! リア充はお前の方だろ!」
「孝太さんには恋人がいらっしゃるんですか?」
「うん、一応」
「まあ! 二人の馴れ初めを聞かせてください。わたし恋の話が好きなんです。どちらから告白されたんですか?」
セルフィの目が輝く。本当に恋愛話が好きみたいだな。
「告白はおれの方からしたんだ」
「なんて言ったんですか?」
「いや、それはちょっと」
孝太が照れて口を噤む。
「孝太さんの恋人ってどんな方なんですか? 孝太さんとお付き合いされている方だから、きっと素敵な方なんでしょうね」
「うん、いい子だよ。でもおれたち、別れようかと思ってて」
セルフィが片手を口元に当てて、驚きを表現する。
「まあ、そうなんですか!?」
おれの前ではその仕草絶対しないよな! 素のお前を知ってる分、わざとらしく見えて腹立つわそれ!
三人で歩いていると、曲がり角から逸見さんが歩いてきた。
孝太と目が合うと、二人は気まずい顔になった。でも向かう先は同じだから、あいさつを交わした後、微妙な空気を纏ったまま、四人で歩いていくおれたち。
その微妙な空気を感じ取ったセルフィが、おれに顔を寄せてきた。
「(ねえ、あの二人なんでああなってるわけ?)」
おれも孝太と逸見さんに聞こえないように小声になって言う。
あれが今話していた孝太の彼女の逸見さんだということ。逸見さんがピアニストになりたいという昔からの夢を叶えるために、音楽大学に行きたいからピアノの練習を頑張りたいという理由で、孝太に別れ話を持ちかけてきたこと。逸見さんの夢の邪魔をしたくない孝太は、それを受け入れようと思っているということを、かいつまんでセルフィに説明した。
おれの話を聞き終えたセルフィが、蔑んだ目になり孝太に言い放った。
「はあ!? なにそれ。ちょっと孝太。あんた顔は良いけど、ただのへタレじゃない」
おれたちの前を歩いていた孝太が、驚いて振り向いた。そしてまじまじとセルフィを見つめる。
「なにが彼女の負担になりたくないよ。別れたくなくてあがく格好悪い姿を彼女に見られたくないだけじゃない」
「セルフィ、さん?」
セルフィの豹変振りに戸惑う孝太が、助けを求めておれに視線を送ってくる。
「おいやめろよ。お前には関係ない話なんだから」
「あんたは黙ってて。いいこと孝太、よく聞きなさい。あんたはただ単に彼女とケンカする勇気がないだけのヘタレよ」
「なんでいきなりそんなこと言われなきゃいけないんだよ。おい悠人、こいつなんなんだよ!」
「ごめん孝太。おいセルフィやめろって!」
セルフィはおれの静止を無視して、孝太に言い募る。
「ケンカして気まずい思いをしたくないだけなんでしょ? くだらない男ね」
「なんだと!?」
セルフィの瞳が孝太から逸見さんに向く。
「あんたもあんたよ。恋と夢を両立させる努力もせずに別れるわけ?」
「努力してみたけど、無理だったから別れようとしてるんじゃない!」
「でもピアニストになるための努力はこれからも続けるんでしょ? 自分の力量もわからずにとりあえず付き合ってみて、両立できなかったら簡単にフルの? 自分勝手な女ね。告白されたことが嬉しくて、浮かれて大して好きでもない男と付き合うからこうなるのよ」
「違う! 本当に好きだった!」
「だったらもっと努力しなさいよ。そうすれば両立できるかもしれないじゃない」
「あなたにわたしの気持ちのなにがわかるって言うのよ!」
「お前いい加減にしろよ!」
おれは見かねてセルフィの腕を掴んで走り出す。
「ちょっと、なにするのよ!」
孝太と逸見さんからかなり離れたところまで来てから、おれは手を離した。
「痛いじゃない!」
セルフィがおれが掴んでいた部分をさする。
「お前なんであんなこと言ったんだよ!」
「あの二人の話聞いてたらムカムカしてきたからよ」
こいつの言動がおれには全く理解できない。でももうそんなことはどうでもいい。おれたちはもう二度と会わないんだから。
「ああそうかよ。ほらもう、お前はさっさと、どこへでも好きなとこに行けよ!」
おれは乱暴にセルフィの背中を押しながら言った。
「わかったわよ。押さなくても行くわよ」
おれに押されたセルフィが立ち止まって振り返る。
「宿と食事を提供してくれたことは感謝してるわ。ありがとう。それじゃ、さようなら」
セルフィが踵を返し、歩き去っていく。
ふう。これで面倒な奴とおさらばできて、せいせいした気分になる。
行くあてがないと言っていた、歩き去っていくセルフィの後ろ姿が、ふいに過去の自分の姿と重なる。
離婚を考え始めてから、父さんと母さんはおれと綾をどっちが引き取るのかで揉めた。父さんも母さんもおれたちのことを引き取りたくなくて、毎日毎日家の中で怒鳴りあっていた。おれはそんな家の中にいたくなくて、家を飛び出してあてもなく街の中を徘徊した。
