第20話 薬の副作用
病院から薬をもらっての帰り道、私は友人に躁鬱と診断された事を伝え、本来ならそのまま帰っていいのですが、念のため会社によって、診断結果を上司に伝えました。
そうすることで、お前たちが私にしてきた仕打ちはこれほど大きな事だったんだぞと訴えたかったのかもしれません。
上司は診断書の提示を求めて来たので、病院で描いてもらった診断書を提出しました。そこにはしっかりと、「双極性障害・躁鬱病。自律神経失調症」と書かれており、今後の業務内容を変える事を余儀なくされたのでした。
そして私は会社を後にし、いつもより早く家に帰りつきました。
母は、何かあったのかと聞かれましたが、仕事が早く終わっただけと伝え、病気の事は伏せておきました。
母に余計な心労を与えたくなかったのと、腫れモノに触るような扱いを受けたくなかったからです。
そして薬は自室に持ちこみ、食後部屋に戻って飲む習慣がつきました。
睡眠導入剤のお陰で、私は0時前に眠りを得る事が出来ました。
そしてそれ以降、僅かではありましたが私への風当たりは弱く感じました。
それでもまだ全職員に情報は行き届いていない様で、些細なクレームを報告する人はいましたが、私への注意はあまりありませんでした。
これであとの心配は家庭の事と借金返済に専念出来る、そう思っていました。
それは薬を飲み始めて3日目に現れました。
眠ったはずなのにまだ眠い、布団から起き上がる力が出てこない。
関節が固い。指が震えて寒気を感じる。
内臓だけが冷えた感覚で、何もしていなくても汗が滲み出てくる。
口内が乾いて舌がしわしわになっている。
頭皮や首元、脇や足全体に痒さを感じる。
呼吸も意識しないと出来ない。
眩しくないのに光のあるものが眩しく感じて目を開けられない。
これは仕事以前に私生活にも影響が出ると感じ、会社に休暇の連絡を入れ、病院に連絡を取る事にした。案の定、会社からは仕方ないから今日と明日は休みをやるからしっかり休め、と言われました。
病院の診察時間まで電話も出てくれないと思いながらも、病院に電話してみると、当直の看護師に繋がり、先生が出社し次第連絡をくれる事になりました。
それまでの間、なんとか身体を起こそうと少しずつ力を入れながらベッドから滑り降りました。まだ朝のトイレにも行ってないので膀胱が限界でした。
トイレは自室のある二階にもあったので、距離的には全然離れていません。そのトイレに行きたい気持ちはあったのですが、まるでフルマラソンを走った後の様な倦怠感と疲労感、動悸に息切れで思うように身体が動かず、壁に手をついて歩いて自室のドアに手をかけた時、一気に力が抜ける感覚を覚え、私はその場で尿を垂れ流してしまいました。
一度力を抜いた尿道括約筋を締める事が出来ず、それでも中途半端な残尿感を起こしたまま一気に罪悪感が身体中を包み込みました。
ひとまず被害をこれ以上出さない為に、ズボンと下着を脱いで着替えようとした時、片足で身体を支えきれずに転んでしまいました。そしてその場で、横たわったままズボンと下着を脱ぎ、箪笥から新しい下着とズボンを引っ張り出しながら、何やってるんだろうと冷静に考えると、高齢者の様な動きの自分を客観的にイメージして死にたくなりました。
これで治ると思っていたのに、症状は悪化して年寄りみたいに弱った自分、いっそこのまま殺してほしいとさえ思いました。
ただ涙までは出ませんでした。むしろ無気力で、諦めに似た喪失感だけを強く感じていました。
当時はまだ25歳。細身の身体でも力仕事は職場の誰よりもこなし、何キロもある白木の祭壇道具、飾り道具、ふくよかな患者さんやご遺体も抱えて運んだりも難なく出来ていたこの身体はここまで弱り切っていたのかと。
横たわったまま下着とズボンを穿こうとしましたが、握力が無く何度も滑らせて上手く穿けない。力を入れようとしたら震える腕、ウエストバンドを何度も滑らせる手、持ちあがらない腰、支えきれない上半身、寝返りをうつ時も踏ん張らなくてはいけない首、虚弱も虚弱、若さも力も財力も無く、朝から尿をズボンと床に撒き散らす要介護者。
たかが一回の失敗と思おうとしても、そこまで達観する事が出来ない小さなプライド、何もかも根こそぎ持って行かれた気持ちでした。
やっとズボンを穿き、もう濡れてしまったズボンで床に残った自分の尿を拭き、家族にばれない様に包んで怪談を静かに下り、洗濯機に入れて部屋に戻りました。
そしてさらに気付いたのが、首が据わってない事。
前か横に傾いた自分の頭が重い。
生きてる理由が見当たらなくなった。
つづく
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