美樹二十歳、桜からの贈り物

 その後、無事美樹の誕生日パーティーはお開きになり、加積邸の車で自宅マンションまで送って貰った陸斗は、帰宅するなり嬉々として両親に報告した。

「それでね? さくらさんを、おばあちゃんにもらっちゃったんだ!」

「…………」

 一部始終を陸斗が報告し終えると、寺島は憮然とした表情で押し黙り、妻の心海はそんな夫の顔色を窺いながら、苦笑の表情でコメントした。


「あらあら……、陸斗ったら、随分なものをおねだりしちゃったのね」

「それでよしきお姉ちゃんが『そぼとまごなら、ていきてきなスキンシップをしなくちゃね』って言って、これをくれたの」

 そして陸斗が持って帰って来た紙袋から取り出した箱を見て、心海は完全に困惑顔になった。


「これって……、iPad?」

「それで、かおを見ながらおはなしできるんだって。『パパにせっていしてもらいなさい』って言ってたよ?」

「Skypeとかでって事よね……。豊さん、どうすれば良いかしら?」

 妻から懇願された寺島は、苦虫を噛み潰したような顔になり、呻くように応じる。


「突っ返すわけにもいかないし、返してもなんだかんだ理由を付けて、押し付けられるに決まっている。仕方がないから設定してやるが、制限はかけろ。陸斗はまだ幼稚園児だからな」

「分かったわ」

 それを聞いて安堵した心海は、陸斗に向き直って言い聞かせた。


「陸斗、使わせてあげるけど、決めたルールはちゃんと守るのよ?」

「うん!」

「それから、お父さんにお礼を言いなさい」

「お父さん、ありがとう!」

「……ああ」

「それから美樹さんに、職場でお礼を言っておいてね?」

「…………分かった」

 陸斗のお礼の言葉には諦めの表情で頷いた寺島だったが、心海から頼まれた内容には、仏頂面で心底嫌そうに応じた。

 その日、休日出勤していた和真は、夕方に屋敷に戻るなり、桜の部屋に顔を出した。


「ばあさん、戻ったぞ」

「あら、和真。今、公社から戻ったの? 今日の話は聞いた?」

「ああ。予想通りの美久達の選択には呆れたし、予想外の陸斗の選択には驚いたがな」

 ベッド脇の椅子に座りながら和真が溜め息を吐くと、桜が横になったまま彼の方に顔を向けて笑う。


「本当に美久君達は美樹の弟妹なだけあって、どんな事があっても心配要らないわね。そういう事だから、生前贈与の手続きをお願い」

「分かった。きっちり進めておく。それはそうと、陸斗の事だが……。ばあさんは、それで良いのか?」

「これから大して生きられないくせに、がっかりさせるなって事かしら?」

「わざわざ言葉を濁したのに、はっきり言うな」

 和真は軽く顔を歪めたが、桜は苦笑いの表情で応じる。


「構わないんじゃない? 寧ろ良かったわ。こんな私だからこそ、陸斗君に教えてあげられる事があるもの」

「おい、陸斗に何を教えるつもりだ?」

(陸斗に変な事を吹き込んだりしたら、寺島が今度こそキレるな。一言注意しておくか)

 ここで渋面になって注意しようとした和真だったが、次に桜が発した台詞に意表を衝かれた。


「人が死ぬって事がどんな事かを、陸斗君に教えてあげられるわ」

「……え?」

 和真が本気で当惑すると、桜が淡々と話を続ける。


「最近は核家族が普通だし、身近で人が亡くなるのを見て育つ子供は少ないでしょう? 祖父母はいても遠く離れて暮らしていて、臨終に立ち会ったり、お葬式に出席する事も無いかもしれないわ」

「確かに、そうかもしれんな」

「私が死んだら、陸斗君は悲しんでくれるかしら?」

「あのガキなら泣くだろう。美樹達も泣くだろうがな」

 何を当たり前の事を言っていると呆れている和真に、桜が微笑みながら告げた。


「それなら陸斗君は、それからは私の分も、自分の親を大事にしてくれると思わない? 私はそれで十分よ」

 静かにそう述べた桜の顔を、数秒の間しげしげと眺めた和真は、皮肉っぽく笑いながら感想を述べた。


「そうか……、あんたにしては珍しく、欲の無い事だな」

「だってこの期に及んで欲張っても、仕方がないものね? それに欲しい物は殆どあの人がくれたから、思い残す事は殆ど無いし」

「他人がどうこう言ってても、結構充実した人生だったって事か」

「私の人生よ。他人がどうこう言う権利も資格も無いわ」

「それもそうだな」

 そこで二人は顔を見合わせ、少しの間楽しげに笑った。

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