第8話上陸、海上学園都市ネレウス
「上陸なのーっ!」
長い海の旅の終わりを告げる様に、少し小さくなった汽笛きてきが空気中に響き渡る。
雲一つなく、蒼く綺麗に染まった大空と澄んだ海。その境目は一瞬分からない程に同じ色をしており、小さな感動が俺の心を熱くした。
小さな海鳥達が己の喉笛を自慢げに鳴らし、悠然ゆうぜんと空を渡り歩いているさまは、まるで冒険者たちを見ているように自由そのものだ。
去り行く蒸気船に「ばいばいなのー!」と手を振り続けるアスカをよそに、俺達の後方に広がる未知の世界に心を躍らせる。
海上学園都市ネレウス。
学校名にして、魔法武芸総合専門学園ネレウス。
その名に恥じる事無く、一面海に囲まれた孤独の地にポツリと存在する。
人工で作られた島にしては自然豊かで、蒸気船の寄せた桟橋さんばしを抜けた先は直ぐ海岸となっており、至るとことにシーヤと言われる海岸付近によく生息している木が植えられている。
海岸を抜けた先、一つ馬車道路を挟んだ先には巨大な森林が広がっており、そのずっと先から高い時計塔が立っている事から、森林を抜けた先に学園が存在するのが理解できた。
学園までは獣道を通るのではなく、予め道が作られてあるので遭難そうなんなどの問題無さそうだ。
馬車道路を過ぎた先の森林へと続く道手前には浮遊型魔導ふゆうがたまどうバイクが何台か止まっており、その傍に立て付けてある看板には
“自由に使用して下さい。なお、破損はそんや盗難の際には直ちに警備クローンが参りますのでご注意を”
との但し書きがされている。
恐らく前例があるのだろうな。
因みに“クローン”とは魔法で生成されたゴーレムの上位互換であり、大体が何かしら元となる人物が存在している。
普段は魔力補充施設まりょくほじゅうしせつにて保管管理を行っているとかなんとか。
俺は其れを発見次第、直ぐにバイクを使用することに決めアスカを呼ぶ。
この長い道のりが待っているであろう大森林。歩いての移動など以ての外だろう。
転移に関しても、上陸後は発動可能だが一度見たことのある場所にしか移動できない為、今は無理だ。
「アスカ、そろそろ行くぞ」
「わかったのーって、げっ! 何なのこの森! 綺麗な砂浜が台無しなの!」
「そんなことないだろ。よく合っていると思うが」
「だって、この森抜けて行くんだよ? もう無理なの~」
振り返ると同時に顔を歪めるアスカ。
相当インパクトがあったのか、一気に項垂れていき四つん這いで森を見つめている。
その目は何百年も生き全てを悟ってしまったかのような遠い目をしており、私もう帰ると言い出す始末。
その傍にバイクが貸し出されているのが見えていないのか?
呆れつつも腕を掴んで立ち上がらせ、傍のバイクを指差して見せる。
「あれを見ろ馬鹿。バイクが貸し出されてるではないか」
「ん? ……ああああ!! ホントなの! これで楽ちんなの~!」
悟りを開いた神官のような表情から一変し、生気を吹き返した。
やった~と小躍りする様子は、見ているだけで癒される。
上気した頬や、笑った拍子に出る笑窪えくぼはまさに天使と言えるだろう。
ずっと網膜もうまくに焼き付けておきたい衝動しょうどうに駆られるが、今は駄目だ。
先ずはこの巨大な森林を抜ける事が先決だろう。
俺は何度か頭を振り、気合を引き締める意味を込め頬を強めに叩き一息吐き出す。
踊り続けている陽気モードのアスカの頭を乱暴に撫でまくって元に戻し、バイクの置いてある通りに歩を進めていく。
貸出無料の親切なバイクを一台拝借し、俺の魔力をエンジンに機体を浮遊させる。
この魔導バイクは大きく分けて二種類存在する。
今動かしている旧式の浮遊型と、タイヤと言われる柔軟性のある木の樹液で出来た輪っか状のものを取り付けた最新式の二輪型である。
浮遊型は大体百年前に俺が世に公表した乗り物で、前傾になって乗る。初めてそれを見たアスカは「スポーツバイクのタイヤが無くなったやつなの」と言っていた。
