第30話 自問自答
会社を休むため、診断書を発行してもらわなくてはいけないのですが、会社に癌と言うのはこの時の私は面倒に感じていたので、精神病院の先生に躁鬱で精神状態が不安定なため、一ヶ月間の自宅療養が必要と書いて下さいとお願いして書いてもらいました。
そして会社に診断書を提出しに出社すると、私の直属の上司が待っていました。
別室に一緒に入り、私の状態を気にかけていたが、休暇届けを提出すると聞いて飛んで来てくれたのです。
そこで上司に、これまでの事と家の事、借金の事と病気の事を打ち明け、実は癌の治療の為に休暇するのだと言う事を告げました。
私のこれまでの事を知っている分、やせ細った私の姿を見て苦しかったなと泣いてくれました。
なんだ、私は案外周囲の人に恵まれていたんだなと改めて感じる事が出来ました。
そして会社には癌の事は伏せておいてほしい事、一ヶ月過ぎたらまた戻ってくる事を伝え、握手して私は会社を後にしました。
そして手術するため医療センターに向かい、案外あっさりと癌の摘出は終わり、一週間の入院生活に入りました。
切除した痕が痛むので、水分も取れず、麻酔が切れた後のじわりとした痛みが続いており、つばを飲む度に痛み、眠る事が出来ませんでした。
翌日は血液検査と内視鏡を使った検査が行われ、昼にはほぼ水と言ったおかゆを出されました。
味覚障害もまだ残っているので、タイヤを焼いたような味のするおかゆでしたが、30分ほどかけてなんとか流しこみました。
その晩、医者から検査結果を聞かされました。
今のところ転移の心配もない、口内炎も多いが、栄養を取ってしっかりやすめば全てなくなるから、これからも出されるご飯は全部ためるように言われました。
そしてさらに翌日には、喉の痛みはあまり気にならない程度になっていました。
切り取った癌も3センチ程でしたので、縫合もされてないみたいでしたが、不思議と痛みは治まってました。
ですがやはりおかゆを食べると痛みました。
闘病生活と言っても抗がん剤を打たなくても良い分、それほど大それたことも無く過ぎていき、予定の一週間も立たず4日で退院する事になりました。
ですが2週間後にはもう一度検査をするのでと予定を入れられました。
予定より早く帰って来た私を母が迎え入れ、食べたいものはないかと聞かれましたが、喉がまだ痛むから雑炊がいいと言って作ってもらいました。
病院の変な味のするおかゆと違って、家で食べる雑炊は普通の味がして美味しかったです。
そして一ヶ月の休暇も、なかなか心地よいもので、一週間したら喉の痛みも無くなり、今まで通りご飯も食べれるようになっていました。
体重も38キロまで落ち込んでいたのが、このひと月で48キロまで戻りました。
戻ったと言っても、筋力も落ちて肝臓も腎臓も弱り切ってたので単純に脂肪がついただけといった感じでした。
そして2週間後の病院での検査も問題なく、半年に一回の検査で済むとの事でした。
一ヶ月の休暇で、収入も最低限の基本給になるため、支払いの関係はどうなるか心配ではありましたが、残り1社になっていたお陰で大した心配をする事もなく過ごす事が出来て、心のゆとりを取り戻す事も出来ました。
そんな呆気ない闘病生活と休暇を獲て、私はこれからの事をゆっくり考える時間を持てました。
今の会社にとどまる理由は、上司への恩返しもありましたが、自分の身を犠牲にしてまで続けなくてはいけない事なのか。
家族と過ごす時間をもっと大切にしなくては、人生本当にいつどうなるのかわからないのではないか?
今回癌が良性で大手術にもならなかったからよかったものの、これが転移していて大病を患い、若くして亡くなっていた場合もあるわけで、悟り切ったかのように人生を簡単に投げ出していいものだろうか。
私が天涯孤独で誰とも接点がない人生を送っていたらこんな事を考える事も無かったのだが、遺された人の事も考えなくてはいけない。
人は独りでは生きていけない、ちゃんと支えてくれる人と支える人がいて、そういった事の連続で人は生きる事が出来ていて、誰かの支えや仕事が無ければ水を飲む事も電気をつける事も出来ない。
電気屋や水道屋、ゴミ収集車に工事現場の職員に看護師に医者に弁護士に金融機関であったり荷物の運搬出会ったり食品加工工場であったり、家畜を育てる人と殺して解体して運ぶ人、そういった人たちの支えがあってこその今の社会ではないのか。
大層な事が出来なくても、誰かに変わってそれらの仕事をしなくてはいけないわけではないけど、せめて自分が満足して死んでいく事は誰にでも出来るのだから、人として意味のあるとか考えるのではなく、満足のいく死に方をしたい。
そう考えるようにあり、私は改めて葬祭の仕事に戻る事を決め、そしてゆくゆくは家業を継いで、両親を安心して見届けられるようになろうと決めました。
つづく
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