コンビニのレジにエロ本を持っていってレンジでチンしてくださいと言える奴のことを、勇者と呼ぶのではないでしょうか?

雪月風花

第1話

 今年もグランベリー勇者高等学院に新学期がやってきた。入学式が行われる今日、真新しい制服に袖を通したばかりの新入生たちが、彼らの新たな学び舎となる、この学院の校門をくぐっていく。

 彼らの制服は、学生服と軍服を併せたようなデザインをしていた。上着は男女共に黒を基調としていて、赤いマントを背中に羽織っている。マントの前部分を首の前にまわし、それを留め具でまとめてネクタイのようにして体の前に垂らしている。男子生徒は黒いズボン、女子生徒は赤いチェックのスカートで、女子の靴下は黒のハイソックスまたはニーソックスのどちらかだ。歩んでいく生徒たちはその足に、革製の靴かブーツを履いていた。

 新入生の証である、赤いマントを羽織った少年少女たちが、校舎の昇降口を目指してぞろぞろと歩いていく様は、まるで炎の行軍のようであった。

 その中で、一際目立っている女子生徒がいた。

 セルフィという名のその生徒は一人で歩いていた。セルフィは周囲を歩く他の女子生徒たちとは一線を画す、その超絶に麗しい容姿故に、男子生徒たちの視線を一身に受けていた。

「おい、あの子見てみろよ。めっちゃ可愛いぞ!」

「すげえ! あんな綺麗な女の子が、この世に存在するんだな!」

 セルフィは、一切の穢れを感じさせない、清純で美しい顔立ちをしていた。白く透き通っている玉の肌。それとは対照的に、背中まで流麗に流れ落ちている髪は、フェニックスの羽根の煌きのような真紅。女性にしては高い百六十五セルチはある身長に見合うように、その細く美しい足もすらりと長く、腰の位置は高かった。細くてくびれている腰より上にある双丘は大きく、黒い制服の上着を押し上げている。

 後方から風が吹き抜ける。セルフィの美しいロングヘアーが弄ばれ、後ろ髪がセルフィの顔にかかった。セルフィがそれを指ですくい上げ、耳にかける。

 完全無欠の超絶美少女のその仕草に、周囲を歩いていた男子生徒全員の目が釘付けとなり、歩みを止めて見惚れる男子生徒まで出る始末だった。

「可憐だ……」

 男子生徒たちの口から、次々と心の声が漏れ出していく。

 セルフィのスカートのポケットからハンカチが零れて、石畳に落ちる。それと気づかずにセルフィは歩を進めていく。

 一人の男子生徒がハンカチを拾った。そして緊張しながら持ち主の背中に声を投げかける。

「あ、あの、ハンカチ落としましたよ」

 セルフィが足を止めて振り返る。

 男子生徒がセルフィに小走りで近づき、ハンカチを差し出す。

 受け取ったセルフィが、翡翠色の美しい瞳で男子生徒を見つめながら、綺麗な笑顔を浮かべた。

「ありがとう」

 男子生徒に礼を告げると、セルフィは踵を返してまた歩き出した。

 美しすぎるセルフィの笑顔の破壊力に、男子生徒が膝から石畳に崩れ落ちる。

「女神だ。女神様が降臨された……」

 彼は惚けた顔でうわ言を呟いた。


 校舎を目指して歩いているのは勿論、新入生だけではない。新入生の赤とは違う色のマントを身につけた在校生たちも、その中に混ざっていた。

 一人で歩いている者。友人同士で談笑している者たち。そして恋人同士、仲睦まじく手を繋いで、周囲に幸せオーラを発散させている者たち。

 恋愛を推奨している校風だけあって、あちらこちらにカップルたちの姿が散見される。

 その中で、一際目立っているカップルがいた。

 二年生の証である、青いマントを羽織っているこの二人、ルオーネとヴァニアスは、学院一の美男美女カップルとして有名で、学院内で二人のことを知らぬ者はいなかった。

 ルオーネの縦にロールさせた金色の髪は、朝の陽光を受けて輝いていた。ヴァニアスの逞しい腕に、大きな胸を押し付けるようにして自分の腕を絡ませて歩くルオーネは、ぱっちりとしたその大きくて美しい吊り目を優しげに細め、傍らのヴァニアスを見上げていた。

 ルオーネに見上げられているヴァニアスは長身で、その身の丈は百八十五セルチを超えていた。顔だけでなく、長い手足を擁するスタイルは、ただそこに佇んでいるだけで見る者全てを魅了する美しさだ。男子にしては長い髪は茶色く、中世的な顔立ちに、鼻筋の通った鼻梁をしている。