最新式の二輪バイクは、アスカが旅の途中で俺と共に制作したもので、浮遊型を見た時に言っていたスポーツバイクとやらを元にした。
形は両者ほぼほぼ同じであり、違うのはタイヤがあるかないかだけ。
実用性を考えると浮遊型が断然いいのだが、二輪型は一部のマニア達に猛烈な人気を誇っているのだとか。
先にバイクに跨り、乗りあぐねて居るアスカに手を伸ばす。
「どうした? 早く後ろに乗れ」
「もう少し高度を落としてくれないと乗れないの!」
あぁ、いつもの癖で少し高めに上げてしまったか。
アスカの首元まで上がってしまった機体を徐々に下ろしていき、アスカの乗りやすい位置まで下げてやる。
おずおずと俺の手を掴み、後部座席へと腰を下ろす。
怖かったのか、その際に俺に体重をかけてきて身体を密着させられた時は、心臓が破裂しそうな程高鳴ってしまったのは秘密だ。
自身から抱きしめに行くときは大丈夫なのにこういう時はドギマギしてしまうのは仕方ないだろう。
しっかりと乗れたのを確認し、ゆっくりスピードを上げて森林の中へと突き進んでいく。
「走れぇ! ブル○アイーっ!」
「なんだそれは?」
「馬の名前なのー!」
バイクを走らせる事一時間弱。
直線に出たところで、ようやく学園の入り口が見えた。
木々の根っこが飛び出していたり、魔物の住居が至る所にあるせいか蛇が走った後の様にグネグネとした造りの道路に時間を食われてしまったようだ。
急カーブが多く、何度も心臓が止まりそうになったが、後ろのアスカはご満悦まんえつそうで頻りにもっとスピードを出せと声を上げていた。
現在も意味の分からない事を叫んでいたアスカだが、バックミラー越しに見える表情が風の抵抗で凄いことになっており、思わず声が出る。
「あ! 何で今笑ったの! 何かあったのー!?」
「何でもない。強いて言うのならもう少し静かにしておけ」
「ええ?! 聞こえないのおおお!!」
結構な速さで進んでいる為、俺の声が届かないようだ。
もう一度同じことを言う気にもなれず、無言で配給魔力を調整していく。
学園はもう目の前だ。このまま飛ばした状態で走り続けてしまっては衝突してしまう恐れがある。
機体の前方を少し上に上げ、後方を下に下げる事により風の抵抗を諸もろに受けさせて、更に減速を促うながす。
「あああああ!! 怖いのおおおお!!」
その影響でアスカは壊れたかのように叫び声を上げる。
本当に騒がしい奴だ。こういう所も昔と何ら変わっていない。
実は、アスカにこのバイクの乗り方を教えたのは他でもない俺なのだ。
旅の途中で時折整備していた俺の自家用バイクを見て興味を持ったらしく、乗せろとしつこく頼まれてしまったのだ。
その結果二輪型の制作を開始することになったので、なかなかいい機会だったのかもしれない。
学園の入り口付近にはバイクを止める駐車場が設置されており、其処に向かって徐々にスピードを落として行く。
「はい、到着だ。降りろ」
「はいなのー」
行きとは違いスムーズに降りることが出来たアスカは、少し嬉しそうに鼻歌を歌っている。
俺も続けて降り、魔力配給の止まったバイクにありがとうと声を掛けて学園の方に目をやった。
まず初めに見える、というかこの位置からだと此れしか見えないのだが、巨大な木製の門が俺達を迎えてくれる。
大体百七十五センチメトル程背丈のある俺が十人は欲しくなる高さがあり、横幅も巨人が二人は並んで歩けるだろう。
そんな門の両側からずっと伸びている外壁は門と同等の高さがあり、ぐるりと学園の敷地を取り囲んでいるように見える。
遠目から見えていた時計塔の迫力にも気圧されながらも、横で同じように口を半開きにしたアスカに声を掛ける。
「では、中に入ろうか。通過するためのカードは持ったか?」
この門から中に入る為には、専用のカードが必要になるのだ。
此方は入学が決まった時点で学園側から送られてきており、俺は其れをボックスから出して見せる。
因みにだが、このカードにそれ以外の機能は無い。
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