第12話教室

 その後アスカを起こし一悶着ひともんちゃくあったものの、ギールからこれを着ろと貰った学生服に着替える。

 俺達の振り分けられたクラスの担当教師が此方に向かっているとの事で、現在は待機中。


「悪かったと言っているだろ」

「ふんだ。もう知らないの」

「ハハハッ、相変わらず仲が良いな」

「どこ見てそう言ってるの!」


 未だ膨れっ面のアスカを何とか宥めているが、一向に機嫌が直らない。

 あんな事で嫌われていしまうとは……もう少し行動に注意せねば。


 と気を新たにしていると、ノックの音が室内に鳴り響いた。


「学園長、サーニャです」

「おう、入ってこい」


 扉越しに籠って聞こえる声は若い女性のものだ。

 俺はてっきり男だと早合点していた為、少し驚いたが自然体を保ったまま扉が開くのを待つ。


「失礼します」


 そう告げて入室してきた人物に思わず目を奪われる。


 一見すると生真面目そうだと感じる風貌ではあるものの、思わず男が魅了されてしまいそうな完璧なボディーライン。

 それをこれでもかと強調させる躰にフィットしまくっている黒いスーツ。


 入室し、ギールに挨拶を終えて以降、俺達を捉えて離さない瞳は燃える様に真っ赤に染まっており、引き付けられてしまう。


「初めまして、サーニャ・グリフィートよ。これから宜しくね」


 その言葉と同時に俺の左足は鈍い音と共にご臨終なさった。


 ――――満面の笑みを浮かべるアスカによって。






「彼女は居るの!?」

「冒険してたって本当?」

「アスカちゃんとはどういう関係!!」

「好きな子いるの!?」

「私を抱いて!!」

「ちょっと待って、一遍に言われても対応しかねるぞ」


 俺は群がる女共に散れ散れと手をひらひらさせ、一つ開けて隣に座っているアスカを見やる。


「何でそんなに可愛いの!」

「彼氏は居るのかい?!」

「アベル殺すから俺と付き合ってくれ!!」

「おい! お前抜け駆けは許さないぞ!」

「あわわっ!」


 しかし向こうも同じ状況の様で、餌に群がる魚の様な男共に困惑の表情を浮かべていた。

 俺はムッとしつつも、未だに女の塊を抜け出せないでいる。その為、あんなむさ苦しい男共から助け出してやれないことに切歯扼腕せっしやくわんせざる終えないでいた。


 今すぐにこの女共を排除すれば早い話ではあるのだが、如何せんこの場においては最善の策とは言い難い。


 一拍置いて細く長い溜息を吐きつつ、何故このようになってしまったのか振り返る。





「いい? 呼んだら入ってくるのよ」


 そう俺達に告げてサーニャ女史が教室へと入っていった。

 ピシッと閉じられた音に背筋を伸ばしたアスカの背を叩きながら笑いかける。


「ハハッ、柄にもなく緊張しているのか。俺と対峙たいじしたときはそんなに感じでは無かったろうに」

「そ、それとこれとはまた別なの」


 震える両手を胸元に抱き込み、弱弱しい睨みを効かせてくるアスカに心が和み、俺の緊張は更に解れていく。


 内心感謝しながら頭を撫でその時を待つ。



 サーニャ女史との初面会を簡単に済ませた俺達は、壊れてしまった左足に回復魔法を掛けた後、学生たちの集う教室棟へと移動を開始した。


 その間に学校での注意事項や決まり事、同じクラスの連中について等を教わっていた。


 其処で発覚したアスカと同じクラスという事に舞い上がってしまい、サーニャ女史からの視線が冷たくなったのは余談である。


「それでは入室の許可をします。どうぞ」


 アスカの頭を撫で続けていると、サーニャ女史の声が一際大きく耳に入る。

 いよいよか…………。


 騒めき出した心を深呼吸で落ち着け、隣に目を向ける。


「行くぞ」

「わ、分かったの」



 渡り廊下を移動中、サーニャ女史が“初めはインパクトが肝心よ”と言っていたな。


 俺はその言葉通り、扉を勢い良く開けて魔方陣を展開した。


「な、何?!」

「敵襲だああああ!!」

「っ!? ……(もしかして私が助言したせい?!)」


 扉の先には驚愕に震え慄おののく生徒達と、引きつった笑みを浮かべたサーニャ女史が。


 その表情を見る限り、この登場は間違っていたのだろう。

