第18話 味覚障害・睡眠障害・ナルコレプシー
この時食べていたのは、ラーメンでした。
濃い口のとんこつ醤油ラーメン、煮たまごをトッピングして、いつもなら舌に溶け込む味を感じていたはずなのですが、味がしない。
まるでねちっこいあぶら粘土の様な麺に、ただのお湯を飲んでいるような濃い色合いのスープ。いつもなら少しずつ味わって食べていた煮たまごは、腐ったゆで卵の様な味に感じられ、半熟の黄身はラードの様に感じました。
胃が拒絶反応を起こして、込み上げてくるものがありましたが、そんなはずはないと無心に口に運びました。熱さで舌がおかしくなっている、それだけだと思いすべて食べ終えましたが、舌には子供の頃にふざけて口に入れていたあぶら粘土の様な粘り気と吐き気だけが残っていました。
友人には悟られないように、その日は別れました。
そして家に帰り着き、晩御飯を食べようとした時も、やはりご飯はあぶら粘土にしか感じられず、噛む度に脂が染みだしてくる様な吐き気がありました。
味噌汁も汚水の香りが鼻をつき、漬物も刺激物のように痛みを感じました。
以前から食には拘りはなかった私ですが、その日から食に対して興味を失うどころか、拒否する様になりました。
睡眠も同じく、布団に入って横になっても、目が冴えて眠れなくなっていました。
10分、20分、30分、1時間、2時間…目を閉じているのに眠気が訪れない。
疲れていないはずはないのに眠れない。筋トレをすれば少しは眠気も出るかもしれないと思い、外を走ったり、空気椅子で過負荷を与えてみましたが眠気が来ない。
気付けば5時になり、新聞配達のバイクが来る音を聞いて眠る、そんな日が続くようになりました。
そんな生活が数日経った時、風邪薬には睡眠作用があるはずだと思い、風邪薬を飲んで無理やり眠る習慣がつきました。
ローンを1社終わらせ、金利の安い三井住友に以降が終わるまで、そんなに月日はかかりませんでした。
そしてその1社が終わった時、私は会社の車で外回りに出て戻る時でした。
信号待ちをしている車に、いつの間にかぶつかっていました。
ぶつかった瞬間、意識がありませんでした。自分の運転する車のクラクションで目が覚めました。
どうやら、車にぶつかった時、意識を失って数秒間、頭を前に倒してクラクションを鳴らし続けていたようでした。
前の車の運転手が飛び出て来て、大丈夫ですかと声をかけられ、ようやく状況を理解し、血の気が引きました。
そしてすぐに互いに、車を路肩に寄せ、警察と保険屋、職場に連絡を取りました。
もちろん上司(私の直属の上司ではなく、別の上司です)には開口一番に「何やってんだ!」と怒られました。
そして状況を説明していると、また私は意識を失って倒れてしまいました。
どこかぶつけているのかもしれないとなり、事故処理や説明は私がぶつけた車の運転手がする事になり、私は病院へ運ばれました。
脳に異常は見られませんでしたが、最近の健康状態を説明すると、突発性の『ナルコレプシー症候群』だと診断されました。
ナルコレプシーとは、居眠り症候群とも言われ、日中突然前触れもなく眠りに陥る病気です。
睡眠障害もあり、しばらくは安静にしてしっかり睡眠を取る事を勧められましたが、私はその時出してもらった診断書は会社には提出しませんでした。
提出したら、運転を制限され、また仕事を休まされる、そうなると手当がつかなくなり収入が減る、借金が返せなくなると思ったからです。
後日、車をぶつけてしまった家に上司と共に謝罪に伺いました。
相手の方は人が良く、怪我が無くてよかった、これから気をつけてねと優しく許してくれました。
ですが、上司と職場での空気は冷ややかなもので、事故をするとかありえない、普段どれだけ寝ないで遊んでいるんだと言われました。
それ以降の私は、目に見えて痩せて行き、焦点も定まらない様になっていた様で、さすがに心配した上司が、「辛かったら病院で診てもらえ」と言われ、近所の病院へ行く事になりました。
そこで私は、ずっと独り言を言っていたみたいで、すでに何人も並んでいた待合室から、診察室に先に移され、医師と話をする事になりました。
医師には、今の気持ちや何を考えているのか、何があったのかあらまし話をしていましたが、途中で、
「きみがかかるのは、うちじゃない。専門の病院を紹介するから、そこに行ってみるといい。大丈夫、なにもこわがることはないからね」
と、子供をあやす様に優しく声をかけられ、診察室でしばらく待たされた後、病院の名前と住所と簡易の地図、そして紹介状を渡され、必ず言って下さいと念を押されて病院を出ました。
渡された病院は、精神病院でした。
つづく
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