第2話
新入生たちの新たな生活が始まった。
彼らは勉学に勤しみ、恋愛に対しても奮闘していた。
入学してすぐに一目惚れした相手に告白する者、昔から好きだった相手に告白する者、学院内のあちこちで日々、愛が囁かれていた。そして成立していくカップルたち。
カップルになった勇者のことをラブレイバーと呼んだ。それがいつしか勇者見習いの学生の間でも浸透していき、カップルの勇者見習いのことまでラブレイバーと呼ぶようになっていった。
パートナーのいない勇者及び勇者見習いよりも、愛によるブレイブエナジーのチャージが可能なラブレイバーの方が優秀ではあるが、だからといって、好きでもない相手と恋人同士になっても、ほとんど意味はない。
愛によるブレイブエナジーのチャージ量は、二人の愛の深さに比例する。特に重要なキスによるチャージは、どちらか片方でも、相手のことを好きではなかった場合、チャージできる量はゼロだ。
めでたくラブレイバーになれたとしても、二人の愛が冷めてしまえば、愛によるブレイブエナジーのチャージはできなくなる。つまり、既に恋人がいる相手であっても、自分に振り向かせて奪ってしまえばいいのである。
積年の想いを伝える決心を固め、想いを寄せる少女の背に向かって、汗を垂らしながら走っているキロードは、自分の想い人には既に彼氏がいることを知っていた。
背丈が低く、手足の短い、丸い体をしている彼が走っている姿は、まるでボールが転がっているようだった。
二重になった顎と、大きく前に突き出た丸いお腹を揺らしながら懸命に走るキロードの背中から、赤いマントがたなびいていた。
新芽のような緑色をした髪は、頭の真ん中から横にきっちりと分けられ、整髪料によって頭に撫で付けられて髪全体が光沢を帯びていた。茶色い瞳に短い眉。その顔にはそばかすが浮いている。
キロードは荒く呼吸を繰り返しながら走り続け、ようやっと目の前まで追いついたルオーネの背中に声を飛ばした。
「ルオーネ先輩!」
振り返ったルオーネは、膝に両手をついて呼吸を整えるキロードの姿に視線を落とした。
「わたくしになにかご用でして?」
まだ完全に呼吸が整いきれていないまま、キロードが顔を上げる。
顔中汗まみれになって、自分を見つめてくる醜い容姿のキロードに、ルオーネが眉を顰める。
「ラザ中等学院で同じだったキロードです。おれっちのこと覚えてますか?」
ルオーネはキロードの爪先から頭の天辺まで視線を這わせてから言った。
「ごめんあそばせ、覚えていませんわ」
「昔、何度か話してるんですけど。ほら、お互いの好きなケーキを教えあったりしたじゃないですか」
「全く記憶にございませんわね」
キロードの肩が、ガクッと下がる。
気を取り直して本題に入る。
「あ、あの、大事な話があるんで、イベントホールの裏まで来てくれませんか?」
「告白ですの?」
話の内容を言い当てられ、キロードが赤面する。
「は、はい……」
「生憎、わたくしにはヴァニアス様という彼氏がいるんですの」
「知ってます。お二人のことは有名なので。でも、おれっち自分の気持ちを抑えられなくて。自分の想いを伝えたくて。だから、ここだと人目があるのでイベントホールの裏まで……」
周囲には何人か生徒の姿があった。
「ここでしてくださいまし」
「え!? ここでですか!?」
「そうですわ。まさかあなた、勇者を目指しているのに、人前で告白もできないんですの?」
「え、いや、そんな……!」
もじもじしていたキロードだったが、ルオーネに見つめられ、意を決した。
「ル、ルオーネ先輩! おれっち中等生の頃から、ずっとルオーネ先輩のことが好きなんです! ルオーネ先輩のためならなんでもします! だから、おれっちと付き合ってくださいっす!」
周囲の生徒たちが告白だと気づき、面白がって足を止めて見守る。
キロードの腕に巻きつけられたブレイブウォッチの針が動いて、ブレイブエナジーがチャージされたことを示した。
自分が恥ずかしいと思うことを実行する時、人は勇気を必要とする。
フラれるかもしれないという恐怖を感じながら告白した勇気と、愛の告白をするという恥ずかしい行動を取ったこと、しかも周囲の生徒たちに見られているという恥ずかしい状況で。これらの要因によって、キロードのブレイブエナジーがチャージされたのである。
「ごめんなさい、わたくしの気持ちは全てヴァニアス様に差し上げましたの。ですからわたくしのことは諦めてくださいまし」
「そ、そうですか。お時間取らせて、すいませんでした……」
踵を返してルオーネは立ち去って行った。
「残念だったな!」「また次頑張ればいいんだよ!」
励ましの言葉をキロードに贈ると、野次馬たちも立ち去って行く。
キロードはその場に崩れ落ち、両手と両膝を地面につけて咽び泣いた。
