第10話


「なあ、いいじゃん。おれたちと遊ぼうぜ」

「わたしたち、これから用事があるから」

 目抜き通りから一本外れた人気のない路地で、私服姿の二人の女子高生が、ガラの悪そうな五人の男たちに囲まれていた。

「用事なんかほっといてさあ。おれたちと遊んだ方がマジ楽しいって」

「そうそう。おれたち色んな楽しい遊び知ってっからさ」

「ごめんなさい。わたしたちもう行かなきゃ」

 女子高生たちが逃げようとするが、男たちが立ち塞がる。

「と、通してください」

「そう言うなよ。な、ちょっとでいいんだ。おれたちに付き合ってくれてもいいだろ」

 男たちが女子高生たちに一歩近づき、包囲網を狭める。

 女子高生二人はどうしていいのかわからず、恐怖に肩を縮こまらせていた。

 ドンッ!

 女子高生と男たちのすぐ傍から、衝撃音が響き渡った。七人が一斉に振り返る。

 そこにいたのは華麗に着地を決めたヴァニアスだった。

 ヴァニアスが周囲を見渡す。

「ここは異世界か。さっきの白い光の壁は、やはり転移魔法ビッキーだったようだな。それにしてもこの風景、学院の授業で教わったどの異世界とも違うようだ」

 ヴァニアスが近くにいる男たちと女子高生に気づき、目が合う。

 大きな音で驚かされた男の一人が、苛立った声で誰何する。

「なんだてめえは!」

「ぼくはヴァニアス。クオンという世界のアンドリア国にあるグランベリー勇者高等学院に通う勇者候補生だ」

「なんだこいつ」

 見慣れない妙な格好をした美少年の、よくわからない自己紹介に、ガラの悪い男たちは怪訝な表情を浮かべた。

「ぼくは人を探しにここに来たんだ。君たち、セルフィという名の赤髪の美少女を知らないかい?」

「知るかよ! 邪魔だどけ! さあ、おれたちと行こうぜ」

 痺れを切らした男たちが、女子高生たちの腕を掴んで引っ張る。

「放してください!」

 女子高生が抵抗して男と引っ張り合う。

 見かねたヴァニアスが仲裁に入る。

「やめないか君たち。彼女たちは嫌がってるじゃないか」

「ああん! てめえには関係ねえだろ! すっこんでろ!」

 男の一人が大声を出してヴァニアスに睨みをきかせる。

「目の前に困っている女性がいて、見過ごすわけにはいかない」

 ヴァニアスがブレイブウォッチの側面についているボタンを押す。

 その刹那、なにもなかったヴァニアスの体の前の空間に、一振りの剣が出現する。

 柄を握ったヴァニアスが、男たちに向かって目にも留まらぬ速さで剣閃を見舞う。

 次の瞬間、細切れにされた五人の男たちの服が、空中に破片を散らした。

「な、なにぃ!」

 一瞬にして、パンツ一丁の姿にされた五人の男たちが、自分の体を腕で隠す。

「お、覚えてろよー!」

 五人の男たちは惨めに遁走していった。

 ヴァニアスが女子高生二人に声をかける。

「怪我はないかい?」

「はい!」

 彼女たちがこの短時間でヴァニアスに魅了されてしまったことは、そのメロメロになって蕩けた瞳を見れば瞭然だった。

「それはよかった。ところで君たちは、ぼくの尋ね人に心当たりはないかな?」

「知りません」

「そうか。もっと聞き込みをしなければいけないみたいだな」

 ヴァニアスは顎に手を添えて、暫し考え込む仕草をする。その憂いを帯びた超絶美少年の立ち姿に、女子高生たちの頬が紅潮していく。

 女子高生の一人が両手を胸の前で組み、キラキラした瞳でヴァニアスを見上げる。

「ああ! ずっと夢見てきた王子様が、わたしを助けに来てくれたんだわ!」

「あのう……」

 もう一人が上目遣いになり、ヴァニアスにおずおずと声をかける。

「なんだい?」

「そのセルフィとかいう女のことなんかほっといて、わたしと遊びませんか?」

「ちょっとなに抜け駆けしてるのよ! 彼はわたしの王子様なんだからね!」

「悪いけど、ぼくにとってセルフィは大事な人なんだ。だから放っておくわけには……」

 女子高生二人の耳に、ヴァニアスの言葉は届いていなかった。

「なに言ってるのよ! わたしの王子様よ!」

「わたしのよ!」

「わたしの!」

 二人の女子高生が、ヴァニアスを取り合って揉めだした。

「ぼくのことで喧嘩はよしてくれ」

「あんたいっつも、わたしがいいと思った男にちょっかい出すんだからあ!」

「なによ! それはそっちじゃない!」

 二人は取っ組み合いの喧嘩を始めた。

 ヴァニアスは片手で顔を覆った。

「ああ。どうして女性たちは、ぼくのことでいつもこうなってしまうんだ」

 ヴァニアスが二人の間に割って入る。

「喧嘩はよくない。やめるんだ」

「「はい! 王子様の仰せのままに!」」

 二人は瞬時に満面の笑顔をヴァニアスに向けて喧嘩をやめた。しかし彼女たちは笑顔のまま、怒気を含んだ視線を横目でお互いぶつけあう。

「もう喧嘩しないように、いいね」

