第4話 死後の仕事から生前のお世話に

 苦痛の10日間を経て、私は我が家へ戻る事が出来たが、これで終わりではない。

 続いて再就職先を探すことになった私は、職業安定所へ向かった。

 なお、失業手当を受けるためには、『雇用保険受給説明会』に出席しなくてはいけません。

 そこでは元同僚たちが集まっていました。

 中には自営業や、友人の紹介ですぐに就職した者もいたみたいですが、大半は失業手当をもらいながら、のんびり仕事を探す人が多かった。

 社長の計らいで、2ヶ月分の給料を所得した私たちは、通常の離職者よりも失業手当の金額も多いので、焦って仕事を探すことはないのですが、仕事をせずに家にいることが苦痛だったので、取り急ぎいくつか安定所から紹介してもらいました。

 その中に、私の姉が勤めている病院の介護士の求人が目にとまり、姉にその事を聞いてみると、事務長に直接お願いして下さり、私は失業期間3週間ほどで再就職にありつけました。

 何度も申す通り、就職氷河期ですので、再就職先にありつけるまで、なん十件も面接をすることを覚悟していただけに、人脈に恵まれているなとつくづく感謝した。


 介護の仕事は、まさに体力勝負でした。

 お年寄りだから軽いものだと思っていた節がありましたが、むしろ逆に、こちらに寄り掛かったり、手を添えて力をかしてくれる事が無い分、全負担がかかるのです。

 初日に教わったのは、オムツ交換、シーツ交換、車いすへの移動、体位変換、食事介助、トイレ解除、洗濯、カンファレンスでした。


 オムツぐらい簡単だと思ってましたが、子供のオムツ交換と違って、陰部や臀部(でんぶ)をぬるま湯で洗い流し、おしりふきで拭きとり、テープパンツはそのままに、中のパットだけを交換。

 尿漏れも起こさないようにテープで固定するのですが、キツく締めすぎると擦り傷の原因にもなるので加減は必要。


 車いすの移動も、腕の力だけでは腰に負担がかかるので、患者さんへ寄り掛かるように密着して、背中に手をまわし、ズボンのベルト部分を掴んで、腰を動かさないように、テコの原理で抱えあげてくるりと回って移動する。

 体位変換もやり方を間違えたら褥瘡(じょくそう)※床ずれの事、の原因にもなるので、服を掴んで引っ張る事はしちゃいけない。

 背中と仙骨(尾てい骨)部分に手を添え、皮膚の薄いところに摩擦を与えないように樹をつけなくてはいけないとか、初日から一気に詰め込まれてノートを書く暇さえありませんでした。


 たった8時間の労働で、翌日には筋肉痛になるほど疲れてしまいましたが、やりがいのある仕事でした。


 以前の葬儀の仕事では、全てのお客さまは初めましてから始まり、中には介護疲れで目が虚ろで会話もままならない人もいれば、お酒が入り、絡んでくる人。気性が荒く、胸倉を掴まれたり、脅されたりと、文句を言われる事が多かったです。

 中にはやはり、ヤクザの方もいましたし、そういう繋がりを前に出してきて脅してくる人もいました。

 ですが介護は、体の弱った方のお世話をするので、ありがとうと言われたり、孫みたいと微笑んでくれたりと、辛い中にもやりがいと優しさを感じる素晴らしい仕事だと感じました。

 同じ介護のスタッフも女性ばかりでしたが、母親と同じ、もしくはそれより上の人ばかりでしたが、元気で活気もあり、前向きな方ばかりでした。


 介護に就いて1週間ほどで、私はすぐに当直に入ることになりました。

 先輩方から言われたのですが、未経験ですぐに当直がついたのは異例の速さだと言われました。

 初めての当直は、先輩たちが交代で私と当直につき、看護師の人がもう1人、計3人で働いていましたが、私は以前の仕事でも、夜中に働くことが多かったのでそれほど苦もなく、当直の仕事内容を理解し、1ヶ月後には看護師と2人での当直になりました。

 夜中の病院は薄気味悪いと思われがちですが、私個人は何も怖く感じませんでした。

 それはおそらく、以前の葬祭会館での泊り込みや、夜中の病院への搬送、警察署への遺体の受け取りなどと数をこなしてきたからではないかと思います。


 1ヶ月でほぼすべての仕事を覚え、心にゆとりが出て来た頃、病院特有の派閥があることを知りました。

 看護師のAさんとBさんに分れるとか、介護士の中でもCさんDさんに分かれたり、また病棟によってEさんとFさんと分かれたりとか、まるで学生時代の派閥争いのように些細な派閥争い。

 ですが、社会に出ると、ほぼ必ず派閥で分かれることが出てきます。

 みんなが仲良し子良しでいられるものではないようでした。


 つづく

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