美樹十九歳、波乱含みの誕生日パーティー
その日、加積家では珍しく和真も揃って夕食を食べた後、居間で一家団欒の時間を過ごしていると、カレンダーを眺めていた美樹が、突然不気味な笑い声を漏らした。
「うっふふふふふぅっ」
「……気持ち悪いぞ、美樹」
「ママ?」
「あぅ~?」
途端に和真が顔を顰め、
「来月になったら二十歳よ! もうおおっぴらに合法的に、酒が飲めるのよ!?」
その叫びに、真論を抱いていた和真が、遠い目をしながら呟く。
「そうだな……。『おおっぴら』に『合法的』に、飲めるようになるよな……」
「それに名実共に、桜査警公社の社長に就任よ!」
「社長就任パーティーの準備は、滞りなく進めている」
ひたすら淡々と返してくる和真に向かって、美樹は愛想笑いを振り撒いた。
「本当に抜かりがないわね! できる部下兼旦那がいると、社長業がもの凄く楽だわ!」
「それはどうも」
「ところで、桜さんから頼まれた事があるのよ」
「いきなり話の中身とテンションを変えるのは止めろ」
急に真顔になって声を潜めるように話し出した彼女を、和真は呆れながら窘めたが、美樹はそれを無視して話を続けた。
「今度陸斗君を、何か適当な理由を付けて、ここに呼んで欲しいと頼まれたの。だから私の誕生日パーティーを開いて、そこに陸斗君を呼ぶつもりだけど」
「それは構わないぞ? 俺に一々、断りを入れる事ではないだろうが」
了承しながらも不思議に思った和真が尋ねると、美樹は少々困惑しながら話を続けた。
「話はこれからが本題よ。その時に、桜さんの部屋に揃えて欲しい物があるって言われたの。そのリストがこれよ」
そこで美樹が折り畳まれた紙をポケットから取り出し、広げたそれを和真に向かって差し出す。それを手にして目を通した和真は、忽ち渋面になった。
「これをその時までに、全部揃えろと? 何の為に?」
「さぁ……。ボケちゃったわけじゃないわよね?」
「ほぼ寝たきりになっても、あの口だけは達者なばあさんがか?」
「そうよねぇ……。取り敢えずそういうわけだから、抜かりなく準備を宜しく!」
「おい!?」
面倒な事を丸投げされた和真がさすがに声を荒げたが、美樹は明るく笑い飛ばした。
「本っ当に、できる部下兼夫がいると、人生凄く楽だわ~。だから加積さん並みに長生きしてね? 頼りにしてるんだから」
「らくだわ~」
「ぱぱ~」
「分かった分かった。どうにかして、全部揃えておくから」
母親の口調に合わせて、子供達も明るく声を上げる中、和真は苦笑いしながら頼まれた事を引き受けた。
(全くあのばあさんも、何を考えているのやら)
本来の業務の合間に頼まれた物の手配を手早く済ませながらも、和真は桜の思惑が分からずに、密かに首を傾げていた。
そして美樹の誕生日パーティーが半月後に迫った頃、和真は職場で自身の秘書に声をかけた。
「寺島、美樹の誕生日パーティーの招待状だ」
出勤して副社長室で顔を合わせるなり、和真が目の前に突き出してきた封筒を見て、寺島は盛大に顔を顰めながら受け取りを拒否した。
「要りません、そんな物」
「お前にじゃない、息子にだ。ちゃんと家に持って帰れ」
「…………」
封筒を差し出したまま再度要請したものの、寺島が微動だにしなかった為、和真はおかしそうに笑いながら、封筒を元通り鞄にしまおうとした。
「ほうぅ? そうかそうか。お前は郵便配達の真似事は、そんなに嫌か。それなら美那に、お前の自宅に持って行って貰う事に」
「お預かりします」
台詞の途中で、寺島に文字通り封筒をひったくられた和真は、堪えきれずに笑い出した。
「お前、普段無愛想なくせに、時々面白いよな。しかしどうしてそこまで、美那を毛嫌いするんだ?」
その問いかけに、寺島は眉間の縦じわの本数を、更に増やしながら答える。
「別に、嫌っているわけではありません。あの色々と得体の知れないところが、少々苦手なだけです」
「『得体が知れないところ』が『少々』ねぇ……。前々から思っていたが、本当にあれかもしれんな」
「何です?」
笑うのを止め、何やら考え込んでいる和真に、寺島が怪訝な顔を向けると、和真が大真面目に言い出した。
「加積のじいさんが死んだ時、会長は美那を妊娠中だっただろう?」
「そうですね。確か一周忌の時には、あのガキを抱えて参列されていた記憶があります」
「あのじいさん、ばあさんを筆頭にこの世に未練が多過ぎて、地獄に逝かずに美那の身体に取り憑いてるか、生まれ変わったとかな」
そう言ってニヤリと笑った和真に、寺島は冷え切った視線を向けた。
「全く笑えない冗談は止めていただきたいですし、死者に対する冒涜にもなりますよ?」
「確かにそうだな。本当にじいさんが、バケて出てきそうだ」
「…………」
そこで楽しげに笑い飛ばした和真だったが、そんな彼に寺島が物言いたげな視線を向けた。勿論それに気付かない和真ではなく、鷹揚に笑いながら促してみる。
「どうした、寺島。何だか色々と、言いたい事があるように見えるが?」
すると寺島は、探るような目で問い返した。
「以前……、あんたが変な事を言っていたのを、最近思い出してな。俺の事を調べたのか?」
「何を調べたって? 仕事柄、信用調査部門に籍があった頃は色々調べまくっていたから、何の事を言っているのか皆目見当がつかんな」
「白々しい……」
和真が堂々としらばっくれた為、寺島は盛大に舌打ちした。そんな彼に、和真が逆に問い返す。
「逆に聞きたいが。結婚する時に、自分で色々調べなかったのか? 戸籍謄本だって取り寄せただろうに。母親の旧姓に、関心は無かったのか?」
「……別に。関心は無い」
「それならお前は、何を聞きたいんだ?」
「どうして今更、陸斗に近付く?」
徐々に顔付きを険しくしながら、問いを重ねた寺島だったが、和真は平然と言ってのけた。
「陸斗が美那の下僕で、美那がばあさんのお気に入りだから、連れ歩いているだけだろう? 子供の交友関係にまで一々口出しする親なんて、鬱陶しがられるだけだと思うが。しかも変な相手ならともかく、美那は上場企業の重役の娘の、れっきとした旧家のお嬢様だしな。自分の生まれ育ちと比較しても、文句の付けようが無いだろう」
「……っ」
全く反論できずに歯ぎしりした寺島に対して、和真は苦笑いしながら言い聞かせた。
「何か言いたい事があれば、直接本人に言ったらどうだ? 頭と口は相変わらず達者だが、最近寝たきりになったし、あまり長い事は無さそうだしな。人手は十分にあるから、自宅で不自由が無いように介護しているが」
「副社長。無駄話はそれ位にして、さっさと今日の業務に取りかかってください」
「分かった分かった。小うるさい奴だ」
素っ気なく促してきた寺島に、和真は苦笑を深めながら自分の席に着き、その日の業務に取りかかった。
(こいつ、相変わらずのひねくれ具合だな。陸斗があれだけまっすぐに育っているのは、どう考えても嫁の遺伝子と、教育の賜物としか思えん)
寺島に気付かれないように溜め息を吐きながら、和真はそんな辛辣な事を考えていた。
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