佑の悪夢1

 菅っちさんが、今日は、運悪く、ヘッドライトの割れたままの中古のバンデットでいつものコンビニに来ていた。いつもなら居ない時間なのに、どうやら、早く仕事が開けたらしい。

 泥と塗料だらけの現場のメットをそのまんま被りニッカボッカでそのままSUZUKIのバンデットから降りた。バンデットのマフラーが夕日に反射し眩しい。

 たすくとこうせいは、コンビニの駐車場で直立不動。そのまんま、コンビニ裏の公園にほぼ拉致状態で連れて行かれた。

「えーのー学生さんらは」

 菅っちさんがヤニだらけの歯をむいて言った。

「お仕事ご苦労さんです」

 調子の良い、こうせいが言った。

「そんなん、後輩に言われるんが、一番苛つくんじゃ、こちとらは、今日は遠い現場で五時起きぞ」

「ご苦労さんっす」

 菅っちさんの目が光る。マジの目だ。

「たーちんが、言うとったぞ、俺らの代が、ねてから、"中坊からの上がり"増税したらしいやんけ」

 そんなこと、決してない。いやわからない。たすくは、こうせいを横目で見た。こうせいや他の仲間が勝手に多めに取った可能性はある。

「ほんで、たすくは、真面目に学校行きだして、勉強しだしとる、ちゅー話しやんけ」

 公園の反対側では、幼い子どもたちが無邪気に遊んでいる。その反対側では、高校生と社会人の大きな子どもたちが無邪気におどし合って遊んでいる。

「佑、なんぞ、あったんけ?」

 言うのと、同時に、菅っちさんは、吸っていたタバコの吸い殻をたすくの顔に投げた。これはけてはいけない。反抗したことになる。怖いし、ちょっと熱いが、押し付けられない限り、タバコの火で火傷することはない。

 吸い殻は、たすくの頬にあたって、危うく、制服のポケットに入りかけたが、運良く下に落ちてくれた。

 たすくは、恐怖で答えられなかった。

「わしみたいに、ならへん為か、おん?」

「こいつ、小学校の時分からけっこう勉強できるんっすよ、」

 助け舟か、調子を合わせたのか、場を和ませるためなのか、分からない返答をこうせいがした。

「おまえに、訊いてへんのじゃ、航生こうせい!」

 菅っちさんのハイキックがこうせいの胸板にヒットした。軽いキックだが、厚底、先端には芯の入った安全靴だ。

「ぐっ」

 こうせいが胸をつまらせ、しゃがみ込む。

 菅っちさんが、素早く、しゃがみこみ、こうせいの胸ぐらを掴む。

「航生、おまえはな、中学の頃から、ペラペラ喋りくさって、馴れ馴れしい、ずーっとわし苛ついとったんじゃ」

 今日は、菅っちさんは、現場でなにがあったのか、知らないが、どうやらめっちゃご立腹らしい。

「とりあえず、ユーツーおまえら二人、今持ってんの全部出せや」

 たすくは、すぐに、財布に手をやった。

 金で済むなら安いもんだ。それに中学生からすぐに巻き上げればいい。 

 こうせいが、震えるような小さい声で、言った。

「すいません、わし、今、財布持っていません」

 たすくは、胸倉掴まれたままのこうせいを二度見した。そんな筈はない。

「はーっ?」

 菅っちさんの目はマジだ。いや、バンデット降りたときより一段回マジの度合いが上がっている。不良は、こういうその場の気を読むことが一番肝心なのだ。

「航生、今日は、大バーゲンや、もう一回チャンスやろう、もう一回言うてみーぃ。そんで、ちゃんと金だしたら、中学からのよしみや勘弁してさらしたろう」

 これは、明らかな、菅っちさんに対する、反抗、拒否だ。   

「お前に払う金なんか、一銭もないんです。菅原さん」

 敬語と、タメ語の混じった変な文章だったが、聞こえるか聞こえないかぐらいの小さい声だったが、しかりとこうせいはそう言った。

 菅っちさんの声も低くなった。

「航生、大分えらなったらしいな、あんな、今日はな、狙い撃ちなんじゃ、航生、おまえ、この前、ひかるちゃんさんところで、筆おろしさせてもろうたやろ、それは、ええわな、大先輩からみんなひかるちゃんさんとこで、やらしてもろうてんね、せやけど、おまえ、そのまんま、ひかるちゃんさんとこに、居ついちゃっとるらしいやんけ」

 たすくも、こうせいに対し二度見、三度見をした。

 えーっ、それは、たすくも知らなかった。

 こうせい、マジか、、なんかおかしい感じはしてたけど、、。    

「おのれ、このわしが、ひかるちゃんさんのこと、好きやったってこと知っててか?」

「関係ないっす」

 こうせいがしっかり答えた。 

「じゃあ、わしも、関係なく、けじめ、つけさせてもらおうかの、、なぁ佑ちゃんよ」

 たすくは、返事ができない。

「見てみい、航生、佑なんかビビって喋られへん」

 菅っちさんが、腰に巻いていた。革の腰袋を外して地面にどしゃっと落とした。

「これ、ムカつくぐらい、重いねん」

 そして、ハンマーか、カナヅチかわからないが、取り出した。

「佑、航生の頭ヘッドロックして、顔こっち向けて、ホールドしろ」

 何をするのか、しらないが、処刑の手助けなんかたすくはできない。

 菅っちさんの声が荒く、大きくなった。

「佑!、やらな、お前が、航生と交代やぞ」

 たすくは、こうせいを見た。こうせいは、達観したような静かな目をしていた。すべてを見通していて、なにも見ていない目だ。

はよしろ、佑、ちゃんと持たな、お前が腕、ゆわすど」

 たすくの背中をどころか全身を汗が走る。

「なに、航生の前歯、記念に貰うだけや、心配せんかてええ、大人なったらインプラントとかしたらええさかい」

 こうせいは、自ら首を差し出すように、両膝をついた。

 そして、たすくに、言った。

「ちゃんとヘッドロックしてしっかり持て、佑」

「美しすぎる、友情やんけ、これってマジ素敵やん」

 そこから、いつも、夢は曖昧になる。そして、菅っちさんがカナヅチを振りかぶったところで、夢は覚める。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る