だからおれには、セルフィが迷いなく歩いているように見えて、実は心の中では寂しい想いをしていることがわかった。いきなり異世界に飛ばされて、頼る人もいない中を彷徨い歩く。ヴァニアスとかいう奴にうまく会えればいいけれど、会えるまでの間、どれだけ心細いことだろう。
「セルフィ!」
おれは思わず声をかけていた。
立ち止まって振り返るセルフィに駆け寄る。
鞄の中から家の鍵を取り出し、差し出す。
「ほら、家の鍵だ」
「え、どうして?」
「行くあてないんだろ。持っとけよ」
おれは押し付けるようにして鍵を渡した。
「ありがとう」
おれが学校に向かって歩き出すと、特に行くあてのないセルフィもついてきた。
「さっき孝太の前では態度が激変してたけど、もしかしてイケメンの前だとああなるのか?」
「ええそうよ。孝太は性格がヘタレだってわかったから、途中で猫被るのやめたけどね」
セルフィは悪びれる様子もなく、しれっと答えた。
「お前の彼氏のヴァニアスって奴は、孝太よりも格好良いんだろ? だったらヴァニアスって奴の前でもさっきみたいに猫被ってるのか?」
「当たり前じゃない」
「本性隠してるってわけか」
「悪い?」
「そんなことしてて疲れないのかよ」
「なに言ってんのよ。恋愛は騙しあいじゃない。お化粧して少しでも綺麗に見えるようにして、意中の男子の前では可愛らしく振る舞う。女だったらみんなやってることよ。男だってどうせ女の前では格好つけてるんでしょ? わたしは普通の恋愛をしてるだけよ。本当の自分をバカ正直にさらけ出して勝負して、他の女に意中の男を取られたら目も当てられないわ」
「まあお前の言う通りだとおれも思うよ。でもそうやって被ってる仮面が剥がれ落ちた時、人は醜くなる。あんな風になるくらいなら、おれはリアルでの恋愛は絶対にしない」
「あんた昔なんかあったの?」
「おれの両親、三年前に離婚してるんだ。原因は母さんの浮気だ。浮気相手と再婚して、今までの生活をリセットしたい母さんと、昔から子育てを母さんに任せっきりにしてた子育てに興味がないというか、面倒だと思ってるっぽい父さんとで、おれとおれの妹を、どっちとも引き取りたくなくて、毎日大声で怒鳴りあってお互いに押し付けあってた。恋愛結婚した二人が、最終的にあんな醜い言い争いをしてるところを毎日見てたから、おれは三次元での恋なんて絶対にしないって決めたんだ。でもおれも年頃だからな、恋に対する憧れはやっぱり残ってた。だからおれは、自分を裏切ることのない、二次元の女の子たちに恋をするようになったんだ」
結局おれは父さんに引き取られることになったわけだけど。昔から子供に興味がない父さんは、二人暮しになっても相変わらずおれに無関心だった。その代わり、友達が羨ましがるくらいたくさんの小遣いを毎月くれた。
父さんが単身赴任することになり、おれは一人暮らしをしたいと父さんに言った。友達と離れ離れになるのが嫌だったし、おれのことを疎ましく思っている父さんと一緒にいたくなかったからだ。その時、案の定というか、父さんは大した反対をしなかった。邪魔なおれと一緒に暮らすより、お互いばらばらに生活した方が、おれと父さんは楽なのだ。おれの一人暮らしを後押しするように、隣に住んでいるしっかり者の涼子がおれの世話をすると言い出し、おれは現在一人暮らしをしているというわけだった。
今おれは父さんの仕送りで生活しているわけだけど、その仕送り額は小遣いの時同様で多めだ。それは勿論、父さんが仕事のできる人で、給料が多いからというのもあるけれど、子育てはしない分、金はやるから後は自分で好きにしろっていう父さんの意志表示なんじゃないかと、おれは勝手に解釈している。食事を与えなかったり、暴力を振るったりして子供を虐待する親のニュースをテレビで見ていると、まともに子育てしないけど、お金はくれる父さんは、そんなに悪い親ではないんだと思えた。
おれは父さんからの多めの仕送りによって、ゲームやらフィギュアなどを買うことができているのだった。
「そういうわけがあったのね。あれだけ世話を焼いてもらっといて、涼子のことは好きにはならないわけ? 涼子いい子じゃない」
「涼子は腐れ縁って感じだからな。多分これからも好きにはならないと思う」
「あーあ。報われない涼子が可哀想ね」
「は? なんであいつが可哀想なんだよ」
「あんたそれ本気で言ってんの?」
「なにがだよ?」
「好きでもない男にあんなに世話焼くわけないじゃない」
「おれの家庭の事情を全部知ってるあいつは、ただおれを心配して世話を焼いてくれてるだけだ。それにあいつがおれの世話するのは、あいつの兄貴のことが関係してるんだよ」
「涼子ってお兄さんいるの? それとあんたの世話をすることと、どう関係があるのよ」
他人の家庭の事情を、おれが軽々しく勝手に言うべきじゃない。
「お前には関係ないことだよ」
「あっそ」
おれがそう言うと、セルフィはそれ以上訊いてはこなかった。
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