第4話懐かしの王国

 ヴィスタリア王国。


 四つに分かれた大陸の内、最も巨大な面積を誇るヴィスタリア大陸中央部に位置する。

 国内中心部には白い外壁で出来た立派な城が聳え立っており、それを囲むようにして様々な建築物が建てられている。

 数十年前、ヴィスタリア大陸の南に位置するエフィオリア大陸に存在した何とか帝国が最も栄えていたが、俺が滅ぼしてしまった為、現在はヴィスタリア王国にあらゆる種族が流れてきているとか。


 王国外にも大小様々な国が存在するものの、それらとの関係も良好の様でとても良い国だ。

 俺個人としては、自然を余り壊さずにその地形に合わせた国造りをしているところが高得点である。



「私の努力はいったい・・・・・・」


「まぁまぁ、そう悲観しないで! 私達なんか母国から大陸跨いじゃったのよ」


「そうだぞアスカ! 楽して帰って来れたんだから感謝しとけ! 俺達は帰れる目途を建てる事すら困難そうだけど!」


「海が泣いている。 ようやく俺の出番のようだな・・・・・・」


 久しぶりに来たが、活気は失われていないようだ。


 転移で到着したのは、俺とアスカが初めて会った酒屋『猛獣の讃美歌』の裏口。

 此処の路地は結構幅が狭い為、転移に手こずったが上手い事座標を弄って飛んでこれたようだ。


 理由は不明だが、先程にも増して項垂れているアスカとそれの相手をしながら涙を流す二人プラスアルファを横目に、大通りから聞こえてくる沢山の声に頬が緩む。


「やはり、お前の作った国は良い国だ。お前の志は脈々と受け継がれているぞ」


 今は亡き旧友を思い出し、熱くなる胸にそっと手を当て目を瞑る。


 しかし、何時までも感傷に浸っている訳にもいくまい。


 俺は久々のヴィスタリアに逸る気持ちを抑えつつ。後ろで騒いでいる勇者一行に視線をやる。


「さぁ! ぐずぐずしている暇は無い! さっそく式の会場を取りに行くぞ!」


『そろそろ話を前に進ませろ!!』


 むぅ、今の流れならいけると思ったのだが。





 処変わって、現在はクリスタ大通りという国内最大の通りに出ている。


 巨大、尚且つ綺麗に大理石の敷き詰められた馬車道が広がっているが、常から使用されているわけでは無いらしく、現在は出店、露店等が開かれ、常に人が絶えないようだ。

 所々で大道芸人達が己の磨き上げた特技を披露していたり、様々な呼び込みの声を聞いていると、まるで祭りにでも来ている気分になってくる。

 その馬車道をずっと真っ直ぐ突き進むとヴィスタリア城に続いてい様で、それを目当てに来ている観光客もチラホラと見受けられる。


 俺は先程露店で買ったサラマンダーという何処にでもいる炎竜の、もも肉を焼いた串を片手に前方で道案内してくれている勇者一行の後に続く。


「アベル! 人が多いんだから離れたらダメなの!」


 別に離れていたつもりは無かったが、アスカが人ごみを掻き分けて俺の手を引きに戻ってくる。


「たとえ物理的に距離が離れて居ようと、俺とアスカは心で繋がっている。問題は無い」


「~~っ!! そんな恥ずかしい事をサラッと!! いいから来るのっ!!」


 テンションの高い奴だ。相当俺と結婚できることが嬉しいようだな。

 言わずもがな、俺も嬉しいので握られた手を握り返し、アスカに着いて行く。


 因みに俺の名前はアスベルであるが、その名は嫌な意味で世界に轟いてしまっている為、人間界ではアベルと呼ばれることになった。


 以外にもそれを注意、提案してくれたのは意味の分からない事を呟く勇者一行のポカン四号であり、皆で褒めたところ調子に乗り出したのは言うまでもないか。


「しっかしアスカ、お前何気にこいつの気に入ってるだろ?」


「ギールゥ? それは野暮ってもんよ! 何たって初めての人なんだからね~?」


「もう! 止めてよイルミ!」


 俺と手を繋ぐアスカを視界に入れるいなや、ポカン一号二号改め、ギールとイルミがちょっかいを出し始めた。


 今更だが、ギールは黄金色の髪を短く切り揃えた前衛担当のイケメンだ。顎にある深い傷が特徴的である。

 イルミは鮮やかな桃色のウェーブが掛かった髪を長く整え、上質な紫色のローブを羽織ったお姉さん系の美人だ。

 ついでにもう一人がポンというらしい。先程「天空の城へ行き、姫を助けねば」と呟いて何処かへ行ってしまった為今は別行動。その手には何処かで買ったであろう絵本が握られていた為影響されたのだろう。天空に城など無いのに。


