くしゃみドラゴンの恋

田島絵里子

くしゃみドラゴンの恋

   くしゃみドラゴンの恋


 はーくしょん!

 ちーん!

 ドラゴンのはじめくんは、小さなハンカチを取り出して、でかいはなをすすりました。

 ハンカチは、もうぐちょぐちょです。

「うーん、からだはだるくないからなぁ。なんの病気だろう?」

 健康が自慢のドラゴンです。長いあいだ、洟がつづくのは、風邪のまえぶれかもしれません。どんな動物でも風邪は万病のもと。心配になったドラゴンは、下界に降りて医者に診てもらうことにしました。もちろん、人間に変身したのです。


 下界は、ちょっと見ない間に、ものすごく変化していました。

 少ない人通りの砂利道だった道路は、石造りになっています。

 呼び込みの声もします。

 その通りを抜けていくと、「小林診療所」と書かれたこぎれいな小屋が建っていました。

「ごめーんくださーい」

 呼びかけると、がちゃりとドアが開いて、白衣のお姉さんが顔をのぞかせました。

 とてもきれいなお姉さんです。光り輝くような髪の毛をしていて、白い肌に黒い瞳が宝石のよう。はじめくんは、一目で恋に落ちてしまいました。

「あー……」

 すっかりアガって絶句したとたん、

「はーくしょん!」

 もろにつばを、お姉さんにかぶせてしまいました。

 お姉さんは、ちっとも嫌な顔をせず、

「お風邪ですね。どうぞこちらへ」

 案内してくれました。

 待合室では、太ったおばさんや犬をつれた子どもなどが並んでいます。みんなにお姉さんのことを聞くと、

「なんてきよらかな人でしょう」

 とベタほめなのでした。ますますはじめくんは、ぽーっとなってしまいました。

 順番が来ると、医者が、はじめくんを調べました。

「花粉症ですね」

「かふんしょう?」はじめくんは、きょとん。

「あなたの場合は、スギ花粉が鼻にいたずらをしているのです」

 というと先生は、薬を処方してくれるのです。

「あの……、白衣のお姉さんは、誰ですか?」

 思い切って訊ねると、

「ああ、うちの有能な看護師ですよ」

 というお答え。

「ら、ら、ラブレターとか出したら、迷惑かな」

 もじもじしながら訊ねると、大魔法使いはわっはっはと笑って背中をぽーんと叩きました。

「キミともあろう人が、天使に恋をするなんてね!」

「え、それはどういう……」

「キミがドラゴンだって事は、もうわかっているんだよ。看護師は天使、つまりエンジェルなんだ。叶わぬ恋ってやつ」

 がっかりしながら薬をもらうと、看護師のお姉さんはそっとかれの手に触れて、

「あなたには、わたしはふさわしくないのですわ。きっといい方が現れます」

 と言ってくれました。


 その後はじめくんは、花粉症の治療に通っていた患者の中に、同じドラゴンが混じっていることに、気づきました。

「きみも、花粉症?」

「ええ、あなたもなのね?」

 ふたりはすっかり意気投合して、いまでは一緒に住んでいます。

「あなた、あーん」

 よく肥えたイノシシを丸ごと焼いて、差し出してくれる彼女。

「ああ、しあわせだなあ」

 はじめくんは、ほのぼのと心が温まりました。

 二人の花粉症はどうしたかって?

「はーくしょん!」

 早く治しましょう。ハンカチが、もうめちゃくちゃですよ。






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くしゃみドラゴンの恋 田島絵里子 @hatoule

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