第8話



「うひょー! おい悠人、今日のコスプレイヤー、レベル高い子多いな!」

「ああ! バンバン写真撮りまくってやる!」

 おれと孝太は今、コスプレのイベント会場に来ていた。

 綺麗に晴れ渡った青空の下、様々なアニメやマンガのキャラクターたちの姿に扮したコスプレイヤーたちが、自分を見てくれる観客たちに向かってポージングをしていた。

 一学期の期末テストも終わり、もうすぐ夏休みになるという、この暑い日差しの中、イベント会場は、コスプレイヤーたちと大勢の観客たちで、大いに賑わっていた。

 おれと孝太は持参したカメラを構え、コスプレイヤーの写真を撮って周る。

 一際大きな人垣が、おれの視界に飛び込む。その人垣の中心にいる人物を見て、おれは思わず声を上げた。

「おい孝太! あれ見てみろよ! ユウカリンだ! ユウカリンが来てるぞ!」

「なにぃ!? ほんとだ! 生ユウカリンじゃねえか!」

「おれユウカリンを生で見るの初めてだよ!」

「おれもだ! マジ可愛いな!」

 ユウカリンというのは、コスプレイヤーやカメコ(カメラ小僧のこと)たちの間で有名な、美少女コスプレイヤーだ。

 カメコたちが撮ったユウカリンの写真を、ネットにアップロードしたことにより、瞬く間にネット上で人気が爆発し、ユウカリンは一躍トップコスプレイヤーの仲間入りを果たしたのだ。

 生で見るユウカリンは、写真よりも数倍可愛く見えた。

「行こうぜ!」

「おう!」

 おれたちはユウカリンを取り囲む人垣の中に混ざった。

「ユウカリン、こっち向いて!」

 おれの声に反応して、ユウカリンがこっちを向いて、笑顔でポーズを取ってくれた。笑顔のユウカリンはアヒル口になるのが印象的だ。

「おお! ユウカリンの可愛さマジパねえよ!」

 おれと孝太は夢中でシャッターを切りまくる。

 今日のユウカリンのコスプレ衣装は【ルーンナイト インフィニティ】というシミュレーションRPGに出てくるリンファというキャラクターのものだった。

 胸元の大きく開いた赤いチャイナドレスを、胸が大きいユウカリンはセクシーに着こなしている。下半身は現実世界の女子中高生が穿くような、黒と黄色のストライプ模様のミニスカートに、青いタイツ。相反する中華と女子中高生のファッションが、違和感のない衣装になるように、うまくバランスがとられた、セクシーで可愛らしい衣装だ。

 ユウカリンは自分のブログに、コスプレ衣装は全部手作りしている、と書いている。だから今日の衣装も自作なんだろう。

「衣装の完成度もハンパねえよ! ユウカリンマジすげえ!」

 ユウカリンが着ているリンファの衣装は、一体どうやってこんなの作ってるんだと思わずにはいられないほどの、完成度の高さだった。勾玉イヤリングや、鈴のついた髪ゴム等の中華的なデザインのアクセサリー類にいたるまで、とことん作りこまれていた。

 おれと孝太は満足するまでユウカリンの写真を撮り続けた。

 コスプレイベントが終了し、日が傾き始める中、おれと孝太は今日の戦果について喋りながら駅に向かって歩いていた。

 興奮冷めやらぬ様子の孝太が楽しそうに言った。

「今日の撮れ高、今までで一番だったんじゃねえか? 生ユウカリンを見れたのがデカかったな!」

「ああ、おれも今日はめっちゃ楽しかった! でも孝太、最近おれとばっかり遊んでるけどいいのか? 逸見さんとデートしなくて」

 短髪のよく似合う孝太は、おれと違って、きりっとした眉が印象的なイケメンだ。身長も百七十センチあるおれよりも孝太の方が五センチほど高く、孝太は女子にモテるのだ。そんな孝太には、逸見さんという彼女がいるのだった。

「いいんだ。本当は今日、伊代とデートしようと思って、デートに誘ってみたら、伊代には小さい頃からピアニストになりたいっていう夢があって、それで音楽大学に行くためにピアノの練習に集中したいから、別れて欲しいって言われたんだよ」

 おれは内心驚いた。二人はうまくいってると思っていたからだ。

「え、別れるのか?」

「その時は別れたくないって言ったんだけど。ていうか今だって別れたくないっていう気持ちは残ってるんだけど。でもその後色々考えて、伊代には幸せになって欲しいし、伊代がピアノ頑張りたいって言うんなら、その邪魔はしたくないから、別れ話を受け入れるべきなのかな、とも思うようになったんだ。悠人はどうすればいいと思う?」

「リアルでの恋愛経験ゼロで、二次元の女の子にしか興味がないおれに訊かれても困るんだけどなあ。うーん、逸見さんが恋愛よりピアノを優先したいって言ってるのに、無理に付き合い続けても、デートしたい孝太とピアノの練習がしたい逸見さんとで衝突することが増えるだろうし、そうなったら二人とも疲れちゃうんじゃないか? おれだったらそんな面倒な恋愛絶対にごめんだな」

 おれは恋愛経験がないなりに、自分が思う率直なアドバイスをした。

「そっか。そうだよな。恋愛ってどっちか片方に付き合う気がなかったら、その時点で成立しないもんな。あーあ、やっぱ別れようかな」

「やっぱり恋愛は二次元に限るって」

「お前さっき三次元のコスプレイヤー見て興奮してたじゃないか」

「それは自分の好きなキャラのコスプレしてるコスプレイヤーを見たら、おれだってテンション上がるよ。でも三次元のコスプレイヤーと付き合う気はさらさらねえな。コスプレイヤーはコスプレしてる姿を見てるだけで充分だ。リアルの恋愛なんて面倒なだけだって。二次元の女の子だったら、絶対におれたちを裏切らないんだぜ?」

「そりゃそうだけど、それでもおれは三次元で恋愛がしたいんだ」

「ふうん。おれは三次元女子との恋愛なんて、全く興味ねえけどな」

 駅に着いたおれたちは、電車に乗って自分たちの町へと帰ってきた。そこから家の方向が違うおれたちは、いつものようにそこで別れた。

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