 俺は顔を真っ赤にしたアスカの頭を撫で、落ち着きを取り戻させる。

 まさにゴッドハンドだな。


「落ち着け、恥ずかしがることは無かろうに」


「!! あんたがそういう事するからからかわれるの!」


『ヒュ~ヒュ~』


「ほらぁぁぁ」

 

 頭に乗った手を払いのけ、項垂れて見せるアスカ。

 そんな姿でさえ可愛いとは俺を殺す気か。初代勇者ですら封印も出来なかったこの俺をっ!!


 俺は人知れず胸を押さえ痛がる振りをする。


「取り敢えず!! 目的地まではもう直ぐなの! 普通に着いて来て! ふ・つ・う・に!」


「なら手を離したらどうだ~?」


「いつまでもお熱い事でぇ?」


「ああああああ!!」


 勢いよく離される手。名残惜しく思うのは仕方がないだろう。

 怒りか羞恥か、自身の頭を物凄い速さで掻き毟るアスカ。そんなことをしては剥げてしまうぞ。


 そんな光景を見ながら『猛獣の讃美歌』前でアスカが言っていたことを思い出す。


 確かギルドに行くとか。

 冒険当初、アスカがお世話になっていた場所らしく、其処へ行けば転移魔方陣があるので他のメンバーを母国に帰せるのとの事。


 そんな事俺に頼んでくれれば直ぐだ、と言いはしたが俺の力は借りたくないようである。

 

「もぉ。あっ、見えてきた! あの大きな建物なの!」


「おお、久しいな」


「あれ? アベル来たことあったのか?」


「あ、あぁ。この串焼きの事だ」


「もうカピカピしてて美味しくなさそうね」


「言い訳にも限度があるだろおい・・・・・・」


 危ないところだったな。

 以前俺も勇者パーティーとして頻繁に来ていた為、心の声が漏れてしまった。

 この串焼きが無ければ今頃如何なっていたか・・・・・・。


 それにしてもこの串焼き、あまりにも固すぎて美味しくない。ゴムか?


 そう思いつつも残すわけにもいかず、残りを一口で処理し前方に見えてきた建物に目を移す。

 人が溢れているせいで全体は見えないが、二階部分と大きな看板がデカデカと存在感を露わにしている。


――冒険者ギルド『ラークシャサ』


 国内でも随一の登録者数を誇る巨大ギルドだ。

 その大勢を束ねているギルドマスター“アカシ・ラセン”は現在も“鬼神”と恐れられている武人である。


「アベル!! 早く来ないと置いて行くの!」


 アスカの声に思考の渦から抜け出す。

 約一年半ぶりの再開に思わず見入ってしまい、立ち止まっていたようだ。


「今行く」


 短く返答し、先に行ってしまった皆に追い付くため歩きだす。


 この姿での訪問は初めてになる。

 柄にもなく胸が高まってしまい、自然と足が速くなってしまう。


 その感情は表にも出てしまっていたらしく、いたずらっ子の様な笑みを浮かべたアスカの傍に寄ると同時に横腹を小突かれる。


「初めて笑った~! ムスッとしてると幸せが逃げるから、いつもそんな感じにしてるといいの!」


「えっ! 今の笑ってたの?」


「俺には先程から変わってるように見えないんだが・・・・・・」


  失敬な奴らだな。魔界での俺は感情豊かで名が通っているのに。

 そんな俺を遠回しに無表情だと言いたいのか?


「何を言っているんだ? 先程から笑っているではないか。ほら」


 若干イラっときた俺は思いっきり笑って見せる。

 渾身の笑顔に脱帽したまえ。


 しかし、ギールとイルミの顔が引きつる。

 なぜに?


「いやいや、何も変わってないだろ」

「アベル・・・・・・さぞ辛い思いをしたのね」

「あははっ! 変な顔なのーっ!」


 分かってくれるのはアスカだけの様だ。流石は嫁、ちゃんと見てくれている。


 苛立ちから一変、気落ちした俺は三人を置いてとぼとぼと入り口へと足を進めていく。

 随分昔、秘書の奴から感情があるのかと聞かれた事があったが、あれは冗談じゃなかったのだな。


 俺は一人、笑顔の練習をすることを心に決めた。


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