「セルフィさん、美しい花が咲いていたので、あなたのために摘んできました。とは言っても、あなたほどには美しくない花ですが。どうぞ」
昼休み、学院の中庭を歩くセルフィの周りを、大勢の男子生徒たちが囲んでいた。
「セルフィさん、喉渇いてませんか? いつでも言ってください。紅茶の用意はできてます」
なぜか常にティーセットを乗せたトレイを片手に持ちながら、セルフィに随伴している男子生徒までいる。
「みんないつもありがとう」
セルフィがにこりと男子生徒たちに笑いかける。
「ああ! その笑顔が見れただけで充分! おれはもう、いつ死んでも構わない!」
「じゃあ死ねよ」
「死ぬわけないだろ! 比喩だよ比喩! 君みたいな頭が石みたいに固い奴が、セルフィさんに見初められるわけないんだ! あっちに行ってろ!」
「なんだと!」
男子生徒たちが取っ組み合いの喧嘩を始めた。このような喧嘩はすっかり、セルフィの取り巻きの間で起こる日常風景となっていた。
その様子をヴァニアスが、渡り廊下から目で追っていた。ヴァニアスはセルフィから目を離さずに、自分の隣にいるマーカスに話しかけた。
「なあマーカス。あの子って新入生だよね。なんていう名前なのか知ってるかい?」
「たしかセルフィだったかな」
「あの様子だと、まだ恋人はできてないのかな?」
「できたって話は聞かないな。あの子めちゃくちゃ可愛いよな。おれ今フリーだし、いっちょアタックしてみっかな」
冗談なのか本気なのかわからないマーカスの言葉を無視して、ヴァニアスは更に問いを重ねる。
「他にあの子について知ってることはないのかい?」
「おっ? なんだヴァニアス、あの子のことが気になるのか? まさかルオーネちゃんっていう可愛い彼女がいるってのに、あのセルフィって子のことを好きになったんじゃないだろうな」
「まさか、少し気になって訊いてみただけさ」
「少しって、どのくらいですの?」
怒気の含まれた声音に振り向くと、そこには腕を組んでヴァニアスを睨め上げるルオーネが立っていた。
「君に永遠の愛を誓うよ、とおっしゃっていたのに、あれは嘘でしたの?」
「嘘じゃないさ。今だってぼくは君だけを愛しているよ」
「本当ですの?」
「本当さ」
ヴァニアスの自分に対する愛の言葉を聞いて溜飲を下げたのか、ルオーネが気を取り直して本来の目的を口にする。
「学食に新メニューが増えたと、お耳に挟みましたので、ランチをご一緒にとお誘いに参りましたのよ」
「そうだったのかい。じゃあ一緒に行こうか」
二人が手を繋いで学食に向かおうとした瞬間、
「「「ヴァニアス様~!」」」
大勢の女子生徒たちがヴァニアスのところに殺到してきた。
「ぎゃあ!」
彼女たちにルオーネが弾き飛ばされ、床の上に倒れ込んだ。
彼女達はヴァニアス親衛隊と呼ばれている、ヴァニアスのファンの子たちの集団だ。
新入生も加わり、ヴァニアス親衛隊は以前にも増して大所帯となっていた。
「ヴァニアス様、ランチはお済みになられましたか? まだでしたらご一緒させてください!」「あたしも!」「わたしも!」「ヴァニアス様、わたし早起きしてヴァニアス様の分のお弁当を作ってきたんです! ぜひ食べてください!」「あたしも作ってきたんです!」「わたしだって作ってきたんだから! ちょっとあんたどきなさいよ!」
「いつもありがとう。みんなの気持ちは嬉しいよ。だけどすまない。ぼくは今からルオーネと……」
彼女たちは勿論、ヴァニアスにはルオーネという恋人がいることを知っている。彼女たちは今の内からヴァニアスにアピールしておくことで、ルオーネの後釜を狙っているのである。
「えー! そんなあ! せっかく作ってきたのに!」「いつもルオーネとばっかりじゃないですかあ!」
「それはぼくがルオーネと付き合ってるからだよ。悪いけど、ぼくはルオーネと二人で過ごしたいんだ」
尚も文句を言ってきたり、めげずにアプローチしてくるヴァニアス親衛隊。
自分に言い寄ってくる大勢の女子たちを前に、ヴァニアスは困り果てた。これも毎日繰り返されている、お馴染みの光景なのだった。
立ち上がったルオーネが、ヴァニアスとヴァニアス親衛隊の間に割り込んだ。
「ちょっとあなたたち! ヴァニアス様の恋人はこのわたくしですのよ! ヴァニアス様とランチをご一緒していいのは、わたくしだけでしてよ! さあ、わかったらあなたたちはあっちに行ってくださいませ! しっしっ!」
ルオーネが手の甲で彼女たちを払いのけると、ヴァニアス親衛隊は、文句を言いながら諦めて、散り散りに去っていった。
「さあ、参りましょうヴァニアス様」
「いつもすまないね」
「いいえ。もう慣れっこですわ」
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