第11話呼ばれた理由

 翌朝、寮玄関先で合流したアスカと共に学校へと向かい、現在は学園長室前だ。

 学園内の最新案内図を、寝ぼけていたミナトさんから貰い受け、昨日の様な事にはならずに真っ直ぐ到着できた。


 無駄に緊張してしまい、周りに聞こえているのではないかと思う程胸が高鳴る。

 この世に生を受けてから六百五十数年、何気に学校などという機関に通うのは初めての試みである為、どんな事が起こってしまうのか予想が付かない。


 俺は隣に並ぶアスカに一声掛け、ぎこちなくノックをする。


「…………入れ」


 数秒沈黙が続き、威厳のある声と共に承諾しょうだくを得た。


 二人揃って生唾を飲み込み、失礼しますと声を出して扉を開く。


「っ……!!」


 開かれた扉の先から少量の光が漏れ出し、視界が奪われる。

 幾許いくばくか経った後、その光量に成れた瞳を薄っすらと開く。


 真っ赤に染まった室内の床は上質な絨毯じゅうたんが敷かれているようで、部屋の壁は一面あらゆる書籍で埋め尽くされている。


 扉から数メトル離れた位置に木製の大きな仕事机が佇んでおり、其処には人影が見えるが逆光が仕事をし見ることが出来ない。

 その人物の背後の壁は全面ガラス張りになっているようで、先程眩しいと感じたのもそこから差し込む太陽の光のせいだったようだ。


 パチンッ


 そんな乾いた音が鳴ったと思った矢先、室内が一気に落ち着いた照明へと変わる。


「ハハッ、驚いたか? このガラス、俺の魔力に反応して色が付くんだ」


 ハッキリと室内を見渡せるようになった俺達は、正面で無邪気に笑う人物を見て目を丸くした――――


『ギール!!』


「よっ! 久しぶり」


 この前より少し髪の伸びたジギールが、ニヒヒと笑いながら片手を上げる。


 何故こんな場所に? 母国に帰ったのでは? 

 次々と疑問が浮上してくるものの、あまりの驚き様に魚宜しく口をパクパクと無駄に開閉してしまう。


「ハハッ、驚き過ぎて声も出ないってか?」


「あ、あぁ」


 俺の横でアスカが残像が見える速さで首を縦に振っている。

 ……流石にそれは止めろ。


 抑え得つけても尚振り続けるアスカの頭を、壊れてしまったのかと放置することに決め込み、ギールへと説明を求める。


「な、何故ここに?」


「ん? なんかお前なら、魔力探知とかで俺が居ることは分かってると思ったけどな~。仕方ない、説明してやるよ」


 人間界に来てから、というかお前達と会ってからずっと魔力抑制の術式を躰に刻んでいるからな。魔力量や制御レベルで言うのなら冒険者のレベル六並みだ。常時発動はしていなかった。


「一先ず改めて自己紹介な!」


 ギールは席を立つと羽織っていたジャケットの襟を伸ばし、俺達の方へと歩き出す。

 その身を包むは冒険家業のそれでは無く、落ち着いた雰囲気を醸かもし出す焦茶色こげちゃいろのスーツに上質な革靴。


 俺達との距離約三メトルを残し、あの時とは違った凛々しい出で立ちで宣言する。


「俺の名前はギール・ネーレウス。このネレウス創始者の孫であり現学園長。レベル十の冒険者だ」



 説明されたことを要約すると、


 数年前に学園長をやっていたギールの父が他界してしまい、その後任としてここにやって来たそうだ。

 学園長後任の最低条件が冒険者でレベル十に到達する事だったらしく、当時その条件を満たしていたのが候補の中でもギールのみだったのだとか。


 たまたま血縁者どころか創始者であるベンダム・ネーレウスの孫だった、という事が発覚し、コネだコネだと騒ぎ立てられたものの、それら全てを自ら沈下し無事着任。


 その後、たまたま夏休みで帰省していたところをアスカにスカウトされたのだと。


 なんか……凄いな。

 こんなに早い段階でレベル十と出会っていたなんて。


 まぁ、魔王である俺が言ったところでお世辞にもならないと思うので口には出さんが。


「まさか、こんなところで再開するとは思ってもみなかった」


「だろうな。俺も最初はあんなのが見つかるとは思ってなかったからな」


 苦笑いを浮かべれるギールに微笑で答えつつも、会話に違和感を覚える。


 話が合わない……? 


 疑問に思っていたのが顔に出ていたらしく、ギールが又もや苦笑いを浮かべ口を開いた。


「あぁ、ヴィスタリア国王から何も聞かされないでここまで来たのか。実はだな、お前らをここに呼んだのは他でもないこの俺だ。最初は勇者だけの依頼だったけど、新しい報告書にはお前まで付いてくるって書いてあってラッキーだと思ったよ」


 自身の左耳に光る十字架のピアスを指先で弄りながら説明してくれるが、いまいちピンとこない。


「ハハハッ、お前もこの短期間で感情が丸見えになったな」


 俺は顔を顰しかめつつ話を続ける様に促す。


「今から約一年前だ。偶々高等部の清掃を担当していた清掃員が、ある“モノ”を発見したんだ。なんだと思う?」


 俺は未だに首を振り続けるアスカを首に手刀を入れることで気絶させ、分からないと首で答える。

 ギールはその反応に満足なのか、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて顔を寄せてくる。


「ダンジョンだよ。それもレベル十の」


「……!!」


 思わず目を剥いてしまい、ギールが笑い出す。


 現在、世界各地にて製造者不明で大量の魔獣で溢れかえっている洞窟、ダンジョンが発見されており、その数は八百を上回っている。

 ダンジョンには現代技術では再現不可能と言われる未知の魔道具や武器が眠っており、日夜人で溢れかえっている。


 しかし、それは難易度の低いダンジョンに限る。

主にレベル一からレベル三の程度なら多数存在し、中には途轍もなく長い距離を誇るものもある為。其処に籠る冒険者が後を後を絶たない。


様々なダンジョンが見つかっては攻略が繰り返される中、稀に攻略不可能と言われるダンジョンが発見されることがある。


それがレベル十に相当するダンジョン。


現在も世界でも五つしか発見されておらず、まだ一階層さえも手が付けられていない状態だ。


そんなものがこの学園内で見つかってしまったと……。


「で? それは分かったが、俺達と何の関係がある?」


「関係というかな、お前ら二人にそのダンジョンの攻略を頼みたいんだ。お前なら余裕だろ?」


 笑顔で肩に手を置いてくるが、先程も言った通り術式を躰に刻んでいる為に弱体化してしまっている。

 戦闘の勘は鈍っていないと思うのだが、流石に少し不安が残るな。


 俺は眉間に皺を寄せ顎に手を当てる。


「アスカ、お前のレベルは幾つだ?」


 横に佇んでいたアスカの方に向き、声を掛ける。


「あれ?」


 しかし其処にアスカはおらず、周りを見渡せば床で伸びていた。


 何をやっているんだ……。

 俺の嫁ならばもっとシャキッとしてもらわんと。


 呆れ顔でアスカを見つめ、溜息を吐く。


「お前なぁ……さっき自分で気絶させたじゃねぇか」


「む? そうだったか?」


 あのなぁ、と呆れかえるギール。

 しかし、記憶がないのでどうしようもない。


 今更起こすのも何かと面倒になりそうなので、そのまま放置し向き直る。


「取り敢えず、その話は実際に見てから決めたい」


「了解っ。それなら一先ず教室の方へ行ってもらおうか」


 眼尻を落としたギールに首肯で答える。

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