第29話 癌と心の病気、告白

 聞きなれた癌と言う言葉に、医者は更につづけました。

「栄養状態も良くないし、血液検査での白血球の数値も通常よりも多いです。栄養もまったく足りていません。」

 そこまで説明して、カメラが入っていて喋れなかった私に気付いてカメラを引き抜いて続けました。

「体重も成人男性の約半分ですし、典型的な栄養失調と違って全体的に栄養が足りている状態とは言えません、食事はされてますか?」

 喉の痛みもあって、私は首を振って答えました。

「マーカー検査にかけますので、少し奥の細胞をとらせてもらいます。それから、状態によっては手術となりますが、かまいませんか?」

 早く帰りたかった私は、こくりと頭を下げて食道の細胞を取られて、その日は胃腸薬と炎症止めを貰って帰りました。

 ですが会社にはもちろん、家族にもその事は話していません。

 心配される事が苦痛でたまらず、慰めの言葉を聞くと虫唾が走るからです。


 それから数日後、病院から検査結果の電話が入り、『下咽頭癌』であるとの事でした。ただ、良性である可能性が高いので今手術すれば問題ないとの事でした。

 ただ通院はしてもらい、放射線治療はしてもらう事も念押しされました。

 手術費用がまたかかるなーぐらいにしか思っていませんでした。

 検査と手術はその日のうちにできるので、病院が指定した日に来て下さいと言われましたが、私は会社に休みの希望を入れませんでした。

 行くつもりはありませんでした。

 それで死ぬ事になっても別にいいかなと考えていました。


 ある日の晩、家に帰ると私のご飯が準備されていました。

 家でご飯を食べてる姿を見ていない事もあり、姪がおじやを作ってくれていましたが、私は仕事場で食べて来たと断りましたが、嘘を言わないで、絶対食べてないでしょ、頼むから食べてと泣きそうな声で言われ、しぶしぶ食べる事にしました。

 熱いものが喉を通る感覚は久しぶりで口内炎にも痛みを感じましたが、心地の良い感覚を久しぶりに感じて身体が震えました。

 私はこの時、自分の精神状態がまともじゃなかったんだと言う事を実感しました。

 子供に心配かけていた事を申し訳なく感じ、それから少しずつ晩ご飯は食べるようにしました。

 そして、数年言っていなかった精神病院に不意に車を走らせました。

 いままで優しくしてくれた先生に、始めて叱りの言葉をうけました。

 叱りと言っても、そっと今度からしっかり病院にかかってください、来ない場合はこちらから電話をいれさせていただきますと言う事と、会社にも電話すると言う脅しでした。そこまでしないと私が来ないだろうと思っての事だったと思います。

 それから坑うつ剤をまた飲み始める事になった私は、家に帰り家族に打ち明けました。

 躁鬱と自律神経失調症だった事、群発頭痛もあり時折会社で動けなくなっていた事もあった事、下咽頭癌で今度手術しなくちゃいけなくなった事、癌は良性だから問題ないけど、転移の心配を無くすために放射線治療をしなくちゃいけない事も伝えました。

 一気に突きつけられた事で母親は泣きましたが、大丈夫だからと言って聞かせました。

 これまで私が家族の誰にもその事を打ち明けなかった事、いや打ち明ける事が出来なかった状況を作ってしまった事を詫びられました。

 ただ私が病院に行く事を決めたのは、私に無理矢理ご飯を進めてくれた姪の存在もまた大きかった事、感謝している事を伝えると、ちゃんと治してきてねと姪は言ってくれました。

 そして私は会社に休暇届けを提出し、手術の数日前から会社を休む事にしました。


 つづく

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