第11話

 

 おれとセルフィは、おれの家の前に到着していた。

 一軒家であるおれの家を見上げたセルフィが感想を述べる。

「結構大きい家じゃない」

「まあな」

 おれの家は普通の一軒家と比べて大きい方だ。父さんはいわゆるエリートサラリーマンだった。

「何人家族なの?」

「父さんとおれの二人だよ。でも父さんは今、単身赴任で別の町に行ってるから、今はこの家におれ一人で暮らしてるんだ」

「こんな大きい家に一人で暮らしてるの? 贅沢ね」

 ……今気づいたんだけど、男が一人暮らししてる家に、こんな若い女の子が泊まるって、色々と問題があるんじゃないだろうか。

「本当におれん家に泊まる気なのか?」

「そうよ。言っとくけど、わたしに変なことしようだなんて考えないことね。もしなにかしてきたら、魔法で丸焦げにしてあげるわ」

 そうだった。こいつには自分の身を守れる魔法があるんだった。おれはさっきのドデかい火の玉を思い出し、身震いした。

 セルフィを家の中に招き入れる。

「お邪魔します。わあ、これが異世界の家なのね」

 セルフィが物珍しそうにきょろきょろと家の中を見回す。

「ねえ、家の中を見て周ってもいい?」

「ああ、いいぜ」

 本当に異世界から来たから知らないのか、知らないフリをしているだけなのか、セルフィはテレビとか洗濯機を指さしては「これなに?」と訊いてきた。その度におれは説明してやった。

「この世界には魔法がないって、あんたさっき言ってたけど、あんたたちの世界のデンキとかガスっていうのが、わたしたちの魔法の代わりになってるのね。不思議な世界だわ。まさかこんな形で異世界に来ることになるなんて思わなかったわ。わたしたち一年生はもうすぐ校外学習があって、その時に初めて異世界に行く予定だったから」

「一年生って、クオンとかいうそっちの世界にも学校があるのか?」

「ええ。わたしは今勇者になるために、グランベリー勇者高等学院っていう、勇者の育成を目的とする学院に通ってるの。わたしはそこの一年生で、勇者見習いなのよ」

 勇者見習いだって? ますますマンガとかアニメの世界観じゃねえかよ。そんな世界があるわけねえって思いたいけど、さっきの現実離れしたバトルを見せられた直後だから、セルフィの言ってることが絶対に嘘だとも言い切れない。

「さっきの太った奴も、お前と似たような服着てたよな」

「ええ。あいつもわたしと同じでグランベリー勇者高等学院に通う勇者見習いよ。マントが赤かったから、あいつも一年生ね」

「さっきお前が探してたヴァニアスって奴も、勇者見習いなのか?」

「そうよ。二年生だけどね。わたしの彼氏なの。あんたと違って、とっても格好良いんだから」

 誇らしそうに胸を反らせるセルフィ。

「そうかよ」

 まあ、セルフィはこれだけ可愛いんだから、格好良い彼氏がいてもおかしくはないだろう。でもリアルの彼氏がいることがそんなに偉いことなのかよ。おれはそうは思わねえけどな。

 そしておれたちは、二階にあるおれの部屋の前までやってきた。

「そこはおれの部屋だ」

「見てもいい?」

 異世界の男子高校生の部屋に興味があるらしく、セルフィの瞳は好奇心に満ちていた。

 おれが了承すると、セルフィはドアノブを捻って扉を開けた。

「なによこの部屋! 汚いわね」

 おれの部屋の中を見たセルフィが顔を顰める。

 部屋の中には、マンガやゲーム、服や教科書などが床や机の上に、乱雑に置いてある。

「ここ以外は綺麗なのに、どうしてここだけ散らかってるのよ」

 おれの家の中が綺麗なのは、隣の家に住んでる幼馴染の涼子がこまめに掃除をしてくれているからだ。でも自分の部屋だけは触られたくなくて、涼子に掃除しないでくれと頼んでいるから、この有り様なのだ。

