第16話 追い打ち

 鬱を発症したと言っても、当時の状態を思い返してみればこの時期からだったと思います。

 以前病院に勤務していたので、病院に偏見はありませんでしたが、そんなはずはないだろう、ただネガティブになっているだけだと自分に言い聞かせ、まだ大丈夫、もう少し頑張れば休みだ、休んだら動ける、まだ大丈夫、まだ大丈夫と自分に言い聞かせながら、騙し騙し続けていました。

 この時期から仕事のミスが目立ち始め、先輩方の上司への報告も加速して行き、上司もかばいきれないぐらいにまでなっていました。

 葬儀の進行ミスを起こしたり、暗い表情で会葬の方から心配の声をかけられたり、動かないといけないところで動けなかったり、今何をしているのか理解できなくなったり、休みを取る事も申し訳なく感じて無理に出てきたり。

 家に帰っても催促の電話に神経質になり、家に帰らないように仕事場に残ったりもしていましたが、無駄に仕事を残して要領が悪いと言われたり、邪魔だから帰れと言われ放り出されたり、行くあてのないドライブに出かけたり、友人の家に突然押し掛けて話をして気を紛らわせたりして過ごしていました。


 そして葬祭の仕事について3年が過ぎた頃、上司が新しい葬祭の店舗に異動となり、私の居場所はさらに無くなっていきました。


 上司は新しい事業所での運営に忙しく、無暗に連絡もとる事が出来ない状況となり、誰に話をするでもなく、淡々と仕事をこなすしかありませんでした。

 そんななか、以前アコムでローンを組んだ友人から連絡が入り、借り入れてる限度額が10万から50万に上がったと言う報告が入りました。

 私が返済しているわけではないのですが、私が直々に連絡を入れたらさらに限度額を増やす事が出来るので連絡を入れて欲しいとの事でした。

 何故限度額を増やさなくてはいけないのか、この時考える余裕が無く、言われるまま電話をし、限度額をさらに70万まで上げました。


 そしてさらに、仕事中に会社に電話が入りました。

 それは弟の車のローン会社からでした。

 弟が購入した車のローン代が引き落としがされず、すでに3ヶ月遅れているとの連絡でした。

 実は弟が車を購入する時、連帯保証人を付けてくれたら頭金無しでローンを組めると言われていたらしく、無断で私は連帯保証人にされていたのです。

 ローン会社からは、出来たら遅れている3ヶ月分振り込んでもらいたいのですが、保証人の方にそこまでお願いするわけにはいきませんので、1月分でもいいので振り込んで下さいとのことでした。

 ただし、以前の詐欺の可能性が頭によぎった私は、家族に一度相談してみますと伝えて電話を切り、母に連絡してみたら、弟はいつの間にか勤め先の会社を辞めており、今は家業の運送業を手伝っているとの事でした。

 その為、弟に支払う給料も無く、車のローンの引き落としがされるはずだった口座にも3ヶ月入金をしていなかったそうです。

 これでは車を差し押さえられる可能性があるので、私が立て替えて支払う事になりました。これにより、私が抱える借金の金額は180万円まで減っていたのですが、弟の車のローン代100万円が上乗せされる結果になりました。

 毎月支払っている銀行への返済金額も割いて支払わなくては行けなくなり、これからどうやって返していけば完済できるのか計算が出来なくなってしまいました。


 3社に1万円ずつ、1社に2万円、私自身の車のローンが2万円、弟の車のローンは3万円ずつの支払いに設定されていたので、以上で10万円。

 私の手取りは当時はまだ不安定で、16万~19万となっていました。

 そして携帯代が1万5千円、ガソリン代が1万円、煙草代が1万円、家に入れていた食費3万円、宿直に雑費がおよそ1万5千円、そして保険代が5千円。

 合計で18万5千円。


 毎月必ず18万5千円以上を稼がないと生きていけない生活になったのです。


 目の前が真っ暗になりました。

 これでは彼女に会いに行く事も出来ない、どれか削らないといけない。

 なにを削る?

 一番先に浮かんだのは煙草でした。

 ですので、まず煙草を買うのを辞め、禁煙を始めました。

 そして家に帰った時、母に「家に入れてる食費代を止めさせても貰う事は出来ないか?」と申し出たら、母も心苦しかったようで、一言、大丈夫だよと言ってくれました。

 これで4万円浮く計算になり、14万5千円稼げば良くなりました。

 ただこの時、母の言った「大丈夫」の言葉が辛く苦しく、1円でも家にお金を入れてほしい状況なのに、大丈夫と言ってくれた言葉が切なく、そのまま家を出て車を走らせました。

 泣きながら車の中で歌を歌い、深夜に家に帰り着くと、母は心配してくれていたのか、私の名前を呼んで、ごめんなと言ったのです。


 いったいいつから、家の中がこんなに暗くなってしまったのだろう。

 家業を始める時、頑なに反対していればこうはならなかったのか。

 私が外に働きに出ず、仕事を続けていればもっと仕事は増えていたのか。

 もっと大きな仕事に就いていれば家を助けられたのか。


 家業を始めた父を恨むのか、それに賛同した母を恨むのか、安易にお金を貸した自分を恨むのか、私を誘った上司を恨むのか、仕事場の先輩を恨むのか、友人を恨むのか、取引先を恨むのか、会社を恨むのか、社会の怨むのか、国を恨むのか、生きてる事を恨むのか、生まれた事を恨むのか、

 なにがなにかわからぬまま、私は彼女に電話をかけ、別れを切り出しました。


 つづく

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