美樹二十歳、ある意味無欲の勝利

 美樹の誕生日パーティー当日。

 加積邸には美樹の弟妹に加え陸斗が集まり、賑やかに過ごしていたが、使用人から様子を聞いた美樹が、食事も介助も済ませた状態の桜の所に顔を見せた。


「桜さん。今、お邪魔しても平気かしら?」

「構わないわよ? 身体を起こして頂戴」

「はい」

 お伺いを立てた美樹に桜は機嫌良く応じて、傍らに控えていた介護士に指示を出す。そして電動ベッドが上半身と膝裏を軽く上がっていく中、桜が微笑みながら告げた。


「今日は賑やかね。美樹の誕生日パーティーで、子供達を呼んでいるんでしょう? 遠慮せずに入っていらっしゃいな」

「じゃあ遠慮無く。皆、入って」

 美樹が背後の廊下に向かって呼びかけると、引き戸の向こうから、まず美久が入って来て頭を下げた。


「お邪魔します。お久しぶりです、桜さん」

「まあ、美久君! 暫く会わないうちに、随分男ぶりが上がったわね。私があと五十歳若かったら、亭主なんか捨てて、美久君に乗り換えていたわよ?」

「あはは……、どうも。光栄です」

 微妙な誉め言葉に、美久が(加積さんと桜さんを争ったら、即刻消されていたな)と考えながら引き攣った笑顔を見せると、その横からぴょこんと美昌が飛び出した。


「桜さん、こんにちは! 今日は桜さんに、良い物を持って来たんだ!」

「あら、美昌君、何かしら?」

 不思議そうに問い返した桜に、美昌はポケットから取り出したプラボトルを差し出しながら説明する。


「旭日食品医薬部外品開発部門推奨、マルチサプリ! 一日一粒で驚きの延命効果に加えて、美貌と健康保持に」

「はいはい。美昌、分かったから、CMは他でやりなさい」

 呆れながら美樹が口を挟んだが、ここで美昌が予想外の事を言い出した。


「今なら驚きの、定価の八十%引きのお試し価格で販売中! 桜さん、この機会に是非どうぞ!」

 それを聞いた美樹が、さすがに動揺した声を上げた。


「ちょっと美昌! まさかあんた、桜さんからお金を取る気なの!?」

「大丈夫! 関係者割引で、通常五十%引きのところ、八十%引きにしてるから!」

「そういう問題じゃ無いでしょうが!!」

「いてっ!」

 全く悪びれない美昌の頭に美樹が拳骨を落とした所で、桜が笑いながら彼女を宥めた。


「あらあら、美樹、止めなさい。美昌君はちょっとだけ、商魂が逞しいだけじゃない。そういうの、私は好きよ? うちの人に比べたら、まだまだ可愛いものだわ」

「はぁ……、桜さんがそう言うなら……」

「良いわよ。美昌君の推薦なら、試してみようじゃない。美樹、お金を払っておいて頂戴」

「まいどあり!」

「どういたしまして。効果が凄かったら、また買わせて貰うわね」

「うん、次も八十%引きにするからね!」

「美昌!」

 元気良くお礼の言葉を口にした美昌に桜が笑みを深め、美樹が再び雷を落とすと、その横から今度は美那と陸斗が顔を出す。


「桜さん、こんにちは。具合はどう?」

「今日はとっても気持ちが良いわよ? 屋敷内が賑やかで、それだけで楽しいし」

「それなら良かった」

 美那が頷いて安心した表情になると、その隣で陸斗がぺこりと頭を下げた。


「桜さん、こんにちは」

「はい、陸斗君もいらっしゃい。毎日、良く遊んで一杯食べている?」

「うん! 早くよしなちゃんいじょうの男にならないとね!」

「まあ、頼もしいわね」

 元気に答えた陸斗を見て満足そうに笑った桜は、ここで横一列に並んだ子供達を眺めてから、話を切り出した。



「皆、今日はこんな辛気くさい所に顔を出してくれてありがとう。せっかく来てくれたから、皆にプレゼントをあげるわね」

「プレゼント?」

 首を傾げた美昌に、桜が頷いて話を続ける。


「ええ。あなた達全員に、この部屋にある物の中で、欲しい物を何でも一つだけあげるわ。好きな物を取りなさい。ただし、喧嘩はしないでね?」

「わ~い! ありがとう、桜さん!」

「それじゃあ、何にしようかな?」

 桜の台詞を聞いて、美昌と美那は早速周囲を見回し始めたが、陸斗は困惑顔で、美久ははっきりと顔を強張らせて立ち尽くしていた。そんな彼らに、桜が声をかける。


「ほら、陸斗君も美久君も、変に遠慮なんかしなくて良いのよ?」

「うん、わかった」

「はぁ……、どうも……」

 そして陸斗は難しい顔をしながらも、周囲を見回しながら壁際に向かって歩き出したが、美久はすぐ隣に立っていた姉に、険しい表情のまま囁いた。


「ちょっと姉さん! 入った時から、この部屋のインテリアがどう考えてもおかしいと思っていたけど、こういう事だったのか?」

 飾り棚に一面に飾られた模型や貴金属に加え、棚に納まりきらない物が複数のテーブルに無造作に置かれている光景に、美久は当初から眩暈がしていたが、美樹はそんな弟から視線を逸らしながら、弁解がましく呟いた。