「女の子のお人形とか絵画とかがたくさんあるけど、どうしてこんな物がこんなに置いてあるのよ」

 部屋に飾ってある美少女フィギュアや、恋愛シミュレーションゲームやアニメのポスターを見て、セルフィが訊いてきた。

「それはおれが好きだからだよ」

「好きって、あんた男のくせにお人形遊びとかしてるわけ?」

「いや、おれは遊びはしない。主に観賞してるだけだ」

「女の子の絵画やお人形を観賞するのが好きって、変態じゃない」

 セルフィが更に顔を顰めた。

「誰が変態だ! おれは三次元の女の子に興味がないだけだ。おれの恋愛対象は二次元の女の子限定なんだよ」

「サンジゲンとかニジゲンとかよくわかんないけど、つまりあんたはわたしみたいな生きてる人間の女の子には興味がなくて、絵画の中の女の子やお人形に恋してるってこと?」

「その通りだ」

 おれは大きく頷いた。

 セルフィが顔を顰めて両腕で自分の体を抱きしめる。

「気持ち悪い。あんた顔がブサイクなだけでも充分気持ち悪いのに、性格まで気持ち悪いじゃない」

 ほっとけ!

「こんな奴の家に泊まるなんてやだ」

「じゃあ帰れよ!」

「他に行くとこないし、仕方ないから我慢してここに泊まってあげるわ。こんなに可愛いわたしみたいな女の子が泊まってあげるって言ってるんだから、あんたみたいなブサイクは涙を流して喜びなさいよね」

「だからおれは三次元の女の子には興味ないって言ってんだろ! 泊めてもらう側のお前がなんでそんなに偉そうなんだよ! 追い出すぞコラ!」

「まあわたしも泊めてもらうんだから、なにか家の手伝いをしてあげるわ。そうね、まずはこの部屋を片付けてあげるわね」

「それはいい」

「なんでよ?」

「この部屋は一見、散らかっているように見えるだろうけど、これで必要な物がすぐに取れるように、おれなりに配置してあるんだよ。だから掃除しなくていいんだよ」

「なに言ってるのよ。きちんと片付いてる方がいいに決まってるじゃない」

 言いながらセルフィが腕時計の横についているボタンを押した。するとセルフィの大きな胸の前に、さっきのバトルでも使用していた大きな杖が出現する。

 杖を手に取ったセルフィが、杖の先端の赤い水晶を、部屋に向けた。すると部屋の中に無造作に置かれていた様々な物たちが、空中に浮いて動き出した。

「ええ!? なんだこれ!」

「魔法よ。部屋の片付けなんてすぐに済むんだから」

 呆気に取られるおれに目の前で、瞬く間に片付いていく部屋の中。

 おれは夢でも見ているのだろうか。本当にセルフィは魔法が使える勇者見習いで、異世界から来たっていうのかよ。

 掃除して欲しくないということをすっかり忘れて、魔法による片づけを呆然と見守る。

「あら? あそこにもなにか置いてあるみたいね」

 ベッドの下に置いてあった物たちが、魔法の力によってベッドの下から姿を現す。

「あっ、それは! もういいやめろ!」

 セルフィの杖を手で制して止めようとしたけど遅かった。

「な、なによこれ!?」

 ベッドの下から出てきた、おれの珠玉のエロコレクション、エロ本とエロビデオとエロゲーたちが、部屋の真ん中で浮遊していた。

 それを見たセルフィの顔が真っ赤に染まる。

「あーそれはだな。おれも男だから、三次元に興味がないってさっき言ったけど、性欲はいかんともし難いわけで……」

 浮遊しているエロ本の表紙とエロビデオのパッケージを飾っているのは、三次元の艶かしいお姉さんたちだった。おれの恋は二次元専門だけど、別に二次元の女の子にしか欲情しないわけじゃないんだ。なぜならおれの三次元嫌いはそういうことじゃないからな。

 魔法の力によって、エロ本のページが捲られていく。

「あ、あんたこんなの見てんの!? 顔がブサイクなだけでも気持ち悪いっていうのに、信じらんないわ! こんな物まで見てて更に気持ち悪いじゃない! だからブサイクは嫌なのよ!」

「エロ本やエロビデオを見ることにブサイク関係ねえだろ! お前の彼氏のヴァニアスとかいう奴だって絶対に見てるからな!」

 セルフィが眉を吊り上げる。

「はあ!? なに言ってるのよ! ヴァニアス様がこんなの見るわけないじゃない!」

「お前こそなに言ってんだよ。お前男って生き物を全くわかってねえじゃねえか。ほんとに彼氏いるのかよ」

「うるさい! とにかくこんないかがわしい物が置いてある家になんか泊まれないわ! えい!」

 セルフィが杖の先端の赤い水晶を、中空に浮遊していたおれの珠玉のエロコレクションたちに向かって突き出した。

 次の瞬間、おれの珠玉のエロコレクションたちが炎に包まれる。

「あー! なにすんだてめえ!」

 一瞬にして消し炭になる、おれの珠玉のエロコレクションたち。

「おれのコレクションたちがぁ……」

 空中から床に向かって灰が舞い落ちていく。

「てめえ、帰りやがれ!」

 怒ったおれはセルフィに詰め寄る。

「お前なんか誰が泊めてやるか!」

 おれに詰め寄られたセルフィが後ずさっていく。

「ちょ、ちょっと、そんなに怒んないでよ」

 セルフィを押すようにして、二人で階段を降りていく。

「これが怒らないでいられるかよ!」

「ごめん、悪かったわ。でもせめて今日だけでも泊めてよ」

「さっさとお前の住んでる世界に帰ればいいだろ!」

「だから今は帰れないから泊めてって言ってるんじゃない」

「なんで帰れないんだよ!」

「わたしの住んでるクオンっていう世界に帰るためには、ビッキーっていう転移魔法を使うしか方法がないのよ」

「じゃあそれ使って今すぐ帰ればいいだろ!」

「魔法を使うにはブレイブエナジーを溜めなければいけないの。でも今のわたしはビッキーを使うために必要な量のブレイブエナジーがないから、それが溜まるまでは帰れないの」

「だったらそのブレイブエナジーとかいうのを溜めて、さっさと帰ればいいじゃねえか!」

「ビッキーは消費魔力が大きい魔法だから、そんな簡単には溜められないのよ。だからわたしは暫くこの世界から帰れないの。だからお願い。今日だけでいいから泊めて。わたし行くとこないの」

 こいつの大体の事情がようやくわかった。けどもうこんな奴と一緒にいたくない。

「そのブレイブエナジーってのは、どうやったら溜まるんだよ」

「ブレイブウォッチを装着した状態で、勇気ある行動を取ることと、愛を育むことによってチャージできるわ」

 おれがずっと腕時計だと思っていた物を、セルフィが腕を上げて見せてくる。

「なんだよそれ、よくわかんねえな」

「勇気ある行動っていうのは、恐怖に打ち克つこと、それから自分が恥ずかしいと感じる行動を取ること。愛を育むことっていうのは、好きな人に胸をキュンキュンさせられることと、相思相愛の相手とのキスによってチャージすることができるの。特にキスが凄くて、キスをしたら二人の愛の深さに比例して、大量のブレイブエナジーをチャージすることができるわ」

 恐怖に打ち克つってのはわかるけど、勇者って恥ずかしがったり、胸キュンとかキスとかして強くなんのかよ。変な勇者がいたもんだ。でもだとしたら今すぐにでも、大量のブレイブエナジーを溜めることはできるじゃないか。

「だったら簡単じゃねえか。お前が今すぐ裸になって、街中を闊歩すればいいだけの話だろ」

 セルフィの顔が朱に染まる。

「バ、バッカじゃないの!? 街中で裸になるなんて、そんな恥ずかしいことできるわけないじゃないのよ!」

 珠玉のエロコレクションを消し炭にされた恨みから、おれはこんな提案を口走っていた。

「裸を見られるのが嫌で、大勢の人たちに見られるのも嫌なんだったら、パンツをおれ一人に見せるんだったらどうだ? ビッキーとやらを使うために必要な量のブレイブエナジーが溜まるまで、おれがお前のパンツを見続けてやるよ」

「はあ!? な、なんでわたしが、あんたにパンツを見せなくちゃいけないのよ!」

「だったらどうする気なんだよ。そんなことじゃあ元の世界に帰れるのはいつになるのかわかんねえぞ?」

「わ、わかったわよ。わたしも早く帰りたいし、そんなにわたしを泊めるのが嫌だって言うんなら、仕方ないわね。見せてあげるから、さっさとしゃがみなさいよ」

 おお! 本当にパンツを見れることになったぞ! 言ってみるもんだな!

 一階の廊下に立つセルフィの前で、おれはしゃがみこんだ。おれの目の前に、赤いチェックのスカートがくる。

 セルフィが両手でスカートの裾を握った。しかしいつまで経ってもその手は止まったままで、スカートが上がらない。

「う、うぅぅ……」

 見上げるとセルフィは両の瞳に涙を浮かべていた。

「泣くなよ。お前を元の世界に帰すためにやるんだからよ」

「だって、あんたみたいなブサイクにファーストキス奪われて、初めて胸触られて、ヴァニアス様にもまだ見せたことないパンツまで見せなきゃいけないなんて、今日は最低最悪の日よ。もうやだ」

「それはお互い様だろ。おれだって死にかけたし、珠玉のエロコレクションを消し炭にされたんだからな。ほら、どうしたんだよ。やらないのか?」

「うぅ……。やるわよ」

 セルフィの手が少しずつ上がっていく。そして、セルフィの白くて長い美しい足の付け根までが露わになった。

 おお! 純白のパンツだ! 生で女の子のパンツをこんな至近距離から見たの初めてだ! 異世界のパンツも、地球のパンツと大体一緒の形してるんだな!

 きめの細かい柔らかそうな白い肌に、純白のパンツを穿いたセルフィの美脚が目の前いっぱいに広がる。

 こいつ性格は最悪だけど、容姿はめちゃめちゃ綺麗だからな。そんな奴のパンツが見れてラッキーだぜ!

 おれは今目に映っている、この桃源郷のような光景を忘れないよう脳内に刻み付けるべく、瞬きもせずに刮目し続ける。

「うぅ……。もう無理」

 セルフィの手が下がりかける。

「ブレイブエナジーは溜まったのかよ」

 ブレイブウォッチを着けている方の腕だけを上げ、セルフィが確認する。

「ぐす……。まだまだ足りない」

「だったらもうちょっと頑張ったらどうだ」

「わかったわよ。うぅ……」

 片手が下がってきて、再び両手でスカートが持ち上げられる。

 よし! これでもう暫くパンツを拝み続けることができる!

 再びセルフィが限界だと言い出した時に、どう鼓舞しようか考えながらパンツを凝視し続けていると。

「悠人、晩ご飯作りにきてあげたわ、よ?」

 ヤバい! と思った時には遅かった。

 いきなり玄関から入ってきた涼子と目が合う。そして涼子の動きが止まる。

 幼馴染の涼子とは、昔から家族ぐるみの付き合いで、父さんが単身赴任すると決まった時に、父さんが涼子に合鍵を渡したのだ。おれがこの家に一人で残れた理由の一つが、涼子の存在だった。涼子が自分から、おれの身の回りの世話をしてくれると言ってくれたのだ。

 おれが一人暮らしをするようになってから、合鍵を渡された涼子はいつも、インターフォンを押さずに勝手に入ってくるのだった。

「うわあああん!」

 セルフィが泣きながら涼子のところまで走っていき、涼子の背中に隠れてしがみついた。そしてそのまま嗚咽を漏らす。

「悠人、あんた一体なにしてるの?」

 涼子の声は静かだったが、ある種の迫力を帯びていた。

「ち、違うんだ。これには深いわけが……」

「あんたの部屋のベッドの下に、エッチな本とかビデオがあるのは知ってたけど、まさか嫌がる女の子のスカートを無理矢理捲って、パンツを見るような奴だとは思わなかったわ」

「違う! お前も今見ただろ? おれが捲ったんじゃなくて、その子が自分で捲ってたところを」

「どうせ『自分で捲れよ、その方が興奮するんだ』とかなんとか命令して、捲らせてたんでしょうが!」

「誤解だ! 話を聞いてくれ!」

 と言ったものの、異世界から来た勇者見習いだとか、ブレイブエナジーだとか、そんな説明信じてくれるわけねえよ!

「見損なったわ!」

 ダンッ!

 涼子が靴を履いたまま、廊下に足を乗せた。

 涼子の全身から怒りのオーラが放出されるのを、おれの目が幻視する。いつもは顔の輪郭に沿って流れた髪が、丸いシルエットを形作っている涼子の黒髪ショートカットが、今だけは逆立っているように見えるのも、おれの目の錯覚だろうか。

 涼子の背後にいるセルフィが涙声で言う。

「ぐす……。もう無理って言ってるのに、もっと見せろって……」

「死ねええええええええ!」

「ぎゃああああああああ!」

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