第21話 姉の失踪

 なんとかベッドに戻り、身体を大の字にして横たわり、病院からの電話を待ちました。

 部屋にはまだ僅かに尿の臭いが残っており、それが余計に虚しさを強めてました。

 身体の硬直と倦怠感は少しずつ薄れてきましたが、まだ本調子には遠いところにいました。それでも何とか起き上がる事は出来たので、とりあえず水だけでも飲みたいと思い一階に下りていきました。

 相変わらず朝からでも電話は鳴っていましたが、母は電話に出ないようにテレビを見ていました。

 私も特に会話をする事も無く、台所で水を飲みまた自室に戻りました。


 借金の催促の電話が鳴るようになり、電気もなるべく点けなくなってから、住人の私たち親子は気持ち的にも暗くなり、この様な状態が続いていました。

 家にいると必ず母と顔を合わせないといけないので、休みは嫌いでした。

 今回のように朝身体が思うように動かない事も、尿を漏らしてしまう事もなかったなかったので、会話がなくても会社で仕事をしている方が、葬儀の仕事をしている方が、誰かの役に立っているんだ、自分は社会に必要な人間なんだと言い聞かせる事が出来ました。

 2日間の休みをもらったものの、この身体では車の運転も遠慮したくなります。

 なにせ数週間前に、事故を起こしたばかりなのですから。


 今日明日、これから何をしようと考えていると、病院から電話がありました。

 私の今の状態を先生に相談してみると、睡眠導入剤が強すぎて、身体が睡眠を欲している、さらに坑うつ剤の副作用もあり、倦怠感も強まったとの事でした。

 坑うつ剤の種類にもよりますが、私が飲んでた薬は『パキシル』と言う、昔から精神病患者に多く使われていた薬です。

 ただ坑うつ剤の特徴として、飲んですぐには効かない、効果が表れるまで数日、または数週間は必要になるので、気持ちが安定化するまでは飲み続けてもらうしかないとの事でした。

 そして何より、今の状態が本来あなたが陥っていなくてはいけない状態なのだと。

 睡眠部毒に栄養失調、自律神経失調症がなくては躁鬱も発症しなかった。つまりそれだけ身体と心に嘘をつきながら付き合ってきていた証拠でもあるとの事でした。

 言われてみれば、薬を飲み出す前から寝起きは悪く、関節の痛みも毎日続いていましたので、割とすぐにその事は納得できました。

 あと、尿を漏らした事も告げると、睡眠導入剤を半分に割って飲んで、作用を半減させてみて下さいとの事でした。

 薬はすぐ変えるのではなく、量を減らして様子を見てからでなくては対処できないそうです。

 最悪、オムツも覚悟しないといけないと思いましたが、失敗したのはその日だけで、睡眠導入剤を半分にしてからは、この日ほど身体に負担を感じる事はなくなりました。


 薬を服用し始めて2週間が過ぎた頃、まだ寝起きは身体の硬直を感じてはいましたが、なんとか動かせるようにはなってきました。

 本来なら有給休暇も残っているし、傷病手当も診断書を提出したら使う事も出来たのですが、今は1円でも稼いで早く借金を完済したい、その気持ちの決着をつけたかったので、それが済むまで休むつもりはありませんでした。

 ただ仕事中に失敗するかもしれない不安は払拭できなかったので、予備のズボンとパンツは車の中に隠し持っていました。


 そして坑うつ剤は初診だと、2週間分しか出せないそうなので、もう一度病院に行く事になっていました。

 病院で先生に、今の状態や気持ちを告げると、前回来たときよりはっきり話せていますねと言われ、薬の効果が出始めてる途中だと思いますから、次は4週間分出しますので、また様子を見て下さい。それでも気持ち的にまだおかしなところがあったら新しい薬に変えて、また様子を見ましょう。そして不安な事があったら、朝早くても夜中でも、いつもで当直の職員は居るので電話してきてほしいと言われました。

 頼れる人が居る事は、なんとも心強く、今までの不安が和らいだ気持ちでした。


 こうして借金生活の中に、長い闘病生活も合わさる事になりましたが、なんとか生きる気力だけは戻り始めていました。

 そしてそれから数日が過ぎた頃、姉が返済している銀行の通帳とカード、印鑑を残して家を出てきました。


 つづく

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