第22話 消えては増えるもの
姉が失踪した、もとい家を出たのを知ったのは職場での事でした。
母から何度も携帯に着信があり、何事かと思ってかけ直したら、姉が職場に辞表を出してその日の内に退職、家の荷物も最小限の物だけを持ち出して出て行ったとの事でした。
車はそのまま家に置かれており、遠距離の彼氏が迎えにきたとわかりました。
説明をしていませんでしたが、姉も遠距離で恋人と付き合っていました。
私は仕事を終えたら姉に電話しようとしていたのですが、仕事を終える前に姉から着信が入りました。
電話で話を聞いていると、姉も家にお金を入れながら借金を返していたのですが、家の雰囲気と借金の返済に疲れており、その時に彼氏に逃げてもいいんだと言われ、その言葉のままを母に伝え、反対されたので家を出る事にしたそうです。
今の我が家は常にピリピリした状態で、話す話題も暗いものばかり、笑いが消えてしまった陰湿な環境だったので、姉の気持ちもわからなくもありませんでした。
私は止めもしましたが、姉はどうしても家に帰りたくないと頑なに拒み、私も強く引きとめる事が出来ず、そのまま姉とは音信不通に陥りました。
姉の残していった通帳とカードですが、借金は親がなんとか払っていくと言っていましたが、会社の状況を考えると経済的に不可能と思い、私は通帳とカードを半ば強引に奪い、私が返済をしていく事に決めました。
姉も仕事をしていましたが、やはり返済に充てるだけ余裕のある給料ではなかった為、100万あった負債も、10万程しか返せていない状況でした。
こうして私は新たに、弟と姉の返済分、併せて190万円を持つ事になりました。
私の現在の負債は180万ですので、合計で370万円になりました。
それでも、姉の借りてるのは銀行1社だけだったので、返済する利息は私のに比べて軽いものでしたし、すでに私は金利の高い銀行を1社終わらせてるので、元に戻った程度にしか考えていませんでした。
坑うつ剤の作用なのか、金額の大きさに頭がついていかず楽観的になっていたのか、どちらにしても大きな違いには感じられませんでした。
仕事も病気の事を打ち明けて以来、風当たりも強くなく、安定していました。
数か月前まで話しかける事もなかった人とも会話する様になり、葬儀や住職のこだわりの違いや、設営に関するアドバイスを求められるまでになりました。
ただそれでも、私の中ではこれまで受けて来た事柄を解消するものではなく、どこでまた手の平を返すのではないかと警戒する日々でした。
葬儀と言うものは、葬祭の職員が順を追って打ち合わせを進めていき、滞りなく済ませるものではありません。一連の流れと言うものは確かに決まってはいますが、原則であり絶対というものではない。
例えば。故人が赤い色が好きで、祭壇や受付等に、赤い花を用いた飾りや生け花を飾りたいとして、故人の宗旨的に、赤い花や濃い色合いの花を飾る事は許されない場合があります。
その為飾る事は出来ません、と断るのではなく、まず住職にその旨を伝え、了承を獲ると可能な場合があります。
また、葬儀の式中に、故人と親交の深かった友人、子や孫から音楽を届けて上げたい、しめやかな雰囲気ではなく、笑い声の絶えない見送りをしてあげたいと言うのも決していけない事ではありません。
ただここで一つ重要なの、葬儀の担当と家族の方との話の中で、希望をうかがい、それが理不尽な申し出でなく、故人を想っての催しであるなら、その希望に沿った最後を送れるように『お手伝いさせていただく』のが、葬儀社に勤める者の仕事なのです。葬儀社が葬儀を上げ、住職をお経を唱え、家族はお金を支払う、それは一番あってはいけない流れです。
あくまで、主役は故人とご家族であり、住職と私たち葬儀社の人間はその希望をかなえるお手伝いをしているのだと言う事を忘れてはいけません。
その気持ちや心の置き場所を決めていなかった職場の人たちも、少しずつお客さんに寄り添った姿勢を見つけて来た事で、私の言ってる言葉の意味をわかってもらえたと思い、私の中のこれまでの憤りは静かに小さくなっていきました。
そもそも鬱になり、心を病んでいたのはこう言った意志の疎通が成田棚かた事も原因の一つだと思いますので、ストレスの原因を一つ潰せたと喜ぶべきところです。
そして姉が失踪して半年程過ぎた頃、父から仕事場に電話が入りました。
母が病院の検査で癌が見つかり、入院する事になったのです。
つづく
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