 しかし、今更後には引けない。

 俺は全身に漆黒の炎を纏い棚引かせ、ゆるりとした歩調で入室していく。


 因みに、魔方陣は所持していない属性であろうと使用可能にしてしまう有能な記述である。しかし、その分使用するのにはある程度の才能が必要なのだが。


 教卓の隣まで進んだところで歩みを止め、生徒たちの方へと向き直る。

 フフフッ、皆驚きに固まっておる。最初の掴みはバッチリという事か。


「初めまして、俺の名はアベル。ファミリーネームは冒険者としてやっていた時に捨てた。闇と氷結属性が得意だ。よろしく」


 決まった…………。


 心に広がる達成感にエクスタシーを感じながら、次はアスカの番だと視線を送る。

 がしかし、アスカは未だに教室前で立ち竦すくんでいた。


 一見まだ踏ん切りがつかないのか? とも思ったのだが、何か様子が変だ。


 一度両眼を擦り、もう一度見る。


「…………」


 こいつ! 恐怖のあまり失神してやがる!!


 流石にそれはまずいぞ!


 俺は咄嗟にスリープキャンセルという魔法をアスカに発動した。


「……はっ! いったい今まで何していたの」


 効果音が付きそうな程目を見開き、ハッとするアスカに小声で、


「早くこっちにこい!」


 上手い事聞き届いたようで、疑問符を浮かべながらも此方へとトコトコと寄ってくる。


 アスカが教室に入ったのを合図に魔方陣を解除し、向き直らせたアスカの背後に天使の翼が描かれたパネルを用意する。


「よし、アスカ。自己紹介だ」

「ん。アスカ・ミシロなの。属性は光と紫電、魔力は三万なの!よろしくなの!」


 話し出す瞬間に人の視線を集めるリーディットという魔法を教室中に掛けた為、下準備は完璧だ。


 その甲斐もあってか、属性と魔力値を聞いた瞬間にどよめきが走る。


 以前、一般人の平均魔力値は千五百と言っていたが、それはこういう学校でも基準にされることが殆どだ。

 そうなると、アスカの魔力値は異常だ。驚かない方が可笑しいだろう。

 だがこれは真っ赤な嘘。実際はこれの百倍はあるのだからな。


「それで、アベル。これは何なの?」

「お前ぇ……。物忘れが酷すぎるぞ。ここは学校で、今は自己紹介の場だ」

「あ!? あわわわっ」


 思い出したようで、又もや緊張し出すアスカ。

 その姿にキュンと来たのは俺だけでは無かったらしく、教室中からトキメキの音が聞こえた気がした。




 ――――――自業自得かっ!!


 今更後悔しても遅いだろう。

 だがしかしっ! せめてアスカの自己紹介の時に俺への興味を失わせる魔法を使用したらよかったと思う事だけは許してくれっ。


 俺は女達のど真ん中で、もう一度細い溜息を吐いた。




 時は流れ、下校時間。

 編入してきた俺達が居るという事で、殆どの授業が今迄の総復習となったようだ。

 俺にとっては既に分かり切った内容ばかりで飽き飽きしていたが、アスカに至っては頭から煙を出し倒れ伏していた。


 チャイムが鳴り、サーニャ女史のお疲れ様ですの声を合図に各々が己の向かう場所へと足を――――運んではくれなかった。


「アベル様! 一緒に帰りましょう!」

「このメス豚が!! アベル様、こんな奴放って私の自室に参りましょう」

「部活見学なんてどう?!」

「べ、別にあんたの為に声を掛けたんじゃないからね!」


 ――――なんなんだこいつらは。


 そう思わずにはいられなかった。

 なんだって毎回授業と授業の度にこうも集まってくるんだ!

 同じ目に合っているであろうアスカの方にちらりと視線をやるが、、見えるのは人の腹。


 もう嫌だ、早急に自室へ………。


 気分はアンデット宛ら。死んだ魚の様な色をしているだろう目を周りに向けようと無意味だが。


 しかし、そんな俺を助ける救いの声が響き渡る……!


「おみゃえら! いい加減にするのニャ!!」


 …………ニャ??

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魔王だけど勇者可愛いから人間につくわ。 茄子 @nasubibibi

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