第13話


 キロードが目を覚ますと、既にヴァニアスは起床していて、狭いブースの中でマンガを読んでいた。

「おはようございます」

 ヴァニアスがマンガから目を離し、キロードに笑顔を向ける。

「ああ、おはよう」

 キロードが体を起こす。

「マンガを読んでたんですか」

「ああ。今この時も、セルフィが見知らぬ地で途方に暮れて、泣いているんじゃないかと思うと、ほとんど眠れなくてね。気を紛らわすために読んでいたんだ」

「それ面白いんですか?」

「うーん。今読んでたこれは納得がいかない部分があって、感情移入できなくてね。こんな酷いことをする女性が世の中にいるはずがないのに」

「はあ、それってどんな女性なんですか?」

「自分に好意を抱いている男を、利用したいだけ利用しておいて、最後にはゴミのように捨てるんだ。有り得ないだろう?」

「え、ちょっと見せてください」

 キロードがヴァニアスからマンガを受け取る。

 ちょうど今ヴァニアスが読んでいたページには、利用されていた男が、自分がいいように利用されていただけだったことに気づいて絶望しているシーンが描かれていた。

 もしかしたら、やはり自分もルオーネに利用されているんじゃないだろうか。キロードは疑念を抱いた。

「そろそろ日が昇って、人々が動き出す時間だ。朝食をとったらセルフィを探しに行こう」

「は、はい……」

 ヴァニアスに促され、キロードは困惑する気持ちが消えないまま、メニュー表を手に取るのだった。


 朝食を済ませたキロードとヴァニアスは街に繰り出し、道行く人に声をかけ、聞き込みをしていた。

「あ、あの、すみません。ちょっとでいいのでお時間いただけませんか? 訊きたいことがあるんです」

 キロードが声をかけた若い女性はキロードを無視して歩いていってしまった。

 キロードは肩を落とした。さっきから声をかけているのだが、今のところキロードが話しかけた若い女性たちは、その全員が立ち止まってはくれなかったからだ。

 それに対し、

「すみません。お訊きしたいことがあるんですが」

「あら超イケメン! なんでも訊いてね! スリーサイズは上から――」

「それについては訊いてません。ぼくが知りたいのは――」

 ヴァニアスが声をかけた女性たちは、その全員が立ち止まり、ヴァニアスの話を聞いてくれていた。

「きゃあ! リアル王子様よ! わたし今日は仕事休むから、今からどこかに遊びに行きましょう!」

「いえ、ぼくは人を探していて、遊んでいる暇はないんです」

「だったら連絡先教えてよ!」

「説明が難しいのですが、ぼくはクオンという異世界からやってきたので、そこの連絡先をあなたに教えても意味がないんです」

 女性たちの、自分とヴァニアスに対する明らかな対応の差を見せつけられ、キロードは激しい劣等感を覚えた。

 暫くして、聞き込みに一段落つけたヴァニアスが、キロードのところにやって来た。

「セルフィのことを知っている人は、なかなかいないようだね。そっちはどうだった? なにか情報は得られたかい?」

 キロードは首を横に振る。その動きに二重顎がつられて揺れる。

「ヴァニアス先輩、異世界でもモテモテで凄いですね。ぼくとは大違いです」

「なに言ってるんだ。キロードのことを好きになってくれる女性だって、きっといるはずさ」

「そうでしょうか?」

「君の場合はまず、自分に自信を持たないといけないな」

「こんな見た目の自分に自信なんて持てないですよ」

「自分で自分を否定していたら、幸せはやって来なくなるんだぞ」

「はあ。実はおれっち、中等生の頃からずっとルオーネ先輩のことが好きだったんです」

「そうだったのかい?」

「はい。それで、ルオーネ先輩からチャンスを頂きまして。ルオーネ先輩のとある願いを叶えることができたら、おれっちの恋人になってくれるって言ってくれたんです」

「そうか、ルオーネも新しい恋を始めようとしているのか。チャンスを貰えて良かったじゃないか。それでその願いって?」

 それをヴァニアスに言えるはずがないキロードは、胸の前で両手をわたわたさせた。

「い、いえ、大したことじゃないんですよ。誰かに言うほどのことでもないと言いますか……」

 キロードがなにを言ってるのかわからないヴァニアスが首を傾げた。

「と、とにかく、おれっちが言いたいのは、願いを叶えたとして、本当にルオーネ先輩が、おれっちなんかと付き合ってくれるのかってことなんです」

「もしかして、さっきのマンガのことを気にしてるのかい? ははは! マンガはあくまで作り話だって、店員が昨日言ってたじゃないか。それにルオーネは嘘を吐くような、そんな女性じゃない。それはルオーネの元恋人のぼくが保証する」

 ヴァニアスは疑いを知らない無垢で真剣な眼差しで、キロードを見つめる。

「そ、そうですよね。あはは、おれっちなに言ってるんだろう」

 キロードの視線の先に、悠人と一緒に歩いているセルフィの姿があった。

 ヴァニアスは背中を向けていて、まだ気づいていない。

「あっ!」

「どうしたんだい?」

 思わず声を出してしまったキロードが、慌てて口を押さえる。そしてもう片方の手で、明後日の方角を指差した。

「今あっちにセルフィさんがいました!」

「本当かい!?」

「こっちです!」

 キロードはセルフィがいない方向へと、ヴァニアスを誘導するため、走り出した。

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