見つめた女性を一瞬にして虜にしてしまうほどにセクシーな眉目は、完璧に均整が取れていた。まるで絵本の中から王子様が飛び出してきたかのような美少年だった。

「あの二人、今日もラブラブで羨ましいぜ」

「美男美女カップルで、とてもお似合いだわ」

 自分たちに対する周囲の声が聞こえているのかいないのか、ヴァニアスと楽しく会話を交わすルオーネは、周囲を憚らずに時折ヴァニアスの腕に自分の頬をくっつけている。

 ヴァニアスが周囲にいる赤いマントの新入生たちに目をやりながら、懐かしそうに言う。

「思えばぼくたちの出会いは、ちょうど一年前の入学式の日だったね」

「ええ。忘れもしませんわ。わたくしヴァニアス様のお姿を一目見た瞬間に恋に落ちましたの」

「それはぼくも同じさ。君を見た瞬間、君の美しさにぼくの心は奪われたんだ」

「わたくしの愛はこれからもずっと、ヴァニアス様だけに捧げますわ」

「ぼくもだよルオーネ。君に永遠の愛を誓うよ」

「まあ、ヴァニアス様ったら。これではまるでプロポーズのようですわね」

「ははは! ぼくたちは学生だ。プロポーズするには確かにまだ早かったね。でもぼくは将来、君と結婚したいと思ってる」

「わたくしも同じ気持ちですわ。ヴァニアス様」

「ルオーネ」

 二人は周囲に大勢の生徒たちがいることなど構わずに、両手を取り合って見つめ合う。

「うぉっほん!」

 わざとらしい咳払いに二人が振り向く。

「お父様!」「学院長先生!」

 二人が咄嗟にバッ! と離れる。

「学院内ではわたしのことは学院長と呼ぶようにと、いつも言っているだろう」

「申し訳ございません、お父……学院長先生」

「うむ」

 満足気にクラムスが頷く。

 クラムスは娘のルオーネと同じく、金色の髪に青い瞳をしていた。揉み上げと口ひげと顎ひげが繋がっており、それが美丈夫の印象を強くしている。銀縁の眼鏡をかけており、ダブルのスーツを着こなすクラムスはダンディーだった。

 ヴァニアスが腰を折り曲げる。

「学院長先生、おはようございます。申し訳ありません。朝からお見苦しいところをお見せしてしまって」

「わはは! そんなに恐縮しなくても結構。勇者見習いとして、パートナーを深く想っているということは美徳なのだから。咳払いして邪魔したのは、少しからかってみただけだよ。わはは!」

「もう、お父様ったら!」

「二人とも、去年に引き続き、今年も学年トップの成績を落とさないように、より一層精進するんだぞ」

 ルオーネとヴァニアスの二人は去年一年間、座学と実技の両方の成績で、学年のツートップを常に維持していた。

 クラムスがヴァニアスの肩にポンと手を置く。

「ヴァニアス君、これからも娘のことをよろしく頼むよ」

「まかせてください学院長先生」

 ヴァニアスの返事に大きく頷くと、クラムスは立ち去っていった。

「それじゃあ、行こうか」

「はい」

 再び校舎に向かって歩き始めた二人は、周囲の生徒たちが騒然としていることに気がついた。

 ヴァニアスが怪訝そうに眉を顰める。

「ん? どうしたんだろう」

 周囲の生徒たち全員の顔が、同じ方向に向いていた。ヴァニアスが彼らの視線の先を追うと、そこには一人の美少女の姿があった。

 長く赤い髪をたなびかせながら歩く、美しいセルフィの姿に、周囲の生徒たちは皆振り返っていた。感嘆の声を上げている男子は勿論のこと、自分が同じ女性だということが恥ずかしく感じてしまうほどの美貌のセルフィに、女子生徒たちまで見入っている。

 それはヴァニアスも例外ではなかった。歩いていたはずの足は自然と止まり、セルフィを視界に捉えたヴァニアスの黒い瞳は、セルフィから離せなくなってしまった。

 一緒になって思わず見入ってしまっていたルオーネがハッとして我に返る。そしてヴァニアスを見上げる。その視線は、やはり新入生の美少女に注がれていた。

 そんなヴァニアスと歩き去っていくセルフィを何度か交互に見遣り、ルオーネはえもいわれぬ焦燥感を覚えた。

「ヴァニアス様? ヴァニアス様!」

 ルオーネに掴まれた制服ごと体を揺さぶられることで、ヴァニアスはやっと我に返った。

「お気を確かに。しっかりしてくださいまし」

「あ、ああ、すまない。少し頭がぼーっとしてたみたいだ」


 入学式が執り行われる、木製の椅子が整然と並べられたイベントホールの中には、既に教師と在校生の姿があった。

 新入生が入場してくると、着席していた教師と在校生が立ち上がり、盛大な拍手で出迎えた。

 新入生が着席すると、学院長のクラムスがステージに上がり、真ん中にある机の後ろに移動した。そして立派なひげを蓄えた口を開く。

「新入生の諸君、入学おめでとう。君達は本日から晴れて、我がグランベリー勇者高等学院の生徒だ。言うまでもなく、入学がゴールではない。入学できたことで現を抜かしている暇はない。我が校は他の勇者学院の例に漏れず、恋愛を推奨している。初日の今日、既に異性に一目惚れした生徒もいるかもしれない。惚れたのなら、勇気を出してすぐにアプローチしたまえ。それが立派な勇者になるための第一歩だ。さもなくば、意中の異性を他の生徒に取られ、あっという間に落ちこぼれてしまうだろう」

 勇者の主な仕事はモンスター退治だ。勇者は戦闘を行う時、ブレイブエナジーと呼ばれるエネルギーを使用して戦う。

 ブレイブエナジーは、腕時計型のマジックアイテム、ブレイブウォッチに溜めることができる。ブレイブエナジーを溜めるための前準備として、ブレイブウォッチを装着することは必須条件だ。

 ブレイブエナジーを溜める方法は二つ。ブレイブウォッチを装着した状態で、勇気ある行動を取ること。そしてもう一つは、ブレイブウォッチを装着した状態で、愛を育むことだ。具体的には、想い人が自分のことを愛していると感じること。そしてキスが最も重要で、相思相愛の二人がキスをすると、大量のブレイブエナジーをチャージすることが可能だ。

 愛と勇気の力によって、勇者は強くなれるのだ。

 勇気でしかブレイブエナジーを溜めることができない、パートナーのいない勇者及び勇者見習いたちは、落ちこぼれの烙印を押されてしまう。そのため、勇者養成学院のほとんどが、恋愛を推奨する校風になっている。

「さあ新入生諸君よ、思う存分、勉学に恋愛に励んでくれたまえ!」


 

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