「桜さんから、これらを揃えてくれと言われてはいたけど、本当にあんた達に選ばせるつもりだったとは、思わなかったわね」

「あの飛行機とかクルーザーとかスポーツカーとのミニチュアは、あれを選んだらもれなく本物が貰えるわけじゃないよな?」

「……貰えるんじゃない?」

 険しい表情で確認を入れた美久だったが、美樹は他人事のように告げる。


「それならあのビルとか、別荘っぽい精巧な模型はともかく、あの辺りのモデルガンとかは? 全然洒落にならないんだけど?」

「…………」

 全く反論できない美樹が押し黙ったが、美久は真顔で常識的な事を口にする。


「いや、それよりも何よりも、自宅に金塊とか札束を山積みにして飾ってあるなんて良識を疑われるし、防犯上の問題があると思うけど」

 しかしそこで美昌が札束、美那が金塊を持ち上げながら、桜に明るい声で呼びかけた。


「桜さん、私、これが良い!」

「僕、これが良いな~! 頂戴?」

「はいはい、構わないわよ? あ、それは一山で一つ扱いだから、そこにある分は丸ごと持って帰って頂戴ね」

「やった! もって来たエコバックが、だいかつやくだ!」

「う~ん、全部貰えるのは嬉しいけど、どうやって持って帰ろうかな。カートは持って来なかったし。ちょっと重いよね……。お兄ちゃん、お願い!」

 満面の笑みでいそいそと持ち帰りの手筈を整える弟妹を見て、美久は盛大に溜め息を吐いた。


「即座に金塊と札束を選び取るのって、人間性に問題は無いのかな……」

「美久。あんた仮にも実の弟妹に対して、なんて事を言うのよ」

「これで陸斗君が重火器を選んだりしたら、どうリアクションするべきなんだろうか……」

「見なかった事にすれば良いわよ」

「できるわけ無いだろ!?」

 年長者達の間で、囁き声でそんな会話が交わされる中、陸斗は一人難しい顔のまま、部屋の中を行ったり来たりしていた。


「う~ん」

「陸斗君、本当に遠慮せずに、何でも一つ選んで良いのよ?」

 陸斗が遠慮しているのかと思った桜が声をかけると、彼は振り向いて真顔で確認を入れてきた。


「さくらさん、ほんとうにこのへやの中にあるなら、何でもいいの?」

「勿論よ。こんな年寄りになってから、子供に嘘はつかないわ。遠慮なくおっしゃい?」

 そう桜が微笑むと、陸斗がすかさず声を上げる。


「それじゃあ、さくらさんをちょうだい?」

「はい?」

「え?」

「はぁ?」

 その予想外のおねだりに、尋ねた桜は勿論、美樹と美久も目を丸くしたが、陸斗は大真面目に訴えた。


「あのね、ようちえんの友だちには、おじいちゃんやおばあちゃんがいるの。だけど、僕には、お父さんのほうも、お母さんのほうもいないんだよ。四人いる友だちもいるのに、一人もいないなんていやだもん。だからさくらさんが、僕のおばあちゃんになって?」

「…………」

 それを聞いた年長者達が揃って黙り込むと、陸斗は周囲を見回してから心配そうに尋ねてきた。


「……やっぱりだめ?」

 するとここで気を取り直した桜が、笑いながら了承の返事をする。

「良いわよ? こんなしわしわのおばあちゃんで良かったら、陸斗君のおばあちゃんになってあげる」

 それを聞いた陸斗は、満面の笑みで喜びの声を上げた。


「やった! おばあちゃんができた! みんなにおしえていい?」

「もちろんよ」

「良かったね、陸斗君。滅多におばあちゃんなんか貰えないよ? 流石だね」

「うん!」

「しまった……、僕も桜さんをおばあちゃんに欲しいって言えば良かった。おじいちゃんしかいないし」

「よしまさお兄ちゃん、さくらさん、あげないからね?」

「分かったよ。横取りしないよ? 言ってみただけだからね」

「よかった」

「美昌、意地悪言わないの」

 美那と美昌が陸斗を挟んで、ほのぼのと和んでいるのを見た美久が、目頭を押さえながら呟く。


「駄目だ……。安心したのと陸斗君の純粋さに感動して、涙が出そうだ……」

「ぐだぐだ言って無いで、あんたもさっさと一つ選びなさいよ」

 すると美久は瞬時に真顔になって、あるビルの模型を指さしながら即答した。


「あ、それはもう決めてるから。あのビルにするよ。桜さんの事だから都内一等地の立地の筈だし、賃貸収入を当てにする他に、選挙対策事務所を入れても良いし」

「一番欲にまみれてるのはあんたでしょうが! 少しは陸斗君を見習いなさいよ、この俗物!」

 そこで美樹は再度雷を落とし、そのやり取りを聞いていた桜は、暫くの間楽しげに笑い続けた。

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