第23話 終わらない負の連鎖

 母の癌が見つかった報告を受け、上司に報告して定時に仕事を切り上げて家に帰ると、母は暗い表情でご飯を食べていました。

 父から電話を貰った事、癌の事を聞いたと伝えると、母はポツリポツリと話し始めました。

 子宮頸癌が見つかった事。

 父の夢であった会社を立ち上げて、子供たちにも借金をさせて苦労をかけている事。

 父も毎日仕事を探しては走り回り、兄も弟も会社を手伝って、家計もやりくりしている事。

 兄の子供も引きとり面倒を見て、学費の事も心配かけないように少しずつ貯金して、それでも上手く仕事が入ってこず、家族との会話も無くなり、話す事は借金と仕事の事ばかりになってしまった事。

 姉は出ていくし、癌は見つかるし、借金は減らないし、催促の電話でノイローゼになりそうだし、夜寝る事も億劫だし、なんでこんな事になってしまったのかと、母は泣きながら私に訴えかけました。

 私は何も言う事は出来ず、話を聞く事しか出来ませんでした。

 父も仕事を切り上げて、急いで家に帰って来て、何よりも先に母を抱きしめてあげました。

 父と母は見合い結婚で、恋愛結婚ではないし、私たちが子供の頃はよく喧嘩もしていましたし、家を飛び出して数日留守にする事もありましたが、それでも一緒にいるのは、口には出さずとも、互いに必要としあっているからなんだと思います。

 

 そして数週間後、母は医療センターに入院し、癌の手術を受ける事になりました。

 手術は成功し、子宮は全摘出する事になりましたが、転移の可能性をなくす為、抗がん剤治療がこれから始まる事も聞きましたが、今現在の検査では、転移の心配はないとの事でした。

 父は、先生の説明を聞いた後、妻の摘出した子宮を見せて下さいと申し出ました。

 先生は濃盆(ステンレスの皿)に乗ったままの子宮を持って来ました。

 すると父は、子宮に向かって手を合わせ、「子供たちを無事に生んでくれて、ありがとう」と、母に代って別れを告げました。

 私たちも、父にならって手を合わせて、ありがとうと感謝の言葉を告げ、先生にも感謝を告げました。

 先生曰く、こんな事をされたのはみなさんが初めてです、とおっしゃってました。


 母の体調は順調で、数日後には退院できるとの事でした。

 母は入院費用の事を心配していましたが、生命保険にも加入してるし、高額医療の申請で7万超過した分の医療費は返ってくるから心配ないと伝え、安心させました。


 それ以降、私も仕事が休みの時には、会社の仕事を手伝うようになりました。

 手伝いと言っても、タイヤ交換やオイル交換、車の整備や荷物の整理を手伝う程度で下が、それが父には嬉しかった様で、少し明るくなってきました。

 ですが、会社の経営は苦しいものである事に変わりはありませんでした。

 なんとか仕事を分けてもらっていた会社が、また倒産し、次の仕事を探すまでの間、兄と弟は車の部品を作る工場に出稼ぎに、父はこれまで付き合いのあった運送会社に通いながら、仕事を分けてもらえないかと頭を下げる日々を送っていました。

 私は葬祭の仕事も落ち着き、借金の返済も順調に進んでおり、夏のボーナスでもう1社の銀行の負債も完済することが出来ました。

 会社の心配が落ち着く事がありませんでしたが、なんとかなるだろうとゆとりを持っていました。テレビで見ていた様な転落人生と言うのも、それほど大きなものでは無いのかもしれない。


 ですが、夏の熱いある日、仕事が休みだった私は、一人トレーラーの整備をしている父に、飲み物と昼食を持って行きました。

 届けに来たのはお昼前、作業場に父の姿が無く、トレーラーの中を片付けてるのではと思い、中を覗き込むと、トレーラーの中で首を吊っている父を見つけたのです。

 私は慌てて父の足を掴んで抱えあげ、首に巻いてる荷括り用のロープを外して心音を確認しました。

 止まっていました。

 不慣れな心臓マッサージを行い、人工呼吸を数回繰り返すと、父は息を吹き返しました。

 生き永らえた父の頬を殴りつけ、どうして死のうとしたんだと怒鳴りつけると、私が生まれ落ちて26年間、一度も泣いた事のない父が涙を流し、声を殺して泣きました。

 私も父を抱きしめて泣きました。


 もう家族全員が、心身ともに極限にまで追い詰められ、ボロボロになっていたのです。

 これ以上この生活を続けていたら、取り返しのつかない事になると、自分の考えが甘かった事を痛感し、私たち家族はこれからどうしたらいいのか、本当にわからなくなってしまいました。


 つづく

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