「「はい!」」

「それじゃあ、ぼくはこれで失礼するよ」

 片手をあげると、ヴァニアスは走り出した。

「ああん、待ってください王子様~!」

「わたしを置いていかないで~!」

 ヴァニアスは追いかけてくる女子高生二人組を振り切り、その場から走り去った。

「――ぁぁぁぁあああああ!」

「なにか聞こえる」

 何者かの叫び声に、ヴァニアスは足を止めた。

 そしてヴァニアスの前に丸い物体が空から降ってきた。

「べみょ!」 

 地面に激突したその物体は、制服や緑色の髪が焼け焦げたキロードだった。

「君はさっき空き教室の前にいた」

「は、はい。一年B組のキロードです」

 キロードはむくりと起き上がりながら言った。

「どうしたんだい、その格好は。平気かい?」

「はい、大丈夫です。気にしないでください」

「そうは見えないんだが。君はどうしてここに?」

 キロードは咄嗟に適当な嘘を並べ立てた。

「じ、実はおれっち、前々から格好良いヴァニアス先輩に憧れてたんです。だから、ヴァニアス先輩の役に立ちたくて、追いかけてきたんです。おれっちにセルフィさんを探すお手伝いをさせてください」

「そうか、わかった。人手が増えるのはぼくとしてもありがたい。一緒に探そう」

「はい!」

「でも、もうすぐ日が暮れそうだ。それに君はとても疲れているようだし」

 ヴァニアスの言葉通り、夕日は沈もうとしていた。

「まずは今晩の宿を探すことにしよう。一応訊くけど、君はこの異世界のことを知っているかい?」

「いえ、全く知りません」

「そうか。ぼくも知らないんだ。とりあえず誰かに訊いてみよう」

 ヴァニアスが近くを歩いていた若い女性に声をかける。

「すいません」

「はい。……まあ!」

 足を止め、ヴァニアスに目を向けた女性の顔が一瞬で蕩ける。

「この辺りに宿はありませんか? できるだけ安い宿がいいんですが」

「わたしの家に泊まればいいわ。そうよ、それがいいわ」

「いえ、ご迷惑をおかけするわけにはいきませんので、遠慮させてもらいます」

「そんなこと言わずに泊まってってよ」

 若い女性がヴァニアスにしなだれかかる。

 それをやんわりと押しのけながら、ヴァニアスが固辞する。

「いえ、会ったばかりの人の家にご厄介になるわけにはいきませんので」

「そう? 残念。安さで言ったら、ホテルや旅館よりも、マンガ喫茶の方が安いわよ」

「マンガ喫茶ですか。そこはどこにありますか?」

「勿論案内してあげるに決まってるじゃない。こっちよ」

 女性に案内してもらい、ヴァニアスとキロードはマンガ喫茶に到着した。

「すみませんが、少しでいいのでお金を見せていただけないですか?」

「お金ないの? だったらわたしの使ってよ。全部あげるわ」

 女性がバッグから財布を取り出し、財布ごとヴァニアスに押し付ける。

「い、いえ、ないわけではないので、見せてもらえれば、それで充分なんです」

 ヴァニアスは女性に押し付けられた財布から、日本のお金を取り出し、ブレイブウォッチの時計盤の上に翳す。

 ブレイブウォッチには物を収納する機能が付いている。ブレイブウォッチにクオンのお金を収納しておけば、異世界の通貨に換金して取り出すことができるのだ。

 勇者たちにとってポピュラーな異世界の通貨は、デフォルトでブレイブウォッチに最初から登録されているが、地球のように勇者たちが来ることがない異世界の通貨は、時計盤の上に翳して登録する必要がある。

 時計盤から金色の光が放出され、お金を包み込む。

 ヴァニアスは財布に入っていた数種類の紙幣と硬貨を、一つずつ登録していった。

「キロード、君も登録しておいた方がいい」

「あ、はい」

 キロードが女性の財布を手に持つと、女性が嫌そうに顔を顰めた。

「ありがとうございました」

 財布を返し、二人は女性に礼を言って別れた。女性は去り際に連絡先をメモした紙をヴァニアスに押し付けていった。

 初めて来店した二人に、店員がマンガ喫茶のことを説明してくれた。マンガが存在しないクオン出身の二人に、マンガとは何か、パソコンとは何か、インターネットとは何か、それからパソコンの使い方まで詳しく教えてくれた。

 ブースの中に置いてあった食事のメニュー表を開いて適当な食べ物を注文し、ブースの中でそれを食べた。それから店内に設置してあるシャワーを浴びて汗を流す。それが終わるとヴァニアスとキロードは、柔らかいマットが敷いてある二人席のブースに戻り、その中に寝転がった。ブースの中に置いてあったクッションを枕代わりに頭の下に置く。

「今日はもう休もう。おやすみ」

「おやすみなさい。ヴァニアス先輩」

 二人は決して広いとは言えないブースの中で